From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

ペトロニウスの鉄筆

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ペトロニウスの鉄筆が、今日も軽やかに動き出す。
すると、トリマルキオが何やら語り始める...

(注:ここでは、「トリマルキオの邸宅」とは違った観点から、そして、多少、小難しいお話をして行きたいと思います。「コラム」、「メモリア(記憶)」、etc...)
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業務をスムーズに進めていく上で必要な「手法」があるな、と最近思う。
経験的に得られたものでもあるが、「切り分ける」こと。
できること・できないことを「切り分ける」。
すぐ分かる・理解するまで時間がかかりそうな内容を「切り分ける」。
そして、もっとも大事なのが、各々の作業にタイムリミットを決め時間を「切り分ける」。

「切り分ける」ことは勇気のいることでもあるけれども、
有限で貴重な時間を可能な限り有効に使う上で必須の作業とも言える。
常に時間を意識し、時間とはコストだと自覚すること。
一日の業務時間の中でスケジュールをひいて、タスク管理を徹底すること。

時間を「切り分ける」ことを実践して時間に対する感覚を養うことで、
できること・(すぐには)できないことの判断基準を自分の中で持つこともできるようになる。
日常業務の中では、スケジューリングした作業以外にも
トラブル対応・至急に依頼された調査等、突発的な作業も多くなる。
そのような時に、緊急度・作業ボリューム・期限を明確にしておくことで、
それが「どれだけの時間でできることなのか」、
「今、自分が持っているタスクと比較して今すべきか・後に回してもよいのか」、etc...
を自分が引いたスケジュールと照らし合わせながら
「できる・(今は)できない」、「今する・後回しにする」かどうかを判断する。

時間を管理し、スケジュール観(期限観)を常に持っておく(WBSに落とし込む)ことで、
無駄を省き、本当に必要な作業に必要な時間を投入することもできるようになる。
また、時間管理に対する意識を持ち、時間を「切り分ける」(時間をマネジメント)ことで、
「何が必要で必要でないか」、「必要なことに対してどうアプローチしてゆけばよいのか」を
測りやすくなっていくのではないか。

時間管理も立派な思考法の一つだと僕は思っていて、
それは「時間(のマネジメント)」を軸にした業務効率化手法だと考えているからである。


(追記)
文中で、単に「できない」といわず、「(今は)できない」という表現を用いているのは、
時間・現状の保有スキルの都合でできないことはあっても、
成長していくことでいつかは「できるようになる」という意識を持っていたい、
という思いをこめているからでもある。
「事実に基づいて」意思決定を下す

マッキンゼー・アンド・カンパニー(俗称:マック)というコンサルティング・ファームがある。
そのマックの基礎を築きあげたマービン・バウアーの著書に『マッキンゼー経営の本質』がある。
この書籍がまたなかなか読み応えがある。
何度か読み返し、大事な箇所には線を引き付箋を貼り、忘れかけた頃にまたその頁を開く。
入社したての頃に購入して以来、何度か繰り返す恒例の作業となっている。

昨日、【思考メモ】として「視点の置き所」について書いてみた後、
ふと再び前掲書を紐解きたくなった。

バウアーは正しい意思決定に基づく正しい経営を行っていく上で、
「事実に基づく」ことの重要性を繰り返し説いている。
ファクトベース・マネジメントと呼ばれるこの発想自体は当たり前といえば当たり前だが、
問題は現実にどれほど多くの企業がそれを実践し得ているか、という点にあるという。
「事実に基づく」意思決定ということをどれだけ徹底して実践できているか、
その度合いを測る観点として、社内に蔓延する風潮として
「何が正しいか」ではなく「誰が正しいか」ということばかりにどれだけ囚われているか、
について観察してみるとよい、と言っている。

「誰が正しいか」ということばかりに意識がいくということは、
リーダーや上司、権力や権威を持った人に盲目的に従っているだけ、ということになる。
その時点で、事実を正しく見ようとする姿勢が失われ、
誤った方向に導かれていても、ただただずるずる引き込まれていくだけとなる。

そうならないようにする為にも、「誰が正しいか」ではなく、
「何が正しいか」を常に意識することで事実を正確に把握するよう努めるべきだ。

付言すると、現代社会のように情報伝達速度が速い時代の経営において最も重要なことは、
上は文字通りの経営者から、下は末端の社員に至るまで、
常に組織を自ら定めた目標達成の実現に向け人材及び資源を導いていく「経営」への視点を
一人一人が持っている必要があると思う。
つまり、組織の誰もが「経営者」として自律的な行動をしていくことが求められているのだと思う。

今起こっている事実と真剣に向き合い、その問題解決に全力を尽くすこと。
問題解決をしていく上で、「事実」を前提としてチーム内で議論を交わす土壌を作っておくこと。
その土壌を作るうえで、正しいのは「誰」ではなく「何」であることを常に意識しておくこと。
求められているのは、「事実」に基づく経営を実践しようとする「意志」なのだと思う。
最近、仕事の中での視点の置き所について考えることがある。
「何処を向いて仕事をしているか?」
ということ。
視点は自分自身なのか、同僚なのか、上司なのか、顧客なのか、
あるいは社会なのか…

