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いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

小豆島八十八(菩提)

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誓願寺

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○三十一番、誓願寺

峠を越えてこれまでよりずいぶんと広くなった道、県道250号を北上する。
山門を入れば目の前に「誓願寺の大蘇鉄」が現れる。国の天然記念物に指定されているだけあって立派なものだ。植わっている場所も門をくぐると真正面にあるのでまるで巡拝者を出迎えてくれているようだ。思わず手を合わせたくなる程の貫禄がある。小さな祠でも建てればお賽銭やお布施が集まりそうだが、特にそんなものもなく格別に御神木でも何でもないようだ。
この札所は珍しく朱印はこのお寺の一ヶ所のみ。巨大な蘇鉄に引けをとらない立派な本堂なのだがお寺の勢力は弱くて庵堂の札所を管理できなかったのだろうか。

先ほどのタクシーが追いついてきたとたんに閑静な境内は一変してにぎやかになった。

正法寺

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○三十番、正法寺

三都半島の西岸に沿って北上し池田の町方面に戻る。峠に向かいさらに登ると急に道幅が狭くなる。それまでの対面通行の道から一車線の山道に変身する。ほどなく先ほどのお遍路タクシーに追いついた。道が狭いので車は速く走れない。細い山道はバイクの方が速いのだが追い抜くような道幅の広さはない。もちろん追い抜く気もない。そのまま後をついて行くと案の定、次の札所に案内される格好になった。先達さんはありがたい。
タクシー遍路の人たちのはおつとめはフルバージョンで長いのでここで追い越させてもらうことにする。
納経所はここも不在で自分で朱印を押すようになっている。全てで250円だがあいにくと小銭がないため300円を納める。札所めぐりには大量の小銭が必需品だ。
タクシー運転手はお寺の外でジュースの自販機で休憩中だった。今日も暑い。

今回峠を越えてきたルートはタクシーが走っているくらいなので自家用車でも通れないことはない。しかし、車同士のすれ違いは相当厳しい。細い道を避けて普通車でも心配なく廻るには順路を変えて少し大周りするしかない。二十六番阿弥陀寺のところでも書いたが三都半島へ東岸を入らずに国道を池田港まで西に向かって進み、県道250号を南へ向かってここの三十番を打ち、二十八番、二十九番と廻った後、また同じ道を池田まで戻る道だ。要するに三都半島内の道は県道250号だけが広いのでそれを往復に利用するルートになる。

風穴庵

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○二十九番、風穴庵

次の札所への分岐になかなか着かない。不安になり雑貨屋に入って元タバコ屋の看板娘と思しき女性に場所を尋ねた。どうやらもう少し先らしい。半島を西へと越えたところだった。
札所への分かれ道の先は案内書では徒歩のみとなっている。道路標識が「車両進入禁止」となってないことを確認して進入した。少し登った札所の前に駐車スペースがありタクシーが停まっていた。車も入って来てもいいようだ。

庵はコンクリート製で行楽地の遊歩道などでよく見かける休憩所のようだ。中ではご婦人お遍路五人組がおつとめの真っ最中。白衣、手甲に金剛杖をつき、輪袈裟をかけて菅笠姿、持鈴を鳴らしてご詠歌をあげる。どうやっても間違えようのない完全スタイルの本格派遍路だ。それに対してこちらはポロシャツにチノパン、頭にはアウトドアハットという気軽ないでたち。数珠を持ってなければ単なる観光客だ。もっともこの庵にわざわざ観光に来る人がいるのかどうか微妙なところだが。
オバサンパワーと遍路装束に少し気押されてしまったが
「なーに。こっちだってお遍路だ。負けないぞ。」と勇気を振り絞る。
しかし気負ったところで多勢に無勢、お堂の片隅でこちらはこちらの流儀でささやかにおつとめをさせていただく。

庵は峠道途中にある山の中腹なので眺望はすばらしい。空も青いし海も青い。
「ほら、向うが四国で屋島とか五剣山が見えとるでしょう。」
とタクシーの運転手がお遍路さんに説明するのを耳にする。
手を伸ばせば届きそうな讃岐の山々をながめながら四国八十八箇所に思いを募らせる。

ここには名前の由来の風穴があるはずなのだがそれらしいものはどこにも見当たらない。後日調べたところやはり風穴があるらしいが人の頭も入らないほどの小さな穴とのこと。見つけられなくて当然か。自然のクーラーで涼もうと思ってやってきたのに残念だった。

