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山 雷 頤
(序卦伝)物畜えられて然る後に養う可し。故に之を受くるに頤を以てす。頤とは養うなり。
(卦辞)頤は貞にして吉。頤を観、自ら口實を求む。
(大象)山の下に雷有るは頤なり。君子以て言語を慎み、飲食を節す。
頤は「おとがい」であり「あご」である。それから「養う」という意味になる。
養うとは肉体を養う、心を養う、家族、社員、国民を養う意味になる。
言語と飲食は動くものであるから震の卦の象であり、慎むと節するとは止める性質であるから艮の卦の象である。
何を養うにも、変わることもなく正を養うことが吉である。
山雷頤は欲望の問題
いかに養うか又は養われるかを説く。初九と上九が養う爻であり、二から五までの陰爻は養われる道を説いている。
初九「爾の霊亀を舎て、我を見て頤を朶る。凶。」自家の無尽蔵を投げ捨て門に沿ひ、鉢を持って、物乞ひして歩く貧児のやうなまねをしてはならない。
六二、は初九に養われるもを恥じていて凶。六三は上九に媚び諂うので凶。六四は養われているが己の任務を果たすので吉。六五は上九の養いを受けるが天子の役割を果たすので吉。
上九は責任は重く危ういが、天下の信任を受け恩徳天下に行き渡るので吉。大川を渉るに利し。
渋沢栄一。1840〜1931
明治の殖産に見る「山雷頤」
農業中心であった幕末までの日本。西洋に追いつくための富国強兵。その富国を実現するには工業国家へと変身しなければならない。日本の資本主義の父と言われる渋沢栄一は武蔵(埼玉県)の豪商の出身。若い頃は尊王攘夷の志士であった。ある縁があり、一橋家に就職する。将軍・慶喜の弟である徳川昭武がパリの万国博覧会に行くのに随行した。
ヨーロッパ文明に触れた栄一は攘夷思想の無意味を知り、明治元年に帰国すると実業家の道をひたむきに突き進む。銀行、保険、電気、ガス、鉄道、海運、紡績、石油、セメント、ほとんど全ての産業にかかわり、生涯に500社に及ぶ会社を設立した。
大阪株式取引所を設立し、関西の経済界のリーダーであった五代友厚は薩摩藩出身。長崎海軍伝習所に学び、高杉晋作と上海に密航。その後イギリスに渡り西洋文明を吸収した。士農工商の身分制度を覆し卑い立場から財閥を興した創業者もある。極貧の地下浪人から三菱グループを創業した岩崎弥太郎、露天の両替商から安田財閥を創業した安田善次郎、農家から山陽鉄道や銀行を設立した松本重太郎などだ。
旧商家を今日に続く財閥にした創業者もいる。丁稚奉公から住友別子銅山を立て直し住友の基礎を築いた広瀬宰平、三井家の番頭から銀行や三井物産を創設した三野利左衛門などである。明治の創業者に共通しているのは、スケールの大きさであり、家業の発展だけでなく国の繁栄まで視野に入れた志と強靭なチャレンジ精神である。 |

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