さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

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エリザベス1世(1533〜1603)

ヘンリー8世の死後、幼いエドワード1世、そしてメアリー1世と11年間の混乱が続いたイングンランドだった。混乱を終結させ、経済大国に向け発展に導いたのが女王・エリザベス1世である。母アン・ブーリンが父ヘンリー8世に処刑され庶子の身分にされたり、異母姉メアリー1世に処刑寸前まで追い込まれたりもした。数奇な運命を強いられたエリザベスだったが、その波乱の運命を自らの糧として大きく成長したのがこの女王の偉大なところである。

1558年、25歳で女王の坐についたエリザベスが直面する最大の難題は、カトリックとイングランド国教会との宗教対立だった。当時ヨーロッパ全体がその渦中にあったが、カトリックを守ろうとするローマ教会、スペイン、ハプスブルグ家、フランスなどの王室に対し新興のプロテスタントが各国に勢力を拡大していた。イングランドはヘンリー8世から始まったイングランド国教会の勢力が強かった。亡きメアリー1世の夫だったスペインのフェリペ2世はエリザベスに結婚を申し出て来た程であるから、何としてもイングランドをカトリックを維持したかったのだろう。そこを巧みな外交で乗り切り、統一法によってカトリックと妥協しながら、イングランド国教会の基盤を確立していったのはエリザベスの最大の事績と言えるだろう。


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メアリー・ステュアート(1542〜1587)

もう一つの難題はもう一人のメアリーである。このメアリーは悲劇の女王として名高いメアリー・ステュアートである。スコットランドの女王でもあり、イングランドの王位継承権を有するメアリーだが、その波乱万丈の人生とともに終世エリザベスの悩みの種であった。生まれながらの女王、フランス王室育ち、美人で長身、聡明で優雅、恋多き女、フランス王妃、結婚の失敗、絶頂からの転落、数奇な運命、ドラマとしてみるとこれほどドラマチックなヒロインもないだろう。

詳細を述べると長文になってしまうので、次回に「悲劇のメアリー・ステュアート」として掲載することにする。ここでは簡単に述べることにするが、混乱の中にあったスコットランド王室で、結婚に失敗したメアリーを救うためある貴族がその王を殺害するという大事件が起こる。何もかも失ったメアリーがエリザベスを頼ってイングランドに逃げてくる。18年間もイングランド国内に幽閉されるが、エリザベスへの暗殺計画が明るみに出て処刑される。王位継承と宗教対立もからんだメアリー事件はやがてスペインとの戦争にも突入することになる。


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ロバート・タドリー(1533〜1588)

エリザベスは様々な混乱や悲劇をその目にしているので結婚には慎重過ぎるほど慎重だった。最も心を許した男は幼馴染のロバート・ダドリーだと言われている。前回に登場したジェーン・グレイを担いで処刑されたジョン・ダドリーの4男である。事件の後、ロンドン塔に幽閉されたとき、別の容疑で幽閉されたエリザベスと密かに手紙の交換をしたというから困難を共にした同志の関係と言える。ロバートは先に結婚したがその後もエリザベスとは親密だった。ロバートの妻が謎の事故死をすると「もしや」とばかりにスキャンダルとなる。周囲の貴族の猛反対もあり、二人は結婚することはなく終世相談相手で通した。


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アンジュー公(1555〜1581)

他にもアメリカ大陸にエリザベスに因み「ヴァージニア」を開拓したエセックス伯なども愛人とされる。各国から大使を通して王族との縁談は引く手あまたであったが、検討はするものの実現には至らない。結婚話を外交交渉に利用したとも言われた。最後の縁談はフランス皇子のアンジュー公であったが、交渉中に亡くなってしまった。50歳を過ぎるとその処女性が神格化するようになり国民の崇敬を集める。結局、エリザベスは「私は国家と結婚した。」と言って独身を貫いた。


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フランシス・ドレーク(1543^1596)

