From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

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新たに「古代ローマの碑文」と言う書庫を設けることにしました!

正確には、「古代ローマについて」の書庫から古代ローマ時代の碑文や墓碑、落書きに関する投稿記事を分けただけなのですが、これからも、時折、碑文に関する投稿記事を書いていこうと思います。

↓ ↓ ↓

書庫「古代ローマの碑文」
(*当ブログ内!)

さて、「古代ローマ時代の碑文とは何か?」と言う疑問をお持ちの方もおられるかもしれませんが、当ブログ管理者が運営するHPのあるページより抜粋したものを以って、紹介に代えさせて頂きたく思います。


1.「古代ローマ帝国の碑文とは?」
 古代ローマ社会では、碑文が大量に製作されていた。そのほとんどは何らかの記念碑に付属するものであり、当時の社会では都市の内部、あるいは墓地の至る所で乱立する記念碑と共に碑文を目にすることが出来た。
 こうしたラテン碑文の多くが帝政前期、特に2世紀から3世紀前半にかけて集中して見つかっており、ローマ史研究者の間では"monumental culture"(*記念碑文化)と言う用語で説明される程までに碑文製作は文化現象となっていた。
 このラテン碑文は現在までに約30万点が知られており、日々、その出土件数は増加しているが、その内の7割程度が墓碑銘である。そして、ラテン碑文の大きな特徴の一つが、こうした墓碑銘に生前に獲得した名誉、職業、あるいは感情表現や愛情表現がしばしば刻まれていたことである。古代ローマにおける墓碑銘製作とは、現代の我々にとってのHP等と同様に他者に向けた明確な「意思表明」の手段であり、重要なメディアであったと言える。 


2.「誰が碑文を製作したのか?」
 古代ローマ社会において、碑文製作、とりわけ墓碑銘製作に身分による排除はなかった。皇帝であれ奴隷であれ、等しく墓碑銘製作に参与し得たと言う事実は非常に興味深いことである。「ローマ社会における奴隷とは何者であったか?」我々が奴隷の墓碑銘を読む時、しばしばこうした疑問を抱くのではないだろうか。古代ローマにおける墓碑銘製作は、この社会のダイナミズムを体現していたのである。 



 古代ローマ時代の碑文は、現在の高水準な「古代ローマ史」研究を支える極めて重要な一次史料です。この碑文研究を通じて、古代ローマ史において、「政治史」のみならず、「社会史」、「女性史」、「家族史」...とありとあらゆる領域に研究の対象を広げてゆくことが出来ました。
 また、「碑文研究」の重要性は、日本人でも欧米諸国の水準に到達し得る高度な研究を行うことが出来る可能性を大いに秘めている、と言う点でも注目すべきでしょう。碑文研究を通じた「古代ローマ社会」の解明は、まだまだ多くの余地が残されており、「碑文」を用いた研究手法の工夫次第では、日本の側から国際に向けて成果を発表し得る可能性も大いに秘めていると思っています。
 
 日本では、古代ローマ時代の碑文を学べる環境は、まだ十分に整備されてはいませんが、現在の日本の古代ローマ史学界で、「碑文」を通じた「組合」や特定の「社会集団」の実態解明を目指そうとする動きが活発化し、更に着実に成果を挙げつつある現状を考慮すると、「碑文」に関する講座ないしゼミの本格的な新設が待たれる所です。(←誰が、お金を出すの?って話もありますが...)
 
 
 何はともあれ、「碑文」は古代ローマ社会を映し出す「鏡」です!その「鏡」は時に率直に、そしてしばしば「歪んだ」姿を映し出すわけですが、その「歪み」の中にも「古代ローマ社会」を読み解く鍵が存在しているのだと思います。そうした「鏡」としての「碑文」に、当ブログの紹介記事を通じて、少しでもご興味を抱いて頂ければ幸いと思っております。



以上、お知らせでした。

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