From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

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 夕焼け

【日常のありがとう】

今日、仕事帰りにスーパーで買い物をし、清算後、
店員さんが「ありがとうございます!」と挨拶された時、
自分も「ありがとうございます。」と挨拶を返した。

実は、毎回、買い物をした際には、何故か知らん
客である自分も「ありがとう」と言っていたのだが、
今日改めて、何で「ありがとう」と毎回、言うようになったのか?
いつから癖になったのか?、等と振り返ってみた。

多分、僕が学生時代にコンビニでアルバイトしていた時、
お客様の中に、毎回のように「ありがとう!」と挨拶して下さった方がいて、
その時にそう言って頂いて嬉しいな、と感じていたので、
自然とまねをするようになったのだと思う。

「ありがとう」という言葉は、
何気ない一言で、何の飾り気もない言葉にもかかわらず、
言われた人にとっても、言った当人にとっても気持ちがいい言葉である。

子供が親に「ありがとう」、親も子供に「ありがとう」
夫婦同士でも「ありがとう」、家族内で「ありがとう」
社会生活の様々な場で、見ず知らずの人同士でも「ありがとう」
一言、言うことができれば、これ程、感謝を表す簡単な言葉はないにもかかわらず、
意外と言えない一言。


【苦しい時こそ、ありがとう】

「ありがとう」という言葉について、
先日、プロ野球のドラフト会議に絡んだテレビのスペシャル企画で
ある選手が、難病を乗り越えて育成選手枠に指名されるまでの過程を描いた
ショートドラマの中で、強く感銘を受けたシーンがあった。

その選手が、病室で闘病中に、その選手の母が言った言葉。
苦しい時こそ、「ありがとう!」と言うといい。
そうすると苦しいことも乗り切れるから。
何か良いことがあった時は、「感謝します!」と言うといい。

良いことがあった時に、ポジティブな言葉を言うのはまだ簡単だと思う。
(※それだって、日常生活ではつい忘れがちだが…)
けれども、苦しい時に、「ありがとう!」と言うのは決して簡単なことではない。
苦しい時は、「苦しい」と言い、感じるのがごく真っ当な人間の感情というもので、
その状態で、ポジティブな気持ちに持っていくのは並みの精神力では、本来は難しい。

ただ、苦しい時に、ネガティブな思考に陥って、ますます状況が悪化するくらいなら、
少しでも前向きなことを考え、そういう方向に気持ちを持っていくようにする為に、
敢えて、「ありがとう!」と言ってみる価値はあるのかもしれない。


【まとめに代えて】

言葉とは、要は気持ちの持ちようを表す鏡のようなものなのだろう。
言葉そのものに良し悪しがあるわけではなく、
それを発する人の気持ち次第で言葉の価値や効果も大きく変わってくる。

その一方で、発する言葉によって、自分の気持ちに気付くというか、
ポジティブにもネガティブにも気持ちを持っていく言葉というのもある。
「ありがとう!」という言葉は、
何気ない挨拶の言葉でありながら、それを発することで
気持ちをポジティブに持っていくことができるのではないだろうか。
恥ずかしながら初耳ですが、「データ集約型科学」という
科学の新たなパラダイムがあるようです。


既存科学のパラダイムは、時系列的に

1.古代ギリシャ・中国時代を発祥とする、第一のパラダイムである実験科学
2.17世紀のニュートンによる近代理論科学
3.計算シミュレーション

の大別して3つのパラダイムに分けられていましたが、
第四のパラダイムとして、
「データそのものを科学的探究の中心に据え」る「データ集約型科学」
というものが、近年注目されているといいます。

第3の「計算シミュレーション」との違いは、
「計算シミュレーション」が膨大なデータを基に法則を見出すことを目指すのに対し、
「データ集約型科学」では、「法則」そのものを見出すためにプログラムを組む、
という点で、まるで底をひっくり返したような大きなパラダイム変動が生じています。

曰く、
データ集約型科学の特徴は、データ量がきわめて膨大であっても、コンピュータが関連性や相関関係を掘り起こし、問題を調査、解析することを可能にした
とありますが、こんなことが出来るような時代になったことに驚きです。

