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古代ローマ関係の動画をYou TubeにUP!しておいたので、お知らせ。 今回は、南イタリアの港町ポッツォーリに残存する古代ローマ時代の遺跡・剣闘士闘技場跡。 動画が若干暗めなのが残念ですが…
南イタリアのフレグレイ平原に存在する古代ローマ時代に栄えた港町プテオリ(※現ポッツォーリ)に二つの重要な遺跡がある。一つは現在の港をすぐ見下ろす位置にある古代の「市場跡」(※紀元前2世紀頃)で、もう一つがより内部に位置する「剣闘士闘技場跡」である。 この剣闘士闘技場は、楕円形の長径74.78m:短径42mと、現在残存している闘技場の中でも世界3番目と相当の規模を誇る。 この円形闘技場は、紀元後1世紀フラウィウス朝期ティトゥス帝代のものと考えられているが、同じ時期にローマではコロッセウムが建設される等、剣闘士闘技が「パンとサーカス」における興行としてシステマティックなものとなり、ローマ市民がますます見世物に熱狂していく時代であった。 動画では、通り口を通ってアレーナへ入っていくが、この通り道こそかつて剣闘士達が観衆の面前で闘い血を流す為にアレーナへ向かう為の通り道であった。またアレーナ内に入ると床面の中央に大きく開いた穴や、左右に等間隔の正方形型の穴を見ることができるが、闘技中、アレーナの地下よりこの穴を通じて、様々な猛獣が滑車で揚げられ剣闘士との闘いや猛獣同士の闘いへと駆り立てられた。ただ、1世紀の牧歌詩人カルプルニウス・シクルスによると、こうした穴はただ猛獣を剣闘士闘技へ供する為に用いただけでなく、マジックショーの仕掛けとして、あるいは中央の穴等は、森を模造する為に人工的に木々を植える為にも利用されていた。 古代ローマ時代における剣闘士闘技の存在意義を当時の時代背景・政治文化と重ねて合わせて考えることで、より正確に実態を把握していけるのではないか… by トリマルキオ(kannriromaken) 【参考画像】
徐々に近づく観衆の熱狂的な喚声を聴きながらアレーナへと入場する 剣闘士の気持ちはどんなものであったろう。
アレーナ前方に見える四方形の穴より、滑車を利用して地下より猛獣をアレーナ内への引き上げていた。 【編集後記】 ポッツォーリを訪れた際、丁度、イタリアの小学校の遠足時期だったようで、 幾人かの子に人懐っこく話しかけられたのを記憶している。 カルチョとTVゲームが大好きなイタリアっ子は先生の説明もろくに聞かずに、 仕切りに「ソニーのプレステ持ってるか?モリモト知ってるか?」と尋ねてきました。 (※最後には、引率の先生に怒られすごすご去っていきましたが…) おかげで集中して遺跡見学ができませんでしたが、 これはこれで一つの思い出ということで… |
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