From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

ペトロニウスの鉄筆

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ペトロニウスの鉄筆が、今日も軽やかに動き出す。
すると、トリマルキオが何やら語り始める...

(注:ここでは、「トリマルキオの邸宅」とは違った観点から、そして、多少、小難しいお話をして行きたいと思います。「コラム」、「メモリア(記憶)」、etc...)
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 …大切なのは、「ヴィータ!」、「家族!」そして、「太陽!」


 今も学生だから、学部生の頃、と言うと何となく奇妙に聞こえてしまうが、その頃の自分は、「学内では」あまり人付き合いが多い方ではなかった。アルバイト仲間と飲みに行くか大学図書館で一人で過ごすことの方が多く、学部生の頃に学内の友人と何処かへ遊びに行ったり、飲みに行った記憶はほとんどない。
 その代わり、その頃の自分は、とにかく本は良く読んだ記憶がある。大学の近くは、所謂、古本屋街でもあったから、割合、安価な古本が簡単に手に入りやすかった、と言うのも理由の一つかもしれない。そこそこ広範なジャンルに手を出したが、やはり、読書の中心は主に文学と詩に偏っていたように思う。
 
 その頃の自分に強い影響を与えた作家に(故)辻邦生氏と言うあまりにも著名な文学者がいる。彼は、作家としても有名だが、幾つかの文学論や多くの文学批評も記しているから(*そして、それらの全てが秀逸!)、やはり文学者(*この場合、文学研究者という意味。)と言っても差し支えないと思う。彼のことを気に入った理由は、まだ、大学に入りたての学部1年生の春から初夏にかけての頃、古本屋で『背教者ユリアヌス』を見つけ、読んだ時の衝撃が余りにも強く、とりわけ、様々な民族・宗教が入り混じり、混沌とした「地中海世界の放つ光」のイメージに魅了されたからでもある。
 今、こうして振り返ってみても、学部時代の「人格の再形成」や「情緒の再育成」の中で、辻邦生氏から得たものは決して小さくは無かったように思う。井上靖氏を自分の中で再評価する気になったのも、辻邦生氏が『海峡の霧』(新潮社)の中で、井上靖氏の半生のことに触れていたからでもあるし、一時期、ドイツの詩人リルケに嵌ってしまったのも、彼がリルケに関する優れた文学論を展開していたからでもある。面白いものとしては、彼がテレビで放映されているドラマを楽しみにしながら視聴していた、と言うエピソードである。それを知った時、僕は思わず、「へぇ、文学者でもトレンディ・ドラマを観たりするもんなんだなぁ...」と、妙な親近感が湧いたと言うか、素直に感動した。辻氏は、こうしたドラマを「ただ観ていたのであろうか?」あるいは、「脳裏の中で、ドラマの構成やら登場人物達の情動を分析しながら“読んで”いたのであろうか?」などと、疑問に感じることもあったが、所詮は愚問と言うことになろうか...
 
 ところで、辻邦生氏のことに触れたくなったのは、昨日、用があって、久々に大学図書館へ赴いた時に、辻邦生氏の文庫本をふと目にしたからだ。その文庫本は『城・ある告別』と言う彼の短編集の一つだが、懐かしくなってパラパラめくってみた。「ある告別」では、彼がアテネのパルテノン神殿にて「至高の輝きを持つ神殿が、永遠の光を浴びて建っている。」と言う美の啓示を受け、後の彼の著作活動の原点ともなった件が自叙伝的に語られており、学部生の頃に僕が読んだ時は、「(仮にアテネには行けないにせよ、)いつか、イタリアへ旅行する際には、絶対に南伊、シチリア島のギリシアの神殿を見てやる!」と強く決意させたものでもあった。
 しかし、昨日、この短編集の中で、特に興味を持ったのは、「ある告別」ではなく、寧ろ、「旅の終り」と言うタイトルの短編である。これも辻氏がシチリア島へ旅行した際の件が半ば自叙伝的に語られたものであるが、特に目を引いた一文がある。

…大切なのは生活(ヴィータ)ですよ。男にとって大切なのは妻と子供ですよ。それに太陽だ

 この台詞は主人公(辻氏)がシチリア島のある町に滞在した際、世話役を買って出てくれた地元の衛生監督官から発せられたものだが、思わず読む者をハッとさせるような台詞である。この台詞からは、地中海世界が放つ光と、とりわけシチリア島が内包する貧しさが見事に凝縮されているようにも思える。しかし、その貧しさは彼等にとっては決して恥じるべきことではなく、寧ろ生活(*そして人生)そのものなのである。

 大切なのは、「ヴィータ!」、「家族!」そして、「太陽!」...

この響きは、ヘンリー・ミラー氏の言う地中海世界と言う「光と貧困」のイメージを彷彿とさせる。あるいは、アルベール・カミュが残した「地中海に寄せる詩」の

地中海、おお! 地中海の海!
ただお前の息子たちだけが、裸で、秘密もなく、死を待っている
死は彼らをお前に返すだろう、純粋に、ついに純粋になった彼らを

と言う詩句に表現された母なる地中海の姿とも重なってくる。


 人生の価値は、その人一人ひとりにしか分からない。個々人の人生の価値について、他人がとやかく言うことでもないし、多分、理解してゆくことは出来ないだろう。ただ、何に価値を置き、どう生きたとしても、最期には、平等に死は訪れるのである。ヴィータは、個々人に平等にもたらされ、太陽が放つ光の恵みとうだるような熱気も平等にもたらされるのである。そして、どう生きようと、我々はそれを最期には「死」と言う人生の総括を通じて、再び、彼らに返して行かねばならない...

大切なのは、「ヴィータ!」、「家族!」そして、「太陽!」


改めて、僕に大切な言葉を教えてくれた辻邦生氏に心から感謝したい...

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