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松岡洋右。1880〜1946
国家にとってなにより重要な問題は経済問題である。大恐慌いらい世界各国は立て直しに必死に取り組んだ。幸い日本はいち早く恐慌からは脱出できたが、ヨーロッパ・チャンピョンのイギリスは苦しんでいた。
そこで打ち出した政策がブロック経済化である。かつての植民地を含めれば世界の4分の1を自国の経済圏にもつイギリスは保護貿易を始めた。すなわちカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、香港などをブロックで囲み、ブロック内では関税をゼロとしてその他の国には高率の関税を課すことにした。
自給自足が出来るアメリカ、ソ連、そして植民地を有するフランス、オランダなどはやっていけるが、日本にとっての貿易国は殆どがアメリカやイギリスの植民地であるのでとてもやっていけない。第一次世界大戦で植民地を失くしたドイツやイタリアも大打撃である。
ところがドイツの政権を握ったヒトラーは強引な手法でまたたく間に経済を立て直した。さらにチェコの一部を割取、1939年ポーランドに宣戦布告して第二次世界大戦が始まる。電光石火の勢いでポーランド、オランダ、ベルギー、フランスを破って、進撃は止まらない。次はイギリスをターゲットに、正に世界地図を塗り替える勢いである。
アメリカが援助する中国とは泥沼の関係に、その上ソ連との間にはノモンハン事件、日本の針路はお先真っ暗である。そこに目覚ましく活躍するドイツには仰天すると同時に闇に光を見つける思いがした。
「バスに乗り遅れるな。」と外務大臣の松岡洋右はドイツと手を組もうと主張した。「いつまでも英米に頼るのは止めて路線変更で窮地を打開しようじゃないか。」近衛内閣を説得するとドイツに向かった。ヒトラーと会談、イタリアも加わえての三国同盟を締結する。松岡はさらにソ連のスターリンとも会談し、日ソ中立条約を結んだ。鬼に金棒とばかりに英米との対決姿勢を鮮明にした。
この三国同盟こそ「百害あって一利なし」と言われた大失策であった。アメリカの態度をさらに硬化させただけだった。
*** *** 上卦は水。
******** 困難、危険、悩み。
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*** *** 下卦も水。
********
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「坎為水」の卦。一難去ってまた一難。険難に陥る象である。前門の虎、後門の狼。こんな時にどうするかによって人間の真価が決まる。
戦後、松岡は三国同盟を「一生の不覚」と後悔した。しかもソ連との日ソ中立条約はスターリンにより裏切られた。
全ては「後の祭り」となった。外交とは一寸先は闇なのである。
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イギリスのブロック経済政策が植民地を持たない国に打撃を与えたとは
国土狭い日本は窮地に立たされますね。
欧米の植民地にならずに住む方法はと考えれば戦争しか無いのかな?
今現在も「外交とは一寸先は闇」です。TPPはどうすれば良いのか
せめてじっくり考えて結果を出したい物です。
駆け込み乗車は危険ですから〜凸
2011/11/9(水) 午後 0:54 [ pinkey ]
ヒトラー、ムッソリーニと手を組んだ「三国同盟」
加えてスターリンと結んだ「日ソ中立条約」
外務大臣松岡の悔いたという政策・・
戦争の裏側には一寸先も読めない外交が介在していたのですね
2011/11/9(水) 午後 1:25 [ nina ]
pinkeyさん、有り難うございます。
TTPですね。しっかり専門家の意見を集約することではないでしょうか。政治的な決着というより、先の先まで読んだ上での正しい結論があるはずです。(猶興)
2011/11/9(水) 午後 5:03
kazeさん、有り難うございます。
結論からいうと、近衛さんや松岡さんとヒトラー、スターリンでは役者が一枚も二枚も違うような気がします。
とくに松岡さんはスターリンには手玉に取られたというところでしょう。
その結果は恐ろしい犠牲を払うことになってしまいました。(猶興)
2011/11/9(水) 午後 5:10