From ROMA-KEN(古代ローマ史探求)

…歳を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(Samuel Ullman, 'Youth'(「青春」より。)

古代ローマの碑文

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古代ローマ時代の碑文や墓碑について紹介するコーナーです。
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 古代ローマ時代の都市ポンペイには無数の落書きや広告ポスターが残っています。
こうした落書きや広告ポスターは、公共建築物の壁であれ個人の邸宅の壁であれ、とにかく道路に面した壁と言う壁に刻まれ、あるいは塗られていました。

 こうした落書きや広告ポスターの存在は、ポンペイの人々の日常生活や政治活動、更には政治や選挙への関心の高さを探るのに最適な史料ともなります...

 今回は、こうした落書きや広告ポスターの中でも、「選挙ポスター」の画像を紹介したいと思います。


イメージ 1

アボンダンザ通りに残る壁面「選挙ポスター」

 上の画像は、ポンペイの政治、経済、宗教の中心地であるフォルム(*公共広場)に直結する目抜き通りであるアボンダンザ通り沿いに塗られていた壁面「選挙ポスター」です。
 尚、この壁面ポスターは、「ガイウス・ユリウス・ポリュビウスの家」の近くにありましたが、このガイウス・ユリウス・ポリュビウスと言う人物は、当時、ポンペイにおける富裕な名望家の一人でした。
実際、この壁面の右上には彼の名前が選挙への支持の訴えの文句と共に残されています。

この「選挙ポスター」については、後でまた説明します。


 ところで、このアボンダンザ通りは、ポンペイにおける富裕層の邸宅も多く、また、市外から入りフォルムの手前までは馬車でも通ることができていたと言うこともあり、人々の往来が激しい通りでもありました。
 その為、「選挙ポスター」をこの目抜き通りに設置することは、通りを往来する人々の目に付きやすく、それだけ一層のインパクトと宣伝効果を与えていたと考えられます。

イメージ 2

壁面中央下の「選挙ポスター」

上の画像は、壁面中央下の「選挙ポスター」であり、次のように書かれています。

C(AIVM)・LOLLIVM・FV[-]CVM AED(ILEM)・D(IGNVM)・R(EI)・P(VBLICAE)

「ガイウス・ロッリウス・フスクスを造営官に。彼は公職にふさわしい!」

ここでは、aediles(*造営官)と言う官職名が記されています。
 ポンペイにおける公職や政治に関しては、何れ改めてホームページでお伝えしたいと思いますが、取り敢えず簡単に、古代ローマ時代における地方都市の行政機構について紹介いたします。

 ポンペイに限らず、古代ローマ時代における地方都市の行政機構は、duumvirと呼ばれた「二人委員」(*ローマにおけるコンスルに当たる。)とaedilesと呼ばれた「造営官」が毎年、選挙で選出され地方都市の政治を担っていました。
 しかし、「造営官」に選出された後、更なるキャリア・アップを求めて「二人委員」としての選挙に立候補する為には、decurionesと呼ばれた「都市参事会」(*ローマの「元老院」のようなもの)のメンバーである必要があったのですが、この「都市参事会」は、基本的には「造営官」経験者の者で占められ、また富裕であることは無論のことでしたが、同時に「自由市民」であることが条件とされていた為、結局は、幾ら富裕な者であっても、奴隷から解放されたばかりのlibertus、つまり「被解放自由人」は公職に就くことが許されてはいませんでした。

 ところで、何故、古代ローマ時代における地方都市の公職には富裕な自由市民である必要があったのでしょうか?
 それを理解してゆくためには、都市の財政基盤の問題に触れねばならないのですが、ここでは簡潔に述べます。

 当時は、基本的に中央当局からの税の再分配と言うものがなく、また基本的には自治に委ねられていた為に、各地方都市は、実際に都市行政を運営してゆくためには、地元の裕福な市民の財力に頼らねばならなかったのです。
 また、裕福な市民も、都市の行政を担うことで自らの権力基盤を強化しつつ、場合によっては、騎士階層や元老院議員と言った中央政界までの道を切り開く為にも、公職に就き、公共事業や穀物の安定供給、剣闘士闘技などの「見世物」の無料提供と言った様々な「市民サービス」を行うことで、市民からの熱烈な支持を得たいと言う熱望を抱いていました。

 このように、地方都市の「財政基盤」の実態と都市の「裕福な市民」の思惑とが上手く一致することで、古代ローマ時代における地方都市の選挙への熱気と政治への関心が高まったのだとも考えることができるかもしれません。