「データ集約型科学」については、今後、要注目です。

秋の徒然

本日、10月最初の営業日に入り、新たな期に移った。
前回の期でやり残したこと、今期より新たにやりたいと考えていること、
色々あるけど、心身ともに健康で仕事もプライベートも充実させていきたい。

【マイブーム】
話は変わるが、最近、数独にはまっている。
「9マス×9マス」の縦列、横列、9マスごとの各ブロック、
何れも1〜9までの数字を1回ずつ使いながら全てのマスを埋めていく
お馴染みのゲームだが、これがなかなか面白い。
特に通勤・帰宅途中の列車の中でやると、ついつい熱中して
気がついたら最寄駅に到着するので、暇つぶしにも丁度いい。
頭の体操にもなるし、集中力も身につくし、といいこと尽くめなので、
飽きるまでしばらく続けていこうと思う。

【読書の秋】
数字にまつわることで、ついでなので興味深い文庫本を紹介。

サイモン・シン(青木薫・訳)『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)

17世紀の数学者フェルマーが残した命題

「 x^n + y^n = z^n 」は「nが2より大きいばあいは整数解をもたない」

を20世紀に数学者ワイルズが解くまでの過程を
数学の歴史やエピソードを交えながらドラマチックに描いたノンフィクション。
詳細な数式の解説や込み入った数学的議論がない為、
数学好きには物足りない面もあるかもしれないが、
証明不可能とまで考えられた難問に対峙する一人の数学者の魂の震え、
数学とそれに携わってきた研究者達への敬意、
ワイルズが、苦しみぬいた末についにかの難問を解いた瞬間の感動的なシーンは、
つい心を揺さぶられてしまう。

答えは探すものではなく、自分の頭で考え見つけるもの
大前研一氏がMIT時代によく言われた言葉ということらしいが、
前例のない問題に取り組む際、ワイルズのように徹底的に自分の頭で考え抜く姿勢は
大切なのかもしれない。
先日、連休を利用してサイパンへダイビングしに行ってきた。


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 サイパン − ブルーの海

今回は、2日間で計5ダイブとそれなりに潜ることができ、
サイパンの美しく透明度の高い海を満喫できた。
(※特にグロットは透明度40mと抜群の透明度を誇る。
  生憎の台風接近で透明度が下がってこれなのだが、  
  もっと良い時は、70mを超えるとか、)

1日目:グロット、アイスクリーム、ディンプル
2日目:クレバス、アーチ(※何れもウイング・ビーチ近海)

と、1ビ4ボを堪能しつつレンタル・カメラでバシバシ取り捲った。

【ダイビング・ログ】

※取り敢えず、1日目のログ

<プティ情報>
ダイブNo.:23,24,25
ポイント:グロット、アイスクリーム、ディンプル
ダイブ本数:3ダイブ
潜行時間:38分,46分、38分
透明度:40m, 25m、30m
水中温度:30-31度
最大深度:29.0m, 17.3m,25.2m

<お魚情報>
シコンハタタテハゼ (※滅多にお目にかかれない。ラッキー!)
カスミアジ
ウコンハネガイ
ツブツブコイボウミウシ
マダラトビエイ (※悠々と海の中をホバリングする姿は神々しい)
ノコギリダイ
スポッテッドシャープノーズパファー(ハマフグ)
ミナミハタタテダイ
バラフエダイ
カスミチョウチョウウオ
クロモンガラ
ルリホシスズメダイ
オレンジフィン・アネモネフィッシュ
キイロハギ
サザナミハギ
クマドリ
ツノダシ
ヒレグロハタ
アカオビベラ
ニシキヤッコ

【美しき水中世界】

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 グロット − 外洋から差し込む光

洞窟内から外洋へと出る水中の通り道。
外洋へと出た瞬間の青い光に満ちた世界は圧巻。

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 アイスクリーム − ホバリングする2羽のマダラトビエイ

2本目のアイスクリームで見たマダラトビエイのホバリング光景は感動もの。

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 アイスクリーム − 再び、マダラトビエイ

最初の2羽は遠めを泳いでいたため、望遠を使用しても小さく写るだけだったが、
2度目に登場してくれた1羽のマダラトビエイはかなり近いところをホバリングしていた。
悠々と水中を飛ぶ様は、神々しいとしか表現のしようがないほど…

