京都... 君の面影を残して 雨雲に包まれた古都の薫り 幾重にも連なる瓦屋根に隠れた小路 君の声を宿して... 先日、同僚から京都のお土産を頂いた。 「今出川」という懐かしい印字がされたそのお菓子の包みが 僕の中の記憶を呼び覚ましてしまったようだ… 【京都−ゆきてかへらぬ…】 僕は学部生の頃に一年間ほど京都にいたことがある。その時の思い出はそれなりにある。懐かしいもの、心躍るもの、そして、無論、思い出すと今でも鼻先がツンとするような甘酸っぱいものも... ところで、京都にいる時、どうしても行きたい場所があった。それが京都市左京区にある銀閣寺へも通じている「哲学の道」である。ご存知の方も多いと思うが、この道は日本の近代哲学史の草分け的人物である、故・西田幾多郎氏(京大・教授)が、日々、散歩をしながら思索に耽っていたと言う有名な道である。 そうは言うものの、その当時、なかなか忙しく?て、あるいは横着であったために、「行きたい!」、「行こう!」と思いつつ、つい先延ばしのまま、京都での生活も残り2,3ヶ月と言う所となっていた。しかし、やはり、それでは何のために京都にいたのか分からない。やはり、是が非でも行かねば!と意を決して、ついに銀閣寺を訪れるついでに「哲学の道」を少しだけ散策することにした。多分、雪混じりの雨降る冷たい1月初旬の某日のことだったと思う... 京都は、流石、観光地だけあって、また、初詣がてら京内の神社や寺に参る人々も多く、何処かしこも人々の雑踏でごったがえし、正直、「哲学の道」を歩いている時も、西田氏が耽ったような思索に耽る雰囲気などではなかった。その日は、生憎とそれほど時間があったわけでもなく、雑踏が止むまで待つこともできず、結局、そのまま帰ることとなった。それ以来、現在に至るまで、京都を訪れることはあっても、「哲学の道」を歩く機会には恵まれてはいない... ところで、西田氏が書いた書物は今、2冊ほど手元にある。何れも学部生の頃に購入したものだが、特に1年生の頃に購入した『続思索と体験』を読んで、京都に憧れを抱いたようなものである。だから、この書物は、僕の京都行きと現地での生活を支えるものであったし、それだけに思い出の深い書物ともなっている。 この『続思索と体験』の中に、特に僕が気に入っている言葉がある。それが、以下に引用する「或教授の退職の辞」の中で記された数行である。 …回顧すれば、私の生涯は極めて簡単なものであった。 その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。 黒板に一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。… 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」(*『続思索と体験』)より。 今よりも、まだまだ感受性が強く?、行動よりも言葉に強く惹かれやすかった当時の僕は、特に、 黒板に一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。と言う一行に、正直、心酔にも似た憧憬を抱いたものであった... 幸いにも、当時、この数行に出会った時の感想を認めたものを保存していたので、以下に引用してみる。 人の一生とは一行で語ることができる。たかが言葉とはその程度なのだ。たった一行でいい。かの哲学者は自分の人生を振り返りながらこう呟いたではないか。「……その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向って一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。」 (*西田幾多郎 “或教授の退職の辞”『続思索と体験』より)と……。だが、このたった二行で語り尽くした哲学者の言葉の中にいったい、如何ほどの人生の深みが滲み出ていることだろう。彼は自己の探求すべき真理へ敢然として立ち向かったのだ。それは生きる態度であり、自らに科した使命なのだ。それは身体と精神の向きの問題であって、到達した結果の問題ではない。善く生きたと言うよりは善く生きようとした、というべきなのだ。それこそ生きる気概とも言うべきものなのだ。…
by 在りし日のトリマルキオ 僕が、京都に託す想いは無数にある。中原中也の詩集を持って、何処へなりとぶらぶらと歩いた思い出。ひたすら鴨川沿いを歩き続けた秋の夕暮れの淡いオレンジ色の光。古めかしい赤レンガの洋風建築物が立ち並ぶキャンパスの薫り。そのキャンパス内にて、平日の昼、約30分ほど、実演のオルガン演奏で礼拝曲が流れるチャペル。この昼のチャペルの館内は、あまりにも静寂と荘厳に覆われていた空間であり、歩くたびに床が悲鳴を上げるかのように軋んで館内に響き渡る為、来館者はみな忍び足でそっと一歩ずつ足を踏み出さねばならないほどであった... 僕に、「古代ギリシア世界と言う、太陽の熱気と情熱に満ち満ちた地中海世界!」を教えてくれた或る先生、あるいは、或る近代日本思想史の先生の言葉。その先生は、キャンパスの案内ついでに、僕に、ジェスチャーを交えながら、熱気のこもった調子で、こんなことを語ってくれた。 想像してご覧なさい。明治のある時期に、まだ西洋風の建築が日本にはあまりなかった時期、それも日本古来の伝統的な木造建築物が乱立するこの京の町の中心地に、しかも目の前が、まだ桑畑一面に覆われていたこの土地に、ある日、洋風の石造建築物が整然と列をなして我々の前に姿を現す光景を……。 それが文明開化だ!それが、日本が西洋へと眼差しを向け始めたと言う明確な意思表明なのだ!この伝統的な木造建築物が乱立する京の町の中心地に堂々とそび聳え立つ洋風の石造建築物……。一面の桑畑を背に明日を見る若き学徒達が学ぶ「知の中心地」。これが文明開化なのだ! (*或る近代日本思想史の先生の言葉。) 考えてみれば、「学びの場」は、日常の至るところに存在している。何も、学校に通うことが、即ち学ぶことではない筈である。無数の人生の中、無数の書物、あるいは、無数の言葉の中に、「学びの場」は常に内在しており、僕等は、自らのヴィータ(*人生)を通じて、学び続けることができる。だから、如何なる経験であれ、人生において無意味なことなどなく、如何なる経験であれ、大切にしておくべきものであろう。そして、できれば、その記憶は、何らかの形で留めておくと良いだろう。それは、日記でも良いし、詩やちょっとした小説の中に宿らせておいても良いだろう。 大切なことは、如何なる記憶であれ、決して忘れないことである。後悔であれ、何らかの過ちであれ(*もし、あるとすれば...)、無論、些細な喜びであれ、如何なる記憶であれ、決して忘れないことである。時には、辛いかもしれない。時には、どうしようもなく恥ずかしいかもしれない。あるいは、思い出す度に、ちょっとばかし鼻先がツンとするような酸味っ気のある記憶かもしれない... だが、如何なる記憶であれ、忘れない限りは、いつかは、何らかの形で自分自身にとって肥やしになってくれる筈である。あるいは、いつの日か、それを伝えることで誰かの人生の肥やしになるかもしれない。いずれにせよ、記憶は、ヴィータを「フルに充実」させてくれるものとなる筈である。 だから、僕にとって、京都での一年間もまた、大切な大切な思い出であり、同時に、自分のヴィータにとってなくてはならない経験なのだと言うことができよう...
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


