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レオナルド・ダ・ヴィンチ。1452〜1519
レオナルド・ダ・ヴィンチほど、天才という言葉が相応しい人物はめったにいないのではないだろうか。父はそこそこの地位である公証人で母は父が結婚前に手を付けた農家の娘(一説には父の雇い人のところにいたトルコ人の奴隷とも)。母はレオナルドを生んだ後、農夫に嫁ぐ。父はその後16歳の娘と結婚、この継母がレオナルドを育てたが、若くして亡くなる。嫡出子ではなかったが、祖父はレオナルドを愛し教育も受けさせたので健全に成長した。幼少期のレオナルドは目の前にある自然から学んだ。すなわち動物、植物、全てに興味を持ち観察したようだ。
子供時代から特別絵が上手かったので、14歳のとき父はフィレンツェで最も優れた工房を主催していたヴェロッキオに弟子入りさせる。20歳頃に、師とともに共作した「キリストの洗礼」が完成したとき、師ヴェロッキオはレオナルドの技量が余りに優れているので、二度と自ら画を描くことはなかったという。その後、レオナルドはメディチ家の主宰するプラトン・アカデミーの一員としてロレンツォ・デ・メディチに雇われることになる。
キリストの洗礼。(幼子を描いたのがレオナルド)
レオナルドの才能は全ての世界に通じ、万能人とも言われる。彫刻、建築、土木工学、音楽、科学、地学、数学、工学、光学、流体力学、解剖学、植物学、あらゆる世界に及んでいる。ヘリコプターや戦車、太陽エネルギー、地熱の利用など実用化はされなかったが、どこまで研究していたか計り知れない。
ウィトルウィウス的人体図(1485作)
ルネサンスの文芸復興は芸術分野とともに科学技術と政治学の分野でもその後の歴史に大きく影響を与えている。フィレンツェ出身でレオナルドより23歳若いマキャヴェリは、強国の覇権争いに翻弄されるイタリアの現実に、何とかイタリアを統一してくれる強力な君主が登場することを切望して「君主論」を著した。「君主論」はその後、帝王学のバイブルとしてヨーロッパ中に広まったが、「君主に必要なものは道徳ではなく、ライオンの勇猛と狐の狡知だ。」などと権謀術数を指南する書として扱われた。「君主論」はマキャヴェリの真意とは別に「マキャヴェリズム」とも言われ悪徳をすすめる書とされた。
チェーザレ・ボルジア(1475〜1507)
マキャヴェリがイタリア統一のために最も期待し、理想的君主像であるとしたのが、同じ年生まれのチェーザレ・ボルジアだった。名門のボルジア家に生まれ、父がアレクサンデル6世として教皇の座を得ると次々とイタリア各地を配下にしていったが、惜しくも31才の若さで世を去った。レオナルドは50歳頃、そのチェーザレと1年ほどであるが軍事技術者として行動をともにし、各地の戦略的地図を作成している。興味深い組み合わせではあるが、それ以上のドラマは起こらなかったようである。
マキャヴェリはフィレンツェの外交官として度々チェーザレと接見したが、「容姿ことのほか美しく堂々とし、武器を取れば勇猛果敢であった。」と書き残している。マキャヴェリの願いも虚しく、イタリアを統一してくれる君主は現れなかった。ルネサンスという偉大な文化を開花させたイタリアはその後は政治的にも経済的にも衰退してしまう。
〜〜さわやか易の見方〜〜
*** *** 上卦は雷
*** *** 雷、震、活動、
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*** *** 下卦も雷
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「震為雷」の卦。地震、雷鳴など天地を驚かす出来事を表す。人は恐怖に戦慄するが、一国の君主たるものは、冷静沈着でなければならない。冷静沈着であれば、案外損害は少ないものであり、狼狽し判断を誤るときは、その損害は甚大になるものである。常に平常心を忘れてはいけないことを説く。原発事故の時に、周章狼狽して現場を混乱させた何処かの総理大臣のようでは話にならない。
「君主論」は目的のためなら手段を選ばないもののように考えられるのは、作者・マキャヴェリには気の毒な解釈である。この書はマキャヴェリが身に覚えのない罪で、フィレンツェ政府に囚われ拷問を受け、職を解かれた臥薪嘗胆時代に、書き上げたものである。フランス軍とハプスブルグ軍に占領され、支配される祖国を見捨てることが出来ず、フィレンツェ政府に期待を込めて献上したものだ。
そこには君主の心構えとして、いかなる難事にも冷静な判断を下すことから、例え国民から怨まれ、冷徹と思われることがあろうとも、君主たるものは国を守らねばならない。愛されるより、時に恐れさせても正確な決断を下すべきことなどが書かれている。
この書を悪徳の書のように理解したのは、それだけヨーロッパの各国が戦争と内乱に明け暮れしていた証しと言える。
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19世紀にはレオナルドが残した膨大な手稿が、その絵画作品と同様に広く知られるようになった。
イポリット・テーヌは1866年に「これほど多彩な才能を持つ人間はおそらく他に存在しない。飽きるということを知らず、その探究心は無限であり、生まれながらに洗練された、同時代はもちろん、その後何世紀にもわたって群を抜いている人物である」としている。
美術史家バーナード・ベレンソンは1896年に「レオナルドは真の天才といえる唯一の芸術家である。彼(レオナルド)が触れたものは、すべてが永遠の美へと姿を変えた。頭蓋骨の断面、雑草の構造、筋肉の習作などあらゆるものが、彼が持つ描線と陰影の感性によって永久の生命を吹き込まれたのである」と記している。
レオナルドの類稀な知性への関心は、衰えるところを知らない。専門家によるレオナルドの文章の研究と解釈、絵画作品への最先端の科学技術を駆使した分析によってその業績が明らかにされ、さらには、記録には残っているものの現存しないとされる作品の探索も試みられている。
2018/9/2(日) 午前 10:49 [ 歴史の真実を世紀ごと学ぶ ]