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『檀林寺』=「門跡寺院」?「骨董屋」?
京都の紅葉巡りで訪れた嵯峨野の「祇王寺」そのすぐ横で目にした寺。
「檀林寺門跡」・・・ 押すな押すなの祇王寺と比べて、はるかに立派な
造りでありながら、殆どの人が素通りしている。
何度か「祇王寺」詣りながら今ままで気付かなかった「檀林寺」ですが、
今回は「胎蔵界曼荼羅公開中」の看板が目に映り、ちょっと入ってみる
事にしました。
境内に入ると小さな机を前にお手伝い風のおばさんが「400円」です。
拝観券をくれるものだと思っていたらパンフレットを手渡され「正面が本堂
です。三層の構造でちょっと珍しい造りです。どうぞお参り下さい」
本堂に入ると、格子の向こうの薄暗い須弥壇に何体かの仏様が並んで
いた。寺男風のおじさんの説明によると、「真ん中が檀林皇后十八歳の
御像です」これが本尊の准胝仏母だそうです。
なんだかよく解らないが、とにかくお賽銭をと思い10円玉を賽銭箱に・・
すると先ほどのおじさんが「チーン」
「霊宝館」で宝物をご覧下さい。おじさんの言われるまま「霊宝館」へ・・・
(私には物置にしか見えないお粗末な部屋)
ガラスケースがあるわけでもなく、何段かの棚に何の脈絡もなく、いろい
ろな物が雑然と置かれている。
「胎蔵界曼荼羅」といえば、柱に無造作に掛けられている・・・骨董価値が
あるのかどうか、私には解らないが、「公開中!」と言うほど有り難味が感
じられる代物ではない。
同行者曰く、「盗難予防とか地震対策とか、なんにもないなァ〜」
「そうせなアカンほど価値のある物がないと言うことやろ」
なかには「東大寺の大仏さん」を造る前に試作された」という何十分の一
かの信楽焼の頭部が・・・これが事実だとしたら「国宝級や!」
こんな大切なもの?が棚の端っこで、ちょっと触ると落ちそうな格好で・・
気がつくと先ほどのおじさんの姿は何処にもなかった。。。
「檀林寺門跡」だというのにお坊さんの姿を見ることもなく、なにか「変やな
ァ〜」と、もやもやした思いのままお寺を後にした。。。
そして・・・帰って調べている内に一人で大笑い!!
まずウィキペディアに書かれていた事
檀林寺(だんりんじ)は、京都市右京区にある真言宗大覚寺派の寺院。
山号は松森山。本尊は准胝仏母。
承和年間(834年〜848年)、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(檀林皇后)に
より創建、開山は唐僧義空。室町時代に廃絶、その跡地に天龍寺が建
てられた。昭和39年に現在地に再興した。実質的には骨董屋であり、寺
としては機能していない。
そして、この「檀林寺」のことが、白洲正子著「十一面観音巡礼」に書かれ
ている事を知った。確かにこの本の「幻の寺」の項に書かれていた・・・
且つ私はここを読んでいた。。。
この項は奈良の門跡尼寺「法華寺」の十一面観音の事が書かれていて、
「檀林皇后」の事が書かれていて・・・それが「檀林寺」に繋がらなかった。
『幻の寺・檀林寺』 ( 白洲正子「十一面観音巡礼より)
檀林寺は承和年間に、旧嵯峨院の一部に建立され、現在の天龍寺を
中心に釈迦堂から亀山にかけて広大な地域をしめていた。
皇后(檀林)は弘法大師に帰依していられたようで、禅宗がまだ日本に
知られていないので、禅寺を造ることを太子は勧めた。(中略)
弘法、義空、慧萼(えがく)らの力により、日本最初の禅寺創立されたと
いえるが、檀林寺についてわかっていることはその程度しかない。
その後、藤原氏の勢力の前に影をひそめ、平安中期にはさしもの大寺
も滅びてしまう。皇后の名声も次第に薄れ、檀林寺は幻の寺と化した。
法華寺(奈良・門跡尼寺)の十一面観音は、その時奈良へ移されたのか
も知れない。
妙心寺に遺っている国宝の梵鐘は檀林寺の唯一の遺品と伝えている。
「檀林寺」は幻の寺であり、遺品と言えるものは「妙心寺の梵鐘」しかなく、
パンフレットに書かれている「檀林皇后」ゆかりの品など、あれば国宝級
だと言うこと。
「門跡寺院」とは・・・
代々、皇族や公家などが出家して寺主となる寺につく称号に転化し、皇
族や貴族とかかわりが深いことを示す用語となっていきました。
京都には、13の門跡寺院があります。(京都観光街めぐりより) ということで「寺としては機能していない実質的には骨董屋」さんが「門跡
寺院」を名乗る事は如何なものかな?
「幻の寺」の後半に書かれていた白洲正子さんの話、少し長くなりますが
読んで笑って忘れて下さい。
京都へ帰るタクシーの中で、運転手さんが耳よりな話をした。
「檀林寺ならすぐそこだっせ。史料も沢山ありまっせ」 騙されたと思って、寄ってみることにすると、祇王寺の前で降された。 「ここです」という。この寺なら、まんざら知らないことはなかった。数年前
祇王寺へ行った時、「まあ、お入りやす。よっておいきやす」と、しきりに
呼びとめる寺がある。この頃はお寺も客引きをするのかと、おかしかっが
まさか「壇林寺」とは知らなかった。物はためしと、百五十円払って、中に 入れて貰う。妙に白々しい境内で、殺風景なコンクリートの建物が建って
いる。やがて、顔色の悪い爺さんが出て来たので、「檀林皇后のことを
伺いたい」というと「それは御殊勝なことで……」と、胡散臭そうな目つきを した。
本堂の中は、小博物館といった感じで、薄汚い仏様達が、何の関聯もなく 並んでいる。その真中のみすぼらしい観音様を指さして、じいさんは恭しく いった。「檀林皇后十八歳の御像です」
隣の部屋には、驚くほど沢山の「史料」が並べてあった。曰く、「檀林皇后 の御衝立」、曰く、「檀林皇后の御茶碗」etc。 「このお寺は何宗ですか?」 「禅宗です」 「天龍寺の末寺ですか?」 「違います」 「では何派で?」 それには答えず、じいさんは引込んで、二度と姿を現さなかった。 私は何百点とある「史料」を拝観した後、檀林寺を辞したが、外へ出たと
たん、堪えていた笑いが一時に爆発した。
巡礼をしていると、時々こういう御利益もある。
そこへ顔みしりの知人が現れたので、今、おかしな寺へ行って来た、ま るで小道具屋だったと話すと、彼は苦笑いをしていった。
「小道具屋なんですよ。質屋もしていたという話です」 それで読めた。あの不可思議な仏達や、厖大な「史料」の数々は、酒手 に窮した生臭坊主の質流れに違いない。観光寺院がはやるのを見て、
ここで一もうけしようと、企んだにきまっている。それにしても、檀林寺と
は、よくも名づけた。が、今時そんな名前を知る人は少く、思った程参詣
人が来ないのは気の毒なことである。
今流行の産地偽装、虚偽表示のお寺版でした。。。
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観音さまの独り言
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サッカー、日本、頑張りましたね!
寒さはもう少し続きそうですが・・
あしたも いいこと あります!
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