 さて、先程の「造営官」はそうした地方行政の中で如何なる役割を果たしていたのでしょうか?
彼等は、基本的には、「二人委員」の主な役割である裁判、財政問題への処理、そして「都市参事会」の召集と言った地方行政の中核以外のあらゆる仕事の監督を担保していました。
 例えば、都市の警護、道路や公共建築物のメンテナンスや増築、穀物供給への配慮、市場の監督、更には見世物の興行の指揮と言ったものです。
 言い換えると、この「造営官」の職に就く為には、非常に莫大な財力を必要とし、それだけに上手く職務をこなす(*つまり、自己の財産を「市民サービス」の為に投下する。)ことができれば、市民からの熱烈な支持を得ることができ、地方行政に多大な影響力と政治力を有する「都市参事会」のメンバーとなり、更には「二人委員」への道も容易に開けてくることなっていたのです。


 最後に紹介する「選挙ポスター」は、先程も何度か触れた「二人委員」選出に関するものです。
以下の画像になります。

イメージ 3

壁面右上の「選挙ポスター」


この「選挙ポスター」には、

C(AIVS)・I(VLIVS)・P(OLYBIVS) IIVIR・D(IGNVM)・R(EI)・P(VBLICAE)

「ガイウス・ユリウス・ポリュビウスを二人委員に。彼は公職にふさわしい!」

と書かれています。


 このポリュビウスと言う人物は、紀元後79年の崩壊直前のポンペイにおいて、非常に裕福であり、また権勢を誇った市民の1人であり、この「選挙ポスター」が書かれたすぐ近くのアボンダンザ通り沿いに大邸宅を構えていました。

 ところで、この「選挙ポスター」からは、前述の「造営官」の例と比べて興味深い文句の一致を見ることができます。
dignum rei publicae、すなわち「彼は公職にふさわしい。」と言う選挙用の文句です。
 こうした選挙用の文句の他にも、例えば、pudor in vita(*「生活における清廉潔白さ」:cf Diehl 143 = CIL IV 6626)などの選挙用の文句もありますが、こうした文句はポンペイの政治と選挙における如何なる事実を示しているのでしょうか?

 あくまでも個人的な見解ですが、以下の2点を理由として挙げることが出来るのではないかと思います。

1点目は、「公職にふさわしい」や「清廉潔白」と言う文句は、彼らが当時の階層意識における自由市民であることのアピールであったのではないかと思います。
つまり、こうした選挙に推薦される人々は、卑しい出自の者ではなく、真っ当な自由市民であることを強く訴えていたのです。
 無論、ポンペイに住む人々なら誰にとっても、こうした「選挙ポスター」に名が載る人物が自由市民であることは明白の事実であったはずです。
 けれども、当時の社会は、「社会的流動性」があまりにも強かったために、裕福な市民であっても、祖先を辿れば、1、2代前は「奴隷」の身分であったことも往々にしてあったのです。
従って、こうした文句を敢えて用いつつ、改めて自分が推薦されるに足る十分な資格を持ち合わせた「市民」であることを強調する必要があったのではないかと思います。

 2点目は、当時の社会の観念的な、あるいは倫理観に基づくものではないかと思います。
この点に関しては、名目的な側面も強かったのでしょうが、やはり、公職に就くに足る人物、都市行政を牽引してゆく指導者としての資質が財力のみでは図ることができず、寧ろ、財力があるのは当然であり、その上で、一般の市民以上の優れた資質、すなわち「倫理的に完成された人物」であることが求められていたのではないかと思います。
 これは、当時のローマ社会のエリート層の持つ社会通念としての「財産の軽蔑」「倫理的な価値を求める内面の重視」の問題と絡めることで、理解できることかもしれません。
特に、当時、セネカに代表されるようなエリート層において流布し信奉された「ストア哲学」の影響は、ローマへの憧れを抱く地方の「有力な市民」においても重要な意味を持っていたのかもしれません。


 今回の投稿記事は、随分と長くなってしまいましたが、一つだけ言えることがあります。

 こうしたポンペイに残された「選挙ポスター」は当時の社会構造やそこで暮らす人々の心性を探る上でも非常に貴重な史料となり得るということです。

 ポンペイの人々は、我々と同じように、日々、様々なことに関心を抱きながら懸命に生きていたのです。
こうした日常を生きる市民は、日々の暮らしの中で、様々な要求を地方行政にぶつけ、地方行政の側でも、彼らの要求に何とか応えてゆこうと懸命になっていたのです。


 様々な思惑や願望が交錯する明白な「意思表明」がこの「選挙ポスター」にもこめられていたのではないでしょうか...



[参考文献]
本村凌二 『ポンペイ・グラフィティ −落書きに刻むローマ人の素顔』 (中公新書、1996年)。
Manifesti Eletorali nell’Antica Pompei (BUR, 1992).

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