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○三十六番、釈迦堂、三十七番、明王寺
ここは二つの札所が同じ境内に並存する。
釈迦堂は案内書には国宝と書いてあるし建物の前の看板にもそう書いてある。別にケチをつけるつもりはないが国宝にしては扱いが粗雑な感じだ。後日調べたが国宝指定リストにはなかった。どうやら戦前の旧国宝のことだと思われる。案内書の内容はぜひ改訂して欲しいものだ。
国宝でなくても貴重なものらしいが建築の知識が乏しいので古そうだということ以外よく判らない。むしろ印象は弱い。
他に気になる文章も案内書に発見した。ここが小豆島霊場発祥の地だというのだ。どの様な根拠なのか。ここでもケチをつけるつもりはないのだが霊場発祥をはっきり明言している記事は調べたかぎりでこれ以外には見当たらなかった。
案内書は札所の御住職が数人で分担執筆して作られたものなので文体や主な紹介内容などばらばらだ。由来や縁起も書く人の一存で決まっている。編集段階で統一性や内容の確認が行われている様子がない。やはり改訂を望みたい。ついでに地図の記載も統一的に見やすくしてもらいた。
明王寺の本堂ではおつとめをしていると
「誰もおられんけどあんた知らんか?」
と突然声をかけられる。
振り向くと来る途中に村の中ですれ違った手押し車のおばあさんだ。しかし、尋ねる相手が間違ってはいないか。旅の者に見えないのだろうか。大体おばあさんは地元の人ではないのか。このお寺の事情はそっちのほうが詳しいのでは。そんなこと以上におつとめの最中に横からいきなり質問を浴びせるのは少し失礼ではないか。第三者からはお遍路に見えないのだろうか。さまざまな疑問が浮かぶ。
おつとめの途中で腰を折られてしまったが確かに他に誰もいない。しかたがないので例によって呼び鈴を押して奥さんに登場願う。おばあさんはどうやら納札が欲しかったようだ。一日遍路に行くと言っていた。手押し車なので多分どこかの寺のミニ霊場の遍路だと思われる。いくら小豆島が手軽な遍路だといっても島四国は老人カーでは廻れない。
ミニ霊場というのは長期の巡礼に旅立てない人のために作られた模擬札所のようなものだ。交通手段が発達した現在でも札所の巡礼に出かけるにはまとまった時間が必要になる。昔はもっと大変で巡礼の白装束が死衣装を意味していことがその困難さを表しているな。何とかして巡礼をしたい。実際に歩けなくても廻りたい。そんな庶民の切ない願いからあるアイデアが生まれた。お寺の境内の隅などごく限られた区域に札所をまとめて作ったものが出来上がる。それがミニ巡礼だ。もっとも「ミニ」とは呼ばなかっただろうが。
各札所のご本尊の石像などをずらっと並べて霊場の代わりとする。これをひとつずつ廻るのは実際の巡礼を非常にコンパクトにした方法といえる。各霊場の砂や土を地面に埋めてその上に札所の名前を書いた石版など置きそこを歩くことで実際の地を歩いた気持ちになる方法もよくあるシステムだ。高校球児が甲子園の砂を持って帰るのと少し似ている。この札所の砂を埋めるやりかたは通常「お砂踏み」と呼ばれる。
コンパクト化した方法はお寺の境内だけでなく登山道やハイキングコース、公園のような場所の遊歩道に沿って作られていたりもする。こういうのを「写し霊場」と呼ぶらしい。さらに大規模にして巡拝するところを石像でなく町内のお堂などに割り当て廻るようにすると小さいながら霊場が出来上がる。小豆島も四国八十八ヶ所の写し霊場の変形であることは確かだ。
おばあさんは納札を必要としているのでお砂踏みではなくてどこかの写し霊場を廻るのだろう。
「巡礼」と「遍路」をあいまいに使っているが正確には少し違う。札所を廻るのを一般に巡礼と呼び、その中でも四国八十八ヶ所を特別に遍路と呼ぶ。小豆島は八十八ヶ所なので遍路なのだがもちろん巡礼といってもいい。
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