From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

ペトロニウスの鉄筆

[ リスト | 詳細 ]

ペトロニウスの鉄筆が、今日も軽やかに動き出す。
すると、トリマルキオが何やら語り始める...

(注:ここでは、「トリマルキオの邸宅」とは違った観点から、そして、多少、小難しいお話をして行きたいと思います。「コラム」、「メモリア(記憶)」、etc...)
記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

…世界を支配するのは運命ではない。ローマ人にそれを訊ねてみることができる...


モンテスキュー 『ローマ人盛衰原因論』より。(訳:大岩誠)

 昨日は、徹夜明けでそのまま用事があったので朝から夕方頃まで起きっ放しであった。流石に、昼頃から断続的にふらふらしそうになる時もあったのだけれども...
 帰り際に、古代ギリシア悲劇に関するレポート作成用に借りた図書数冊を返しに大学図書館へ赴いた。そして、そこで、ついでなので、『史学雑誌』の「回顧と展望」−「古代ローマ」を2007年−1998年頃まで遡りつつ読んでいった。

 「回顧と展望」を読みながら感じたことであるが、やはり、近年の古代ローマ史学界は(他の歴史分野と同様)、研究の「多様化」と言うより「細分化」が激しいと言うことだ。尤も、「細分化」傾向自体は先進的な西欧諸国の研究動向の流れを追うという意味では、本来、当然の流れなのだけれども、そのことで、明確な「古代ローマ史像」を見出しにくくなっていることも事実なのではないだろうか。そして、そのことが「古代ローマ」を巡る統一的なテーマに沿って議論を行うことをますます難しくさせているようにも思える。
 上述の問題点に絡めつつ、最近、思うことだが、古代ローマ史学界にも、ミクロな「個別研究」を行う研究者と、一方で、例えば「古代ローマ文明論」のような、より大局的に「古代ローマ」を扱う研究者と言うように、各々の研究者が自己の研究の役割(立場)を定めていくのも良いのではないだろうか。「個別研究」はどちらかと言えば「アカデミズム」に特化したものであるが、一方の「大局的な研究」は、アカデミズムの外へと向かってもっともっと情報を発信してゆく、と言うように...

 率直に言って、ここ十数年の間、最も「古代ローマ世界」の面白みを日本に広め、多くの「古代ローマ」ファンを生み出してきた最大の貢献者は、古代ローマ史研究者ではなく、『ローマ人の物語』で有名な小説家・塩野七生女史である。実は、『史学雑誌』の「回顧と展望」の評者の中でも、塩野女史の果たした役割に関しては、肯定的な見解と否定的な見解とに分かれているが、どちらの見解を支持するにせよ、結局、塩野女史以上に「古代ローマ世界」に関する新たな読者層を生み出した方は、残念ながら、古代ローマ史学界の研究者の中にはいなかったことだけは言えると思う。

 尤も、研究者の立場として見れば、塩野女史の『ローマ人の物語』は、はっきり言って、あまり評価できないのも事実だと思う。けれども、塩野女史の真価の一つは、やはり大局的な古代ローマ史像、「文明論」としての「古代ローマ世界」を独自の関心(*「問題意識」)に基づいて、壮大なスケールで描き出したことであろう。そして、この「文明論」こそ、今、日本の古代ローマ史学界に欠けているのだと思う。これは、僕個人の勝手な見解と言うよりは、実際に、「回顧と展望」の評者にしばしば共通した見解でもある。曰く、「…細分化が進みすぎる過程で、個々の研究領域の深化はますます深まってきているが、そのことが、逆に、明確な「古代ローマ史像」を見出しにくくさせている...」。
 そして、この「文明論」としての「古代ローマ史像」に関しては、最近になってある若手の研究者(*無論、彼自身は、一研究者として素晴らしい「研究テーマ」を持っている!)との話の中でも登場した。彼らしい独自の見解に基づく「文明論」としての「古代ローマ史像」には幾つも興味を引くものがあったが、こうした研究者の発想と言うか、「文明論」に対する希求性は、ここ数十年の古代ローマ史学界の「細分化」傾向に対する言わば「アンチテーゼ」の形で、ますます増えてくるのではないだろうか、と、彼の話に耳を傾けながらふと感じた。

 アカデミズムの外から古代ローマ史を眼差す立場からすれば、「文明論」としての「古代ローマ史像」が、アカデミズムの側から発信されることを切に願う。個々の研究者の方々が何れも素晴らしい研究をされていることは論文を拝読させて頂きながら、常々、感じていることなので、折角ならば、こうした研究がアカデミズムの中だけで完結することなく、ますます我々に向けて公開されて欲しいものだと感じる今日この頃である...


