同行二輪

いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

小豆島八十八(菩提)

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佛谷山

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○四十一番、佛谷山

例によって案内書では「マイクロ通行可」と書かれている狭い林道に入る。狭いながらこのルートは山岳霊場の中では良いほうだろう。というのも道は行き止まりではなくて通り抜け出来るので順路にしたがって廻ると対向車には会わない可能性が高いからだ。もし出会ってしまったら不運と諦めるしかない。

林道から分かれて最後の急坂を登りつめると駐車場。
参道の両側には比較的新しい石灯籠が整然と立ち並び、道もきちんと舗装されている。山の上というのに意外なほど綺麗でしっかり整備されている。
作務衣を着た若い僧侶とその奥さんが岸壁を削るように造られた狭い境内を掃除しているのに会った。
「どちらからですか。鳥取からですか。ご苦労様です。十月に入るとお遍路さんが増えるのですが今はほとんどいなくて一番少ない時です。途中で会わないでしょう。」
打ち始めは全然気に留めなかったが、途中からお遍路の少なさには気がついていた。今まで遭遇したのは昨日の関西弁のおじさんと今日の三都半島で会ったタクシー遍路のおばさんたちだけしかいない。

お遍路シーズンは一月下旬から六月までと七月、八月、十月、十一月。九月はお遍路の閑散期だ。
春と秋は季節もいいし七月八月は夏期休暇を利用するから多くなる。冬がシーズンの一部なのは多分農閑期だからだ。農家にとって一番まとまった休みを取りやす時期なのだ。世間の行楽シーズンはお百姓は忙しい。

お堂ははここも岩に開いた洞窟。山岳霊場はどこもすがすがしくて気持ちがいい。山の上にあって眺めがいいし人も少なく静かで心落ち着く。洞窟の本堂も独特の神聖な雰囲気を持っている。それに納経代もいらない。何よりも俗っぽさがないのがいい。良い事尽くめだ。
お手軽とはいえ小豆島のお遍路にも数日の休暇が必要なので次にまた廻る機会があるかどうかわからないが山岳霊場巡りなら普通の休日を使っても可能だ。再訪にはそれでもいいと思う。支障があるとすれば途中の山道のすれ違いだろうか。

保安寺

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○四十番、保安寺

国道436号線に戻ってきた。土庄方面へ向かう。
途中に孔雀園への入り口がある。以前来たとき駐車場には園から逃げ出した野良孔雀が歩いていたので今はどうなっているのか興味が湧いた。ちょっと寄り道をする。残念ながら駐車場には孔雀の姿はなかった。後で聞いたところによると園内からの脱走が重なって一時孔雀の数が減り閉園していたことがあるそうだ。孔雀の飛行能力は低いのにそこまで逃げられるとは管理が杜撰過ぎないだろうか。野生化した孔雀との対面が出来ないのでここには用がない。ついでながら駐車場に車の姿はまばらだった。相変わらず経営が楽ではなさそうだ。島の有名な観光地だったはずなのだが。

お寺は山の斜面に石垣を組み土塀をめぐらせてまるで家老屋敷のように建つ。外観だけではなく伽藍もどこかのお屋敷のようだ。鐘楼門をくぐると唐破風の玄関は低い木の柵で進入できないようにしてある。
何時この正面玄関は使うのだろうか。まさか勅旨でも来るのだろうか。こんなに立派な庫裏が建つとは檀家の数ははどれくらいなんだろうか。前の札所でもそうだがあまりに立派な寺院に会うとついついその経済基盤を詮索したくなる。
屋敷に比べて本堂はひっそりと地味に建っていた。いらないおせっかいかも知れないが、
本堂にお金をかけたらどうだろうか。

