From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

今日は、古代ローマ時代における碑文の紹介です。


碑文と聞くと、一般的には、墓石や記念物など耐久性があり固い物質である石や青銅版の上に刻まれた銘文をイメージすることも多いかと思われます。

しかし、古代ローマ時代においては、実際には、手鏡や甕などのちょっとした生活用品の表面や、交易活動の際によく用いられる「アンフォラ」と呼ばれるブドウ酒やその他諸々の交易品を持ち運ぶ為の貯蔵壺の表面など、様々な場所に刻まれ、あるいは刻印されたもののことを言います。
あるいは、ポンペイ遺跡の壁面の至る所で見つかった「落書き」や、場合によっては、漆喰を利用して描かれた「広告ポスター」「選挙ポスター」(*ブログ内の関連記事へのリンク。)なども広義の意味で碑文と呼んでも差し支えない場合もあります。


古代ローマ時代の碑文と記念碑一般については、いずれ、別の機会で改めて紹介しようと思いますが、今回は、古代ローマ時代、特に紀元後4世紀以降に一般的になり始めた「奴隷の首輪」の紹介をします。

なお、下記の画像は、「ローマ国立博物館」で撮影したものです。


イメージ 1

古代ローマ時代に用いられた「奴隷の首輪」


上記の画像は、「奴隷の首輪」ですが、直径12cmほどのこの首輪には、正方形型(6cm×6cm)の銘文付きの青銅製のプレートが付けられています。
また、この首輪は、紀元後4世紀から6世紀の間に製作されたものと考えられています。

こうした首輪は、古代ローマ時代においては、現代でも一般的である家畜やペット(*特に犬)としての動物にも付けられるものでもあり、この意味では、当時の奴隷に対する扱いや社会的な認識が、必ずしも人道的とは言えない面が少なからず存在していたことを示す一例とも言えるかもしれません。
(*しかし、彼等は常に非人道的な扱いしか受けていなかったわけではない、と言うことも付言しておきます...)


なお、こうした首輪が出土する例は結構珍しく、多くの場合は、その脆さゆえに、すぐに壊れてしまう場合がほとんどでした。
その意味でも、この首輪は非常に貴重な史料とも言えるでしょう。


ところで、この首輪には如何なる銘文が刻まれていたのでしょうか?


イメージ 2

「奴隷の首輪」に刻まれた銘文


画像では、いまいち不鮮明なので、下記に銘文を掲載しておきます。

碑文

FVGI TENE ME / CVM REVOCV / VERIS ME D(omino) M(eo) / ZONINO ACCIPIS / SOLIDVM


(訳)

「もし私が逃げたら、私を捕まえてください。そして、私を私の主であるゾニヌスの元へ連れ戻してください。そうすれば、君は、金貨を受け取ることができるでしょう。」


興味深いのは、この銘文が、あたかもこの首輪を付けられた奴隷が自分で語り、自分から「自分を捕まえてください!」と訴えかけている点です。
しかし、現実的に考えれば、今から逃亡しようとする奴隷が、自ら「自分を捕まえてください!」などと訴えることは無い筈です...

こうした銘文は、古代ローマ人流の茶目っ気、あるいはブラック・ジョークなのでしょうか?
それとも、古代ローマ時代の人々にしか理解できないような、慣習的とも言える表現方法なのでしょうか?
何れにせよ、我々の感覚ではにわかには理解しがたい表現だと思います...


この「奴隷の首輪」の存在は、我々にもう一つ非常に興味深い事実を提示しています。
つまり、元々、奴隷は、肌に直接、奴隷としての烙印を押されていたのですが、こうした身体を傷つける烙印の代わりに、首輪を用いることで奴隷であることの「認識票」とする習慣に変わって行ったことを示しているのです。


実際、共和政期から帝政期へと徐々に時代を下っていくにつれ、古代ローマ社会における奴隷への扱いは、より改善されて行ったのも事実です。

例えば、共和政期には、主人は奴隷の生死を自由にできる「生死の権」(*何と、実の息子や娘にも適用されていた!)を保持していましたが、帝政期に至ると、主人が無制限に奴隷を処罰し虐待することは、法律で禁止されていくようになります。
そして、仮にこうした禁令を破った場合、主人の側が処罰の対象ともなりました。

また、奴隷が重病を患った場合に、主人がその奴隷を勝手に遺棄することは禁じられ、仮に遺棄した後に、その奴隷が奇跡的に病から復活した場合には、その奴隷は自由の身となり、元の主人はその元奴隷に対する如何なる権利も有することができなくなってゆきます。


以上で見てきたように、この「碑文つきの奴隷の首輪」は、古代ローマ時代における奴隷が置かれていた様々な局面を垣間見させてくれる重要な史料なのです。

そして、古代ローマ時代においては、碑文はこの首輪の例が示すように、日常生活の様々な場面で刻まれ、至る所に存在していたのです。
こうした碑文が訴えかけるものに耳を傾けることで、古代ローマ人が生きていた社会や意識を理解してゆく一助ともなるかもしれません...


以上。


参考文献
・Friggeri,R.(De Sena,E., transl.) "The Epigraphic Collection of the Museo Nazionale Romano at the Baths of Diocletian", ELECTA, 2001.
・島田誠 『古代ローマの市民社会』(山川出版社、1997年)。



全1ページ

[1]


.
トリマルキオ
トリマルキオ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事