 色々好き勝手語らせて頂いたが、所詮はアカデミズムの世界に属さない者の単なるボヤキだと思って下されれば、幸いである...
 (*無論、自戒の意も込めている...)


追記

 「文明論」としての「古代ローマ史像」で直ぐに思い浮かぶのは、古代ローマ史学界のみならず幅広い領域に影響を与えていた碩学、故・弓削達氏である。ここに弓削氏が残した言葉を一つ紹介したい。

…ローマの「永遠性」は、ローマの「死」が人びとの目に明らかになったときに、真剣な信仰の対象となった。また、理性的懐疑の攻撃のまとともなった。
 そして、「永遠のローマ」の問題性との暗闘につかれはてたすえ、わずかな解決の曙光が見え始めたとき、はじめて人びとは新しい時代を迎えることができるようになった。
 「永遠のローマ」とは、そうした歴史の前進のためにはさけて通れない関門であった。それは一つのローマの問題ではなく、人類の文明一般の問題であり、したがって現代の問題なのである...


弓削達 『世界の歴史3−永遠のローマ』、講談社、1976年、377−378頁。

 我々が歴史を学ぶことの意味、古代ローマ史を学び研究することの意味、それは、「問い続ける」ことである。それは、啓蒙期におけるフランスの政治思想家モンテスキューのように、「何故、かくも強大な帝国が滅んだのか?」と言う問い掛けなのかもしれないし、あるいは、「何故、あれほど、かくも永きに渡って存続し得たのか?」と言う問い掛けなのかもしれない。だが、如何なる問い掛けにせよ、その根底には、常に「現在」の我々自身の、「何者?」であり、「何処へ向かおうとしているのか?」と言う「問題意識」が存在している。歴史を学ぶこととは、弓削氏が言うように、常にそれを「現代の問題」として捉えることなのだろう...
…君は、君自身の人生の中で、影響を与えてくれるような存在に出会ったことがあるか?あるいは、君自身が、誰かに影響を与えてきたことがあると思うか?


 恩師に対する感謝の意は尽くしても尽くしきれないものであるが、勉学の面よりも、人生の面で学ぶことが多いように思う。恩師は、勉学の面に関しては、基本的にはあまりうるさく言う方ではないように思う。全ては自己の努力に委ねられているのであり、その努力の成果は、ゼミ内での発表やレポートなどで如実に現われてくる。だから、恩師が言うことはいつも決まって、「君は、それを調べてどうしたいのだ?」である。
 「君は、それを調べてどうしたいのだ?」と言う質問は、大抵の場合、発表者を困惑させる。本当の意味で、その質問に対して明確に答えられるゼミ生はそう多くないだろう。けれども、その質問のおかげで、自分が何のためにその研究をしようとしているのか、改めて自己に問い直す契機ともなる。ゼミでのやり取りは、ひたすらこの問答に費やされ、その繰り返しを通じて、ある種の論理的思考力が育まれても行く。
 
 恩師の言葉と言うか、考え方で他にも役立つことがある。それは、「逆算の発想」である。恩師は、ある時、僕に、「君が人生で設定した目標に対し、何年でそれが実現できるか考えるんだ!その目標に対し、今、君がすべきことは何かを考えるんだ!そうして一年一年の中にそれぞれの成果目標を落とし込み、計画表を作成するんだ!」と諭してくださったことがある。「…そうすれば、君自身が、それぞれのステージで何をどれだけ行えば良いのかが分かる。」と...この教えは、これからの人生を生きていく上で非常に役立っていくと言うか、所謂、「ライフプラン」や「キャリアプラン」の設計と実践において中心的な思考にしていこうと考えている。

 恩師は「優しいか?厳しいか?」と問われれば、僕ならば、「優しく厳しい」と答えるだろう。「優しさ」とは、「人情」や「共感」と言う意味合いであり、「厳しさ」と言うのは、生きてゆく上での「姿勢」に対してである。恩師の「優しさ」と「厳しさ」の根源には、恩師自身の「生き様」も関係していると思うけれども、その人間としての深み、魅力が多くの人を惹き付けて止まないのだと思う。少なくとも、僕自身は、古代ローマ史から完全に離れることとなったとしても、恩師のことを忘れることは一生ないだろう。恩師の「生き様」を追い、人生の節目節目、あるいは困難に出会った時、自己に問い掛けて行きたいと思う。「…お前は、恩師ほどに強く、そして善く生きているのか?」と...