納経場所では呼べども呼べとも誰も出てこられない。留守にするという書き置きもない。さいわいなことに朱印は見えているし手も届く。どうする?
失礼だが勝手に押させてもらう。人間一度経験してしまうと大胆になれるものだ。こんな行動が出来てしまうのは朱印を自分で押すことに抵抗がなくなっているからこそだ。お遍路の廻り初めでこの状況に遭遇したなら自分では押せなかっただろう。
ここでもう一つの問題が出現。納経代200円の小銭がないことが判明する。もちろん人の気配がないのでお釣りももらえない。
許可もなく朱印を押してしまったこともあり謝礼の意味も込めて500円と奮発する。これで許されるだろう。誰に許されるのか。そもそも許しを請うようなことなのか。

この後再び国道から離れ山の中へ向かい四十一番、四十二番と山道を走り抜ける。

長勝寺

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○三十三番、長勝寺

綺麗で新しそうな石段を登ると正面に建物がありそこへ真っ直ぐに入る。本堂と思って入ったところが休憩所と売店を兼ねた納経所だ。本堂はそこを通り抜けてさらに上になる。さらに石段を登ると目の前には掃き清められた広々とした前庭と立派な本堂が聳える。真新しそうな白木も鮮やかで目にまぶしい。伽藍も庫裏も庭も参道も全てが最近新しくなっったように見える。経済力がありそうなお寺だと少し妙な感動をする。
今日午前中に廻った札所は主に山岳霊場と半島の小さな庵堂だったので質素な建物が多かったがここに来て急に立派な寺院ばかりになった。
新しく整った伽藍の寺院が悪いわけではないがホッとするような素朴な建物のほうがかえって敬虔な気持ちにさせてくれることもある。

売店の管理人さんと思われるおじさんとしばらく話す。どうやら一人で島の札所を廻る人は多くはないようだ。

愛染寺

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○三十二番、愛染寺

小豆島ふるさと村と県道を隔てた山裾にある。
駐車場にマイクロバスが停車しているのでお遍路さんの団体かと思って寺に近づいたら法事だった。そして法事の最中だ。
待っていても何時終わるかわからないので取り込み中のところを納経をお願いする。かなり心苦しい。奥さんは忙しそうだが嫌な顔もされずに御朱印を下さった。ありがとうございます。

ここは寺の名前の通り愛染明王をご本尊としている。縁結びのご利益があるらしい。愛染明王と縁結びは愛という文字以外関係はないと思うのだが、それはいいとして駐車場に「愛の彫刻」というそのものずばりのシンボルが置かれているのは驚いた。それだけみるとどこかの秘宝館状態だ。
住職の趣味なのだろうか。檀家の意見はどうなのか。もしこれを作るために寄付を頼まれればかなり悩む。
愛染明王は愛欲の煩悩を悟りに向かう菩提心に変える仏という。考え方によっては理趣経のあの「妙適清浄これ菩薩の位なり」の句をそのまま具現化したようなものだから愛の彫刻もいいのかもしれないが、それにしても駐車場の一角に堂々とあるのはいかがなものか。せめて境内の中にそれとなく飾ったほうが良くはないだろうか。
「もともと立川流なのか。しかし、立川流の本尊は愛染明王もあるけれど基本は茶枳尼天だったはずだ。やはり違うか。」
などとマニアックなことを考えながら次へ

保寿寺庵

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○三十四番、保寿寺庵

県道の途中に「三十二番奥の院」の看板を発見したが案内書には何もかかれてない。島の北岸を子安観音寺に向かって走っていたとき「八十番奥の院、車で行けます」の案内板もあった。観音寺のご住職の話では確かに奥の院があり以前の納経帳の最後には奥の院のご朱印も押せるように余分の頁があったらしいが新しものは何故かなくなっているとのことだった。どうやら案内書に載っていない番外があるらしい。

三十四番の札所は例によって表示板が裏向きで南から来ると見えない。
名前から元はお寺だったことが簡単に推測できる。案内書によれば池田にあった八幡神社の別当寺が明治に廃寺となり本尊をここに移してお堂を建立したという。どうも小豆島では神仏分離のとき八幡関連の寺がことごとくやられているようだ。
石段を登りお堂の前に立つと弁天島が目の前に見える。
キャンプ場を中心にしたアウトドアリゾートの小豆島ふるさと村もあったりにぎやかなところだ。

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