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○素戔嗚尊と八岐大蛇 その5
稲田神社(横田稲田神社) (平成19年9月8日)
JR出雲横田の駅前から少し東へ進み川を渡ったすぐ後を南の山側に向かって真っ直ぐ進むと1km余りで神社の前に到着する。幹線道路からの案内がなく、周囲は田園風景で目印になるものも少ないため少々わかり難い。
稲田神社(いなた)、その名も稲田という地名の集落はずれ、奥にある。
素戔嗚尊(すさのお)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して娶った奇稲田媛命(くしなだひめ)を祀る神社だ。以前訪れたことがあるのだがすっかり忘れていた。鳥居前まで来ても全然思い出さない。
神社の由来によれば、江戸時代後期の文政年間に創建された小詞を昭和初期に横田町出身の九州小倉の石炭王と呼ばれた小林徳一郎が社殿を新築勧請したものだという。古い歴史を持つ神社ではないらしい。どうやら記憶がないのは新しい神社のため想像をかきたてられるものがなく、印象が薄かったからのようだ。そうは言っても今回も説明を読んだだけで引き返すわけにも行かない。前よりも多少は目的意識もあるし知識も増えているはずなので、何か興味深い点も見つかるかもしれない。しかし、歴史が浅いということを知ったこの時点でかなりテンションが下がったのは否定できない。
気を取り直してというか、自ら鼓舞して参道を歩いてゆく。左手の小高い場所に小林徳一郎の立派な記念碑がある。あの人がこの神社を立派に創建した人らしい。少し眺めただけで歩を進める。
更に進むと左手に稲田姫御誕生地という立派な碑が建てられている。そして、その碑の反対側の右手側には奇稲田媛命と素戔嗚尊の石像がある。高さは人の背丈ほどだ。
一般的な神様の身長というのは知らないが天照大神は2mくらいはあるらしい。と、言うのも、はっきりと覚えてないのだが、伊勢神宮で20年に一度の式年遷宮の時に新調される御装束と調度品が通常のものよりかなり大きかったことを見た記憶があるからだ。素戔嗚尊も天照大神の弟なのだからそれくらいはあってもいいだろう。これは少し小さすぎる。それに像はもう少し大きいほうが威厳が出るので人に与える印象が違う。
奇稲田媛命の像は少し古く、それに比べて素戔嗚尊のほうは新しい。像に比べて台座は古いので傷んだために作り替えたのかもしれない。その時にもう少し大きくすれば良かったのに。
姫の顔はしもぶくれなおたふくのように作られているのが何だかうれしい。最近の女神像はあまりに現代的過ぎる顔立ちをしていて何だか興ざめしてしまうことが多いからだ。
参道奥、正面の建物の唐破風は修理中のようでブルーシートがかけられていた。かなり大きい建物で一辺20m近い。それ拝殿と思っていたのだが、本殿を求めて横に回って見るとその後ろに石垣で一段と高く盛られた場所があり、そこに拝殿と本殿が建っていた。つまり、前の大きな建物は幣殿らしい。
拝殿は唐破風の向拝を持つ平入りの建物で、その後ろのには大社造系の本殿。
一般的に大社造系の本殿は周囲が回れるように背後が空いていることが多い。ここも一回り出来ることは出来るにだが、何故か本殿の建つ場所は1mほど高くなっていてそこへ登る階段がないため、横からよじ登らなければいけない。これはひょっとすると本殿には近寄るなということだろうか。しかし、段差は簡単に登れる高さなのでいくらでも近寄れる。
最初に感じたように個人的には、それ程琴線に触れるようなものはなかった。由来が新しいとどうも想像や空想が働かない。
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