 僕にとっては、掛け替えのない存在である恩師も、既に公表されていることだが、今年度末を以って退官されることとなった。碑文の本格的な研究を古代ローマ史に持ち込むことによって、日本における古代ローマ史学界の発展に多大な貢献を担ってこられた碩学であり、人間としての深み、魅力もあって、アカデミズムの世界以外でも様々な方々からも親しまれている方であるが、一先ずは、心の底から「ご苦労様でした!そして、ありがとうございました!」と言いたい。退官されると言っても、今のゼミ生がいる間は、まだまだ面倒を見て下さるとのことだけれども、一つの区切りとして、「教授」として、僕が恩師の最後の生徒としていられたことに心より感謝申し上げたい。そして、心から光栄に思う。
 
 
 恩師から学んだことを、これからの人生の中で、反芻しつつ実践してゆきたいと思う。そして、いつも、自己に問い続けて行きたいと思う。「…お前は、恩師ほどに強く、そして善く生きているのか?」と...
…それが、「何故か?」と問う者は誰もが研究者である。


 人には忘れられない出会い、言葉があるものだと思う。上記の言葉は、僕が修士論文のテーマを決めかねていた昨年度の春先、恩師が研究室内で諭すように言って下さった貴重な一言である。皮肉にも、この言葉が契機ともなって、古代ローマ史研究における自らの無能力にさっさと見切りをつけ、研究者としての道を潔く断念できた。その意味でも忘れられない大切な大切な一言である。

 修士論文作成の際に、問題設定に詰まった時、あるいは、文献を読んで行く際に、どうしても頭に入りきらないで苛々しそうになった時、決まって、上記の言葉を思い返すようにした。「それは、何故か?」
 如何なる物事にも何らかの因果関係が存在している。少なくとも、歴史学においては、その因果関係を史料を通じて解明する必要があるが、何らかの帰結が存在すると言うことは、それに対応する何らかの原因が存在していると言うことである。そして、史料を通じてそうした因果関係を探る上で重要となってくるのが、先行研究を踏まえつつ問題を設定し「何故?」を問う姿勢、つまり、「問題意識」なのだと思う。その意味では、残念ながら、僕の修士論文では、因果関係そのものを上手く解明できたとは言えなかったものの、それでも、「それは、何故か?」と問い続けたことは、「問題意識」を深く深く掘り下げてゆく、と言う意味では、相応の収穫を得ることができたと思う。

 「それは、何故か?」と問う姿勢。この姿勢が何故、重要なのだろうか。それは、次のような理由によるものだとも個人的には了解している。普段の社会生活の営みの中で、我々の目の前に見えているのは、いつでも既に起った「結論」である。我々はその「結論」を「当たり前の現実」として受け入れることに慣れている。けれども、その「結論」の背後に広がっている「原因」を探ろうと意識のベクトルを向ける時、その「当たり前」を疑う姿勢が形成されてゆくことともなり得る。歴史学に限らず学問探求が面白いのは、その「当たり前」を突き崩すことができるからであり、そうした因果関係を探るプロセスを通じて、「客観性」を育むことができるからだと思う。その意味では、アカデミズムを離れてからも、企業生活も含めた普段の営みの中でも、十分に役立つスキルと言うか、「心構え」だと思う。


 「それは、何故か?」と問う姿勢。この姿勢をいつまでも保持し続けていたいと思っている。
…不満はある。寧ろ、不満だらけだ!

