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いつまでも若葉な中年ライダーの古社寺旧跡紀行

中国観音霊場(第9回)

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○第二十八番、瑞光山、清水寺 (平成18年10月29日)

雲樹寺(うんじゅじ)前の県道257号線を国道9号方面に向かって走り交叉点での表示で清水寺(きよみずでら)へ向かう。初めてなら多分この県道が雲樹寺と清水寺へ参るには最もわかりやすい。国道9号線を米子方面から走って清水寺の案内のある交叉点を曲がれば間違えることはない。

久しぶりの清水寺。地元では清水さんで通じる。この近くの代表的古刹なので駐車場には車が結構停まっている。人も途切れることなく参道を登って行く。
石段と石畳の長い参道の両脇は苔むた岩で趣深い。紅葉が有名だがまだ色づいてない。

精進料理を食べられる店を過ぎると境内が広がる。最近まで続けられていた本堂の改修が終わり目障りだった足場もなくなり全容が見える。しかし、屋根に痛んだままの所があるのはどうしてだろう。

根本堂である本堂は城のような高い石垣の上に堂々と聳えていてその背後の奥に三重塔が建っているのが眼に入る。参道や伽藍など、改めて見るとなかなか風情のある寺だったことがわかった。名刹古刹というにふさわしい。身近すぎると評価を下に見てしまうということを実感する。

本堂への石段を登りきると正面に杉巨木が迎えてくれる。この杉も年代を感じさせる。

本尊は普段は拝めない。
その他の仏像などの寺宝は収蔵庫である宝蔵に保管されている。以前に拝観したことがあったのでいつでも開いているのかと思っていたが公開日が決まっていることを知った。4月26日から5月5日と11月1日から9日までの年二回。団体だと事前予約出来るらしい。文化財保護からは開扉の期会を少なくすることも仕方がないことは理解できるが、反面、気の向いたとき拝観出来ないのは残念だ。

境内には若い男性を中心とした外人団体旅行客が目に付く。珍しそうに写真を撮っている。売店のおばさんとと客との話しが耳に入るが、どうやらロシア人らしい。境港(さかいみなと)が近いからだ。境港には北朝鮮とロシア船がよく入港する。

本堂で朱印を頂いて、奥の塔に向かう。
山陰唯一の三重塔で高さは33.3m。本堂よりさらに高い石垣の高台に建っている。塔の建つ場所が高いため、見上げるように聳えていて実際の建物の高さ以上に巨大な塔だと思わせる。室生寺の三重塔は有名だがあれも石段の上にあって下から見上げることで高い塔に見えるという視覚効果になっている。
そういえば境内へ登って来た時に見上げる本堂も同じ効果を狙って建てられていると思われる。

ここの三重塔は江戸時代のものなので時代としては比較的新しい。しかし、他にはない特徴がある。なんと中が登れるのだ。いわゆる三階建になっている。受付で料金を払えが誰でも上がれる。最近建てられた新しいコンクリート製の塔は展望台のようになっているものも多いが、古い木造で人が登れる三重塔や五重塔は非常に珍しい。他にあるのかどうか。

元々、塔というのはお釈迦様の骨である仏舎利(ぶっしゃり)を納めたストゥーパと呼ばれるもので、中国では卒塔婆(そとうば)と訳された。この卒塔婆の略が塔なのだ。もちろんお墓に立てるあの卒塔婆と起源は同じだ。
つまり塔は仏教のシンボルであって実用的な目的の建物ではない。そのため当然人が登ることなど想定して作られていない。物見櫓でも展望台でもないのだ。
そのため三重でも五重でも塔は積み上げるような構造で多層階の構造になってない。あえていうなら一階建てとなる。一層毎に床があるわけではないのだ。

しかし、ここの三重塔が登れるのは、昔にも塔の意義とは関係なく登ってみたいと思った人がいたということなのだろう。

塔の下に出雲、中国、西国の観音霊場をまとめた百観音のお砂踏み場がある。足の悪い老女とその娘さんが歩いている。自分は実際にこの足で霊場を廻っていると思うと、本当にありがたいことだとしみじみ感じられる。

この寺は仁王門が参道から脇に入ったところにある。そこから展望所に行き周遊できる遊歩道があり塔の横に出られる。他にも見所が多いのでゆっくりしようと思えば十分楽しめるが、今回はそこまでのんびりするつもりはない。

帰りに巡礼者の集団とすれ違う。バスでの団体参拝のようで、ほぼ全員がおばさんだ。どういうわけか団体巡礼には男性が非常に少ない。中年以降の行動力というのは断然女性のほうが高そうだ。まあ、あの集団に男が入って行くのはかなり勇気がいるのは確かなのだが。