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 ディンプル − 好奇心旺盛なカスミチョウチョウウオ

3本目のディンプルで見たカスミチョウチョウウオは好奇心旺盛なのか、
僕が写真を写そうとすると、カメラのすぐ近くまで寄ってきてくれて
格好の被写体になってくれた。
(※危うくキスされそうになったw)

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 ディンプル − キイロハギ

キイロハギもたくさんいた。
特に群れになって乱舞する様は秋の紅葉を思い起こさせるほどの美しさ。

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 ディンプル − キイロハギとサザナミハギの群れ

黄色と黒のコントラストが美しい。


【おわりに】

取り敢えず、1日目はこんな感じ。
グロットにしろ、アイスクリーム、ディンプルにしろ、
サイパンには彩色豊かな魚以外にも、ユニークな地形を楽しむこともできる。
2日目に見たクレバスやアーチも同様だが、
自然が生み出す見事なまでの神秘的な水中世界はダイバーの心を和ませてくれる。

2日目のログ&写真は何れの機会に。

ではでは!
昨日、赤坂ACTシアターへブロードウェイ・ミュージカル『コーラスライン』を観にいった。
ミュージカル鑑賞は一昨年の『レント』以来だったので、たっぷり堪能できた。


【コーラスライン】
コーラスラインの「コーラス」とは、舞台の主役の後ろで歌い踊るコーラスダンサー達をさす。
そのコーラスダンサーを目指す為、何度かの審査を潜り抜け、
ようやく最終選考に辿り着いたのは3000人中僅か17名。
そこから最終的に合格できるのは8名。
その8名に対し、演出家ザックが
「自分達が何者であるか自分たち自身の言葉で語れ」
というところから、物語は始まる。

最終選考に残ったダンサー達は、踊りで自分を表現することには長けていても、
自分の言葉で自分自身のことについて語ることには慣れていない。
まして、それぞれに人には言えないような過去を持っており、
始め、その口は重く、語ることを強く拒否するものも出てくる。
それでもザックは、時には厳しく、時には優しく、一人一人に語るように促す。
その真意は何なのか…?

主役になれない、スポットライトを浴びることのない脇役になることすら厳しい現実。
仕事がなければ、明日生きていくことも困難な日々。
例え、コーラスダンサーのポジションを勝ち取ったとしても、
公演が終わってしまえば、また次の舞台を目指して一から始めなくてはならない。
それでも、彼らがダンサーであることを止めようとしないのは何故なのか?
いつの日か、ダンサーであることを止めなければならない日がやってきたとしたら、
ダンサーとして生きてきた日々のことをどう感じることになるのか?
そこには、後悔はないのか?

But I can't regret
What I did for love, what I did for love.

・・・全力で情熱を傾けてきたこの日々に、後悔などない。
ダンサーの一人、ディアナから語られた言葉が全てを物語っているように思える。
 

コーラスラインの筋書きが面白いのは、
実演している俳優一人ひとりが実際に抱えている悩みや過去でもあり、
ディアナやキャシー、ポールといった役を演じつつ、
実は自分自身について語っているように錯覚させる点にある。
その為、俳優の語る言葉の一つ一つが切実さと真実味を帯び、
観客は舞台上の劇を見ているというよりも、
現場に居合わせ、ダンサー達の真剣な告白を実際に聞いているような感覚に陥る。
それが、『コーラスライン』という、決して大掛かりな仕掛けもなく、
ただ語りとダンスに終始する舞台に臨場感と感動を与えているのではないだろうか。


【ビール】
ミュージカルを見終わった後は、近くのベルギービール屋に立ち寄って、
ビール1杯楽しんできた。

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 リンデマンス・ペシェリーゼ(ベルギービール)

ピーチ味のする甘いビールで、初めて飲んだけど、
なかなか美味しかった。
我がバディが飲んだのは、バナナの風味がするというものだったが、
「…バナナというよりはセロリの味だよね。」
と、二人で笑った。


…総じて、良い一日だった。

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