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今日はポンペイの落書きに関する書籍の紹介です。
本村凌二 『ポンペイ・グラフィティ −落書きに刻むローマ人の素顔』(中公新書、1996年)
紀元後79年、ウェスウィウス火山の噴火により崩壊し、火山灰に埋もれてしまった古代ローマ時代の都市ポンペイ。
18世紀初頭より発掘が始められたこのポンペイでは、皮肉にも(*そして幸運にも)、都市を崩壊に追い遣った火山灰に幾世紀にも渡って保護されていた為に街全体が残り、邸宅や神殿中から様々な調度品や彫刻品、フレスコ画、モザイク画が出土しました。
けれども、ポンペイ遺跡より発掘されたのは、こうした美術品として価値のあるものばかりではありませんでした。都市内の壁と言う壁にびっしりとポンペイの人々が刻んだ落書きが残されていたのです。
『ポンペイ・グラフィティ』はポンペイ遺跡に残されたこうした「落書き」に耳を傾けながら、彼ら自身に語らせつつポンペイと言う都市の歴史と日常生活を再現しようとした意欲作なのです。
余談になりますが、僕がポンペイ遺跡に深く興味を抱くようになったのも、実は学部生の頃にこの書籍と巡り会ったからです。
当時、僕は古代ローマ時代のラテン墓碑銘に関心を寄せていました。
古代ローマ時代の墓碑銘は、非常に特徴的で、死者の名前のみならず、記念者の名前が刻まれ、場合によっては、「夫婦愛」や「友情」、「死に対する恐怖や悲嘆」、「道行く人々への呼び掛け」と言った様々な「感情表現」が刻まれています。
従って、当時の墓碑銘は死を前にした古代ローマ時代の人々による最期の、そして他者に向けた「意思表明」とも言えるでしょう...
話を元に戻しますが、そうしたラテン墓碑銘に関心を抱いている時に、如何なる切っ掛けであったかは定かではないものの、ふとした時に、この『ポンペイ・グラフィティ』を手にし読み始めると、直ぐに「落書き」を通じたポンペイと言う喧騒と愛に満ちた世界に引き込まれてしまいました。
彼らが「落書き」に託し、語っているのは、一人ひとりの「意思表明」であり、「生きた証」なのです。
ところで、そもそも落書きを書いたのは如何なる人々であったのでしょうか?
興味深いことに、様々な階層の人々、富裕層から自由市民、被解放自由人や奴隷まで、ありとあらゆる人々が日々、街中の壁と言う壁に自らの「名前」を残し、「罵声」を浴びせかけ、「選挙での支援」を訴え、「愛を謳歌」したのです。
古代ローマ時代におけるラテン墓碑銘が人生最期に発した「意思表明」であり、幾分か(*あるいは相当に)「理想化」された一人ひとりの「生きた証」であるとするならば、ポンペイに残された無数の「落書き」は、日々、人々が悩み、苦しみ、愛を懇願し、希望を託し、自らに課せられた境遇の中でそれでも懸命に、あるいは楽しく、そして美しく生きようとしていたことを訴えた、ささやかな、けれども人間味に溢れた「意思表明」なのでしょう!
残念ながら、こうしたポンペイ遺跡に残された「落書き」は、空気に触れたり磨耗の為、年々、薄ぼけてゆき、中には消滅してしまったものもあります。
そうした中で、本書は、過去の考古学者や碑文学者、ローマ史家が写し取り記録した「落書き」を紹介しつつ、ポンペイの人々が生きた世界を彼ら自身の「肉声」を通じて我々一人ひとりに伝えてくれます。
本書の締めくくりとして、本村氏は以下の「落書き」を引用しています。
admiror, pariens, te non cedidisse ruinis, qui | tot scriptorum taedia sustineas
(*Diehl 668 = CIL IV 1904)
「おお壁よ! こんなにも多くの落書き人の愚行に力をかしたことによってお前はくずれ去ってしまわないのだろうか。」(*本書、225頁。)
古代ローマ時代の日常を生きた名も無き人々の「肉声」にも、時には耳を傾けていたいものですね...
そう言う方には、是非、本書をお薦めいたします!!!
尚、ブログ管理者が運用するサイト内の
のページ内にも、ポンペイの落書きや広告ポスターの事例を若干掲載していますので、興味のある方は、是非、当ページ内にお立ち寄り下さい!
以上、紹介でした。
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