散歩気分の29km。札所が本当に近くて便利だ。

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○第二十七番、瑞塔山、雲樹寺 (平成18年10月29日)

平成18年10月29日。久しぶりの雲樹寺(うんじゅじ)。土地鑑があるので裏道を通り安来(やすぎ)の市街をパスして到着。
田圃の中にあるお寺だが社叢で囲まれているため境内は落ち着いた風情だが車の音が耳障りだ。地元の生活道路の道端なので割りに交通量が多いのだ。

本堂である仏殿に向かって右に小さな入母屋の観音堂がある。珍しく沢山の納め札が扉にびっしりと貼ってある。
扉は開かないので格子越しに覗かせてもらうと両脇侍を文殊菩薩(もんじゅ)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)とする聖観音菩薩坐像(しょうかんのん)が居られた。あまり見かけない組み合わせだ。もっとも観音菩薩が主尊の三尊形式は両脇侍の特別の決まりがあるわけではないようなので、多い組み合わせといっても思い浮かばないのだが。
観音様は小さいが宝冠もきらびやかで実に雅な感じだ。間近で拝めないのが残念だ。

境内中央の仏殿には拈華微笑の釈迦如来(しゃかにょらい)という左に蓮の花を持たれた馴染みのない像が安置されている。正直、初めて拝見したので釈迦如来とは思わなかった。拈華微笑の故事は有名だが、それをモチーフにした仏像形式があるとは知らなかったのだ。

拈華微笑というのは「ねんげみしょう」と読む。
お釈迦様(しゃか)がで弟子たちに仏法を説いたとき、その一人から捧げられた蓮の花を黙って受け取りひねってみせた。皆にはその意味がわかならなかったが、摩訶迦葉(まかかしょう)だけがその意味を理解して破顔微笑したのでお釈迦様は彼に仏法の心理を授けたという故事がある。
悟りの真理は言葉や文字を使って伝えられるものではないということを表したものとされる。師から弟子へ経験を通じて言外に伝えられる「不立文字(ふりゅうもんじ)」という概念に通じる。これは禅宗ではとても大切にされているようだ。

仏殿にも納め札が大量に貼ってある。お札にはもちろん本尊の釈迦如来と書かれなければいけないのだが、中には大日如来(だいにちにょらい)、地蔵菩薩などという文字も見えていて様々だ。ありがたければ仏号はどうでもいいのだろうか。なんだか田舎にある、ほほえましさというかおおらかさというか、融通無碍なところを感じてしまった。

この寺は方丈(ほうじょう)の枯山水(かれさんすい)の庭が有名でつつじの季節は見事なのだが、10年以上も前だが既に拝観済みなので今日は遠慮する。また国の重文の朝鮮鐘もあるのだがこれも通過。

仏殿に向かって左にある宝形(ほうぎょう)のお堂は瑠璃堂(るり)。名前からももちろん薬師如来(やくしにょらい)のおられるお堂だ。実は仏殿は南面して建っているので瑠璃堂は境内の西にあることになる。普通は薬師如来は東に配される。それは薬師如来の浄土である瑠璃光浄土が東の果てにあるとされるからだ。
西に配されるのは一般的には阿弥陀如来(あみだにょらい)だ。そういえばここのお堂は池に囲まれている。こうした蓮池を持つ形も阿弥陀如来によく見られるものだ。お堂自体が本来は阿弥陀堂ではないかと想像した。

雲樹寺はそれ程有名な観光寺院ではないが三々五々と人が訪れるのが少し意外だ。その人たちと会釈ですれ違いながら山門から四脚門へと歩く。本来の順路からは逆走になるのだが、駐車場へ車を停めると境内横の山門近くから寺の境内に入ってしまうので、あちらこちらを見ようとすると仏殿から門へ向かうことになってしまうのだ。

重厚な楼門をくぐると参道は右へ直角に曲がる。その先にある四脚門は国の重要文化財。しかし、ありふれた簡素な門に見える。正直、どこがすばらしいかよくわからない。説明板がなければ気にも留めないだろう。
解説によれば、参道は別名「浮道」と呼ばれていたという。参道両側に流水を配して参道が水の中を渡って行くように見えたことからつけられたらしい。すばらしい視覚効果だ。
今は両脇を枯れかけた用水路に挟まれたようになっているが、そのように説明されれば往時の姿が眼に浮かぶ。

門にはお地蔵さまが立つ。山門にも立たれていた。酒だち地蔵というものも参道脇におられる。どうやら地蔵信仰が盛んな寺のようだ。

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