薬師堂

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○二十八番、薬師堂

小豆島オリーブ園前の交差点を県道251号線へ入って行く。
このあたりは島の北岸と比べると随分と風景が違う。北は平地が少なく断崖絶壁とまでははいえないが山は海に直接落ちるように海岸に迫っている。しかも石切場があることで想像されるようにごつごつした岩肌が続く。風景は瀬戸内というより荒々しい日本海の海岸線と似ている。それに比べて南側は海岸から山までが遠くなだらかで開放的な明るさがある。そのうえミカンやオリーブの樹園があり南国の雰囲気を漂わせている。特にこのあたりは丘陵に広がるオリーブを遠くに眺める地中海をテーマにしたリゾートを展開しているほど穏やかな景色が広がっている。小さな島なのだが北と南でははっきりと陰と陽の対比を成していて、自然に富んだ島だ。。

案内書の地図によれば県道の途中から分岐する道が札所へのルートになっている。
確かにそれらしい入り口はあるが伸びる道は未舗装の道だ。ガードレールはあるし砂利道の両側には轍があるので車が通っている気配はする。しかし、この先の道路状況は全く不明。行く気にはなれない。それに未舗装路は転倒の危険があるので素直に県道を走りつづける。
岬の分教場へ行く道は狭く曲がりくねっていると思っていたがここに比べるとずいぶんマシだった。海に沿って走る道は景色は悪くないので中央線がある広い道なら楽しいワインディングなのだが。
浦野の集落に出て県道250号に変わったとたんに突然道が広がる。札所を目指して峠へ向かう。案内板が見つけられず次の札所の表示に出会って行過ぎたことを知って少しバックした。

少し薄暗い木立の道を歩いて下る。四国とか紀伊半島など南国の岬に茂る原生林を思わせる。そういえばここまでやって来た岬めぐりの道もどことなく足摺岬に似た感じがした。山陰とは気候が暖かいのだろう。植生が違うようだ。

札所は山の斜面に建っている。つくりは典型的な村のお堂だ。線香から煙が立ち昇っている。誰かがお参りしてそれほど時間は経ってないようだ。住民の参詣が日常的に行われていることがわかる。
「大正天皇が皇太子の時この庵に立ち寄られた。」
案内書にはそう書いてある。残念ながらどう見ても皇族が来られるようなお堂には見えない。それでも狭い境内にもかかわらず茶店がある。今は閉まっているがお遍路シーズンには開くそうだから普段はもう少し賑やかなのだろう。

バイクのところへ戻ると携帯へ電話があり先輩より月曜の送別会への出席を頼まれる。あまり気乗りはしないので断わりたいが最後のお仕事と考えご返事する。素直に送別会も仕事と思えるようになったのもお遍路効果だろうか。
この近くでは「長崎のしし垣」を見物できるらしい。しし垣とはシカやイノシシなどの野生動物から農作物を守るために江戸時代に作られた壁垣のことだ。高さ1m余りで延々と何キロも続いているとのこと。島には昔はそんなに沢山の野生生物がいたのだと驚いた。「小豆島の万里の長城」と呼ばれているとのことだがネーミングが大げさすぎないか。そういえば島の北にあったグランドキャニオンもそうだ。

阿弥陀寺

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○二十六番、阿弥陀寺

二十七番へ行く道の途中から見えているがどういうわけか案内がない。どう見てもお寺なのでで間違えようもないが、桜庵には案内があるのお寺にはないのは妙な感じがする。桜庵は案内がないと札所とわからないからかも知れない。
お寺はこじんまりとした、いかにも村の菩提寺といった風情。
先ほどの二十七番とあわせて朱印を頂く寺院だが無人でセルフサービス状態だ。自分で押すのも既に経験済みなのでためらうことなく200円納めて朱印をもらい次へ向かう。

近道しようと農免道路で回り道をしたために予想していた時間よりまだ少し遅れているようだ。しかし、何故か不思議と昨日までと違い遅れに対する焦りを感じない。なるようになるだろう。
この先は三都半島の札所を廻ることになる。案内書によるとどうやら大型車や中型車は国道を西へ走って池田港まで行きそこから半島の西岸を南下するルートをとらないと通行できないようだ。
道が狭いのだろうがバイクなら大丈夫だろう。半島の東岸を南下するルートを選択した。

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