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こっそり

誰も読んでいないと思われるブログを、本当に思いつくまま更新してみる。

あれから、歌音は亡くなりささらは白内障になったが、ささらの白内障に関して言えばもともと全盲なのだし、さほど気にはしていない。ただ、見た目はね…真っ白だけれども。

たくさんの時間が流れた。じつに6年半か。

あれから二度ほど転職をし、恋人も数回変わった。住んでいる場所は変わらず、大切な親友が逝ってしまい、弟には子どもと結婚という大きな変化が訪れ、東日本大震災で世の中がざわつき、父は割と最近に突然倒れたが回復していまは元気に暮らしている。

好きなものは、変わらない。
読書は相変わらず週に3〜4冊ペースで続けているし、お酒を自宅で飲むことはやめたけれども外では今でも楽しんでいる。

変わったことは、たくさんある。
両親は年数の分だけ老い、私も体重を増やしながら着実に年を重ねている。逝ってしまった友人を思い出して泣くことは減ったが、一方でもう一人の大切な友人が長い闘病生活を送ることになってしまった。

たくさんの新しい出会いがあり、いくつかの悲しい別れがあり、SNSなどを通じて思いがけない再会があったりもした。

友人・知人がどんどん出世をしたり親になったりしていくなかで、自分だけが変わらず置いてきぼりをくっているような気分になることもあれば、いつまでも自由にいられることを特権のように思ってみたりもする。

次にこのブログを書くとき、その数日間だか数年間のあいだに、どんな変化があるのだろう。

辛口が好きなら、と勧められてアンリオを1杯飲み、少し遅れてくるという相手を待つ間にあともう1杯とお願いしたら、今度はもう少し口当たりの柔らかなシャンパンが注がれた。アンリオに比べると、もう少しまろやかで飲みやすいけれど、あっさりしていてその後の食事の邪魔になりそうもない、そんな1杯。
正直、アンリオの杯が空く頃には、次の1杯はもう少し柔らかめがいいな、…と考えていたところだったので、プロの方の選び方に脱帽。

2杯目は、ドゥーツだった。どちらかというと重いシャンパンだと思うが、アンリオの後だとその個性の違いがほどよく感じられて、どちらもとても美味しい。確かに少し重いので、このシャンパンは食事にもあうだろうな、と思っていたら、「お食事にもよく合いますよ」と言われた。

その後、待ち人と合流して食事に向かった先では、モンラッシュ。ほとんど黄金色に近い白ワインは、しっかり甘みが強いのにどこか爽やかで、普段は辛口しか飲まない私にも美味しかった。

そして、それらを飲みながらどうしても思い出したくてそれでもなぜか思い出せなかったシャンパンの名前がペリエ・ジュエのベル・エポックだったのだが、1年前のちょうどこの夜は、私にとって大きな変化が生まれた瞬間だったことも、もちろん頭の片隅にずっと残っていた。

あの頃―。その大きな変化にたった一人で対峙しなければならなかった私は、沈んだ気分をどうにか慰めるため、よくひとりでヴーヴ・クリコをあけたものだった。それから1年経った夜、私はどうしてもシャンパンが飲みたかった。そんな日に、たまたま誘われて、たまたまシャンパンバーで人待ちをしていたことは、偶然なのか、必然なのか……。

ん〜?

2段ベッドの上の段で寝ていたら、
突然小池徹平クンが部屋の入り口に現われて
“わかぁる、わかるよ、キミのきもち〜♪”、と唄いだすのを、
依然(2段)ベッドの上から寝ぼけたままボーっと見おろしている私がいた。
……というまさに寝ぼけた夢を見た。

にしても、http://station.music.yahoo.co.jp/channel?c=791606802 「桜ソング名曲集」の1曲目が、スピッツの「チェリー」ってねぇ…。いや、たしかにチェリー=桜だけど、さ。

知り合いが、Wikipediaの閲覧にハマっているそうだ。
彼がハマるのはWikiだから、というより、あるひとつのテーマから別の関連するテーマに、そしてさらにそこからまた別の関連テーマへ、というようにまさにハイパーリンク(死語っぽい^^;)を渡り歩くのが面白いらしい。ん、でもこういうのは、ネット正しい楽しみ方のひとつだと思う。
最近はやたらFlashだの動画だの音声だのが派手に動かないと楽しめない、そんな流れもあるけれど、ネットの出始めの頃を思い出してみると……。
あるページからリンクを辿っていくうちに、最初求めていたのとはまったく違う、けれど「よく見つけた!」と思えるようなサイトに流れ着く、そんな嬉しい発見はネット特有のものだったはずだ。テレビ・ラジオや紙媒体じゃできないことだったから、「おー、ハイパーリンクってすげー! インタラクティブ!(?)」とか、たぶん思っていたわけだ(笑)。

懐かしい……なぁ(^^)。
Web2.0なんてどうでもいいかもしれない、私。
新しい手法ばかりが先行して、何をするにも何かのプラグインが必要だったり、ロードに時間取られたりすることが多すぎる。そういうのはあくまでひとつの“手法”であって、一番最適なTPOで活躍すべきものだと思うのに、「動かないともう古い」みたいな固定観念から、動かなくてもいいものがガチャガチャ動いたりしてウルサイよ、最近、ね(^^;。本末転倒みたいな…コンテンツの中身と手法は別なものだと思う、今日この頃。
あ、なんか説教くさっ!

私が使うと

シュレッダーの紙くずはいっぱいになり、
プリンターのA4紙はなくなります。
かなりの確率で「交換・補給」作業に遭遇。

しかも私はいつも、シュレッダーには多くても数枚程度
プリンターだって20枚以内、くらいのかるーい利用なのにね。

ぶろぐ?

「ブログ」という言葉が出現するよりずっと前から、Web上に日記を書いていた。だから、あらためて「ブログを新設しよう!」と思うと、なんだかとまどってしまう…。こんなんでいいんだろうか?

ちなみにタイトルの「歌音」は、曲名ではありません。飼い犬の名前です(ささら、も)。

今日、仕事関連で犬と猫のサイトを見ていたら、たまたま不幸な犬の記事を目にしてしまい。
あやうく涙が(;_;)。
しかも「全盲の犬を飼うことは大変な苦労がともなう」と書いてあったりして。

私と一緒に暮らしてくれている2匹の犬は、ささらが1歳の時、そして歌音が先月(もう3歳かな?)、全盲になった。2匹の年齢はほとんど変わらないから、もちろん白内障などの老犬特有の症状ではなく、先天的なものだったらしい。
ペットショップから連れてきた時は、もちろん2匹とも目が見えたし、そしてこの2匹に血の繋がりはない。たまたま2匹とも、失明した。

でもねぇ、それほど大変でもない気がする、実は。最初にささらが見えなくなった時も、先月歌音が見えなくなった時も、私はそりゃあ泣いたものだけれど。でもささらはそれほど障害を感じさせないし、歌音にいたっては2匹目の失明ということで私の動揺が少なかったこともある(悲しみは少なくなかったが)。

そりゃ、見える犬に比べたら大変だけど、うちの2匹に限っていえば、「苦労」というほどの苦労はない。注意すべきことはいくつかあったとしても。

歌音はおてんばさんなので、まあまだ1ヵ月半しかたたず慣れていないせいもあるかもしれないが、いろんなものをなぎ倒す。が、ささらは失明当初からほとんどそういったこともなく。今でも、L字型のソファの背もたれの上を、まるで目が見えているかのように得意げに(?)歩く。

そんな、個性も違うけれど、ともに全盲な2匹と暮らす私のブログ、これからどうなることやら。

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