 上記の台詞は、昨年の春先の就活中、某企業のセミナーに参加した際に、講演者(*その企業に勤める社員)の方から聞かされた言葉である。同じくセミナーに参加したある学生の方の、「あなた(*講演者のこと。)がこの企業で勤める中で、何か不満のようなものはありますか?」と言う質問に対し、その講演者は上記のように答えた。その後、「…この企業の○○△△は、特に不満を感じている...」と淡々と幾つかの不満点を列挙した後で、以下のように切り返した。

…けれども、そうした不満を解決するエネルギーが仕事に活きる。

 考えてみれば、学校、企業、家族、友人関係や恋人関係、と言うように組織での活動にせよ、極々親しい他者との関わり合いにせよ、日々、何ら不満を持たないで生き続けることの出来る人などそう多くはいないだろう。もしかするとそう言う方もいらっしゃるのかもしれないが、少なくとも僕自身は、一度も不満を感じずに生きてきたことなどなかった。正直、今でも、常に何らかの不満を持っている。
 ただ、大事なのは、そうした不満を日々の愚痴で発散させて終わるだけでなく、その不満の根本的な問題を探り、「解決」するための内的なエネルギーに変えることなのだと思う。人が不満を持つにはそれなりの理由がある。そして、不満を持つこと自体は悪意ではない。寧ろ、考え方や生き方のまるで違う人と人とが関わり合う社会の中で生活し、必ずしも自分の思い通りにいかないことばかりの日常生活を送ることを余儀なくされている限り、人が人として有する極めて正当な感情なのだと思う。
 それでも、もし「不満」と言う言葉にネガティブな印象しか抱けないのであれば、「不満を持つ」ことは「現状に満足しない」こと、と言い換えても良いかもしれない。そうすれば、より前向きにその現状が抱える問題点を探り、それを解決しようとするエネルギーに転化させることができるかもしれない。

 「負」は「正」なり!「不満」は大いに持ってよし!けれども、それを不満だけに終わらせることなく、「明日」を志向するエネルギーに変えるべし!と言うことを、その講演者の方から教えられたような気もする。


追記

 「負」は「正」なり!と言うのは、2進数の負数を2の補数方式で言い表す発想で考えてみたものである。例えば、「11111111(-1)」(負数)とは、「00000001(1)」(正数)を「反転して1足した」ものに等しい、と言うように。これは、逆の言い方もできるわけで、「00000001」(正数)とは、「11111111」(負数)を「反転して1足した」ものに等しい、と言うことができる。
 つまり、負と正は表裏一体の関係であり、しかも「反転して1足した」関係なのである。これを、今回の投稿のテーマとの関連性で考えてみると、実は、「不満」と言う感情を「明日」を志向するエネルギーに転化させる時、我々は既に「1」歩先に踏み出している、と言う考え方もできないだろうか...
…そんなことはない。神々が見ている。

by フェイディアス(古代ギリシアの彫刻家)


 経営コンサルタントとしても名高かった故ドラッカー氏の『プロフェッショナルの条件』で引用された古代ギリシアの彫刻家フェイディアスの言葉であるが、なかなか含蓄に富んだ金言だと思う。紀元前440年頃、フェイディアスがアテネのパンテオン神殿の屋根に建つ彫刻群を完成させた際、とあるアテネの会計官によって、「我々には見えない背中の彫刻分までは払う気はない!」と支払いを拒まれた時のことである。その時、フェイディアスが言ったのが、上述の「そんなことはない。神々が見ている!」である。

 ドラッカー氏は、この件を読み知り、以下のような観点に気付いたという。

…成果をあげ続ける人は、フェイディアスと同じ仕事観をもっている。つまり神々が見ているという考え方である。彼らは、流すような仕事はしたがらない。仕事において真摯さを重視する。ということは、誇りをもち、完全を求めるということである。

P.F.ドラッカー 『プロフェッショナルの条件』


 仕事に対して、あるいは学業に対してでも良い。それらに対して、「誇りをもち、完全を求めること」。この真摯な姿勢は、やはり、他者に対する「責任」と言う意味においても、また、自分自身の「向上」という意味においても必要な態度とは言えないだろうか。そして、「評価」とは、他者が判断する外的なもののみならず、自己に対する内的な評価も必要だと言うことではないだろうか。大事なのは、「完璧であること」ではなく、「完璧であろうとする志向」と、そう言う自己へと日々、向かっていく努力なのだと思う。フェイディアスから得た教訓、ドラッカーによって解釈されたこの教訓を大切にしていくことが出来れば、と思っている。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
トリマルキオ
トリマルキオ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事