視点の置き所も結局はバランス感覚と臨機応変さが求められているように思う。
ある時は、自分自身の良心に従って、
ある時は、同僚や上司の役に立ちたいという思いから、
ある時は、顧客の要望に応え貢献する為。
けれども、これらの視点の中心というか、根っこには
社会に対する責任というか、社会を「裏切らない」という意識を
常に保持しておくことが常に必要であるように思う。

自分自身の為でもよいし、あるいは誰かの為に何かしたい!
と思う気持ちが大事なことだけれども、
その行為の帰結として、社会に多大な影響を与えてしまった場合、
あるいは法秩序を乱すようになってしまった場合、
結果的には自分自身も、身近な大切な人も、
その他色々な人を裏切り傷つけてしまうことになる。

視点の置き所を考える中で、
結局一つだけ確かなことだと了解できるのは、
自分自身の行為とその結果に責任を持つ、
正しいことと間違っていることとの切り分け(基準)を自分の中で明確にしておく、
ということ。


「視点の置き所」、これについては今後も考え続けていきたい。
ふとした時に、時の大切さに気がつくことがある。
例えば、今日一日、目一杯働いて、その対価として何を得たのだろうか。
今日一日の労働は貴重で有限な時間を費やすに足るだけのものだったのだろうか。
一日、何もしなかった(行動しなかった)ことによって何かを失っていたのだろうか。
あるいは、自分は何か生み出すことができたのだろうか。

先週末に観た映画『ウォールストリート』は基本的には
見るべき箇所も考えさせられる箇所も少なく退屈に感じられたが、
一つだけ印象深い言葉が、ゲッコー(※登場人物)の口から語られた。

「…世の中で最も大切なのは、時だ」

時は失われ、同じ時がもう二度と戻ってくることはない。
明日は会おう明日こそ会おうと思っていた大切な人に、
今日も結局会えずじまいのまま、やがて永遠に会えずじまいになってしまう。
あの時、すれば良かったことを自分の中でブレーキをかけてしまったばかりに
後になって後悔してしまうこともある。

古代ローマの格言に"Carpe diem !"という格言がある。
「その日を掴め!」転じて「今を生きよ!」という意味だが、
元々は、若者の輝かしい若さはあっという間に失われる為、
その「今」という若さを思う存分に謳歌しようというものだ。
決して無為に悪戯に時をやり過ごすのではなく、
限られた若さ(時)を情熱を持って永遠にも輝く生の証とする為に…

刻一刻と過ぎ去り、もう戻ってくることはない時。
そのあまりに儚くあまりに貴重な時を、
自分にとって大切だと思えること、大切な人の為に使っていきたい…

仕事との関わり合い方

少し時は遡るが、
退職することとなったある方から、
一冊の本を頂いた。

『そうか、君は課長になったか』(佐々木氏)

というタイトルだが、
店頭でもよく見かけるので、ご覧になられた方もいるかもしれない。

正直、何故、僕に下さったのか定かではないけれど、
読んでみるとこれがなかなか興味深い。

例えば、「仕事の進め方10か条」について。
要は、仕事をしていく上での心構えを予め定めて仕事に臨め!
ということなのだが、
このようにルール化してその行動規範に従って仕事をしていくことで
ただ、「仕事をしているだけ」、「受動的」な仕事の受け方から、
能動的かつ生産的に仕事を進めていくことができるようになるのではないか。

僕自身、入社前から入社直後にかけて
「人生の指針」と「Personal Vision(志)」なるものを定めたのだが、
常に意識しているとは言わないまでも、
頭の片隅に引っ掛けておいて、時折、自己に対して警告するようにしている。
「おい!最近、君は仕事の為の仕事をしているぞ!」と。

行動に一定の基準を設け、極力その基準に沿って動く。

こういうのも大事なのかもしれない。
(※なんやこてこての哲学みたいだな。)


もう一つ気に入った箇所がある。

常にひとつ上の立場でものを見て考えるクセをつける。

「大局観」という言うものがあるが、
例えば、課という単位であるなら、
「会社にとって何が重要で、そのために課に求められている役割期待は何か。」
という大局観を持つことで、数ある業務の中で幹と枝葉を見分ける術を得る、
というものである。
そうした大局観を養うために、
若いうちから日々の業務をこなす中で、常にその業務の先に何があるのかを意識し、
時機が来た時(※より決定を下さる立場に立った時等)に、
直ぐにでも行動を起こせるよう準備しておく、
ということである。


他にもあれやこれやと興味深いテーマがあるが、
全てを真に受ける必要はないと思う。
仕事に対する捉え方・関わり合い方・感じ方は人それぞれだろうし、
そうした多様性を受容する会社であってほしいし社会であってほしいと思う。

個人的には、どうせ仕事をしなければ生きていけないのなら、
一日の3分の1以上も費やす労働時間を、如何に「フルに充実させるか!」
を考えながら、日々、仕事に臨みたいものだ。

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