さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

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新生日本をつくった指導者に多大な影響を与えた儒学者・佐藤一斎(1772〜1859)

幕末維新に活躍した人物を辿っていくと、現代の政治家とは比較にならない強い精神力、決断力、
器量の大きさ、大儀のためには命も投げ出す純真さを感じざるを得ない。

他のアジアの国々が軒並みに欧米列強の支配下になった19世紀に、何故日本だけが維新を成し
遂げ堂々列強にも肩を並べる程の強国に成り得たのだろうか。

どうして幕末の日本には多くの人物、俊秀が排出したのであろうか。

これは徳川時代の教育体制の充実を抜きにしては考えられないと思う。 日本の隅々に至るまで
各藩には藩校が整い、寺子屋という制度もよく機能していた。

又、文武両道として学問と同時に剣術の道場が各地に発達していたことも見逃せない。

幕府は今の東京大学のような昌平坂学問所をつくり、全国から俊秀を集めて教育した。幕府が
国学としたのは「朱子学」である。(孔子以来の儒教を宋の時代に朱子が集大成したものだ。)

この昌平坂にて永く教授を務め、ペリー来航後「日米和親条約」の外交文書作成に尽力したのが、
佐藤一斎である。門下生は6千人を超えると言われ、その中には佐久間象山、山田方谷、渡辺崋山、
横井小南を始め、幕末から明治にかけて活躍した多くの指導者がいる。

今日にも評価が高いのは「言志録」だ。一斎が42歳から82歳まで思いつくまま書き留めた箴言
・所信であり四部作になっているので「言志四録」とよばれる。

西郷隆盛が「言志四録」より百一か条を抄出して座右の誡としていたことは有名である。
易学の解説の代わりに「言志四録」より代表的な箴言を紹介する。

少く(若く)して学べば すなわち 壮にして為すこと有り
壮にして学べば すなわち 老いて衰えず
老いて学べば すなわち 死して朽ちず

春風をもって 人に接し
秋霜をもって 自らつつしむべし

一燈をさげて 暗夜を行く
暗夜を憂うることなかれ
只、一燈を頼め

太上は天を師とし
其の次は人を師とし
其の次は経を師とす
最近、一斎ファンを喜ばしたのは、小泉元首相が度々公の席で一斎の話をしたので、

「言志録」や「重臣心得箇条」など一斎の本が売れているということだ。

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「言志四録」・・・何年か前に読んだものの全然身になっていないので、この機会に読み直したいと思います。

2007/10/26(金) 午後 11:34 [ tokiwaokina ]

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tokiwaokinaさん、有り難うございます。
幕末から明治にかけての日本人は殆んどの人が読んでいると言われています。こんな本が読まれている間は日本人が日本人らしくあったのではないでしょうか。(猶興)

2007/10/30(火) 午後 3:56 kan*u*uuk*u


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