その後の大英帝国への基礎になったのが、エリザベス時代と言われる。最も顕著な政策は経済政策だろう。当時の経済大国は何といってもスペインであるが、その源泉は南米から大量に運ばれる銀であった。もともとスペインのコンキスタドールたちが現地人から略奪し、その後アフリカの黒人を奴隷として連れて行き、強制労働で採掘させた銀である。南米から略奪したものなら、運ぶ途中で略奪してしまえとばかりに海賊行為が横行した。世界一周で名を上げたフランシス・ドレークもそんな海賊の一人である。エリザベスはスペインの船からの海賊行為に対し、「私掠免許」というお墨付きを与えた。ドレークの献上する金銀財宝は当時の国庫歳入より多く、エリザベスは彼に叙勲を授け海軍中尉に任命する。


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アルマダの海戦

私掠船の略奪も手が付けられぬ程頻繁になるとスペインの忍耐も限界に達してくる。加えて北ネーデルランド(オランダ)の独立をイングランドが影から支援していることを知ると両国の関係は一層悪化した。そこにカトリックの元スコットランド女王メアリー・ステュアートが謀反の罪で処刑されるとスペインの無敵艦隊アルマダはイングランド侵攻を開始した。急きょ海軍副司令官に任命されイングンランド艦隊の指揮をとったのは元海賊のドレークである。海賊らしく燃える船を無敵艦隊に突入させるという奇襲攻撃を決行する。1588年のアルマダの海戦は世界中の予想に反してイングランドの勝利に終わった。

エリザベスの治世は混乱の続いた王室を安定させ、国民に平和と繁栄をもたらし、ヨーロッパでの経済大国へ躍り出た。1600年には東インド会社を設立積極的に海外にも進出する。メアリー・ステュアート事件ではスコットランド国民の不満もかったが遺児であるジェームズをイングンランドとスコットランド両国の王とするよう遺言し、グレート・ブリテンとして今日のイギリスの幕開けともなった。1603年、70歳で生涯を閉じる。

〜〜さわやか易の見方〜〜

******** 上卦は風
******** 入る、従順、長女
***  ***
******** 下卦は天
******** 陽、剛、大
********

「風天小畜」の卦。小畜(しょうちく)とは小(陰)なるものが大(陽)なるものを制するということ。例えば女性が剛なる男たちを制するように、常軌を逸した君主を賢い臣下が宥めるようにである。剛なる者を従わせるには力をもってするより、陰徳すなわち品性や教養をもってする方が効果がある。内に剛を秘め外面は従順さを失わず、感情をコントロールすることが肝要である。

エリザベス女王のモットーは「私は見る。そして語らない。」だった。政治には口を出さないというのが女王の基本だった。各国との外交官たちとももっぱら文学や哲学の話をしていたという。その洗練された品性と豊かな教養でいつの間にか困難な問題も解決してしまったそうである。とは言え、イングランドがヨーロッパの中でも経済大国となったのは、したたかな計算も戦略も持ち合わせていたのだろう。やはり偉大な女王だったのだろう。

興味深いのは海賊ドレークの処遇である。海賊出身でありながら叙勲を与え、ナイトに抜擢した。感激したドレークはエリザベスの前にひれ伏したという。その後のアルマダの海戦に総司令官の重責を任せられ、国家の存亡を一身に背負ったドレークはエリザベスへの大恩に命がけで報いようとしたことだろう。日本海海戦で東郷平八郎が荷った重責を元海賊が荷ったことになる。いかにもイングランドらしい向こう見ずな戦略である。
















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初期には東インド(インドネシア)の香辛料貿易をめざしてジャワ島のバンテンやインドのスーラトに拠点を置き、マレー半島のパタニ王国やタイのアユタヤ、日本の平戸、台湾の安平にも商館を設けた。アジアの海域の覇権をめぐるスペイン、オランダ、イギリス3国の争いの中で、アンボイナ事件後、活動の重心を東南アジアからインドに移した。

インドにおける会社の大拠点はベンガルのカルカッタ、東海岸のマドラス、西海岸のボンベイである。フランス東インド会社と抗争し、1757年にプラッシーの戦いで、同社の軍隊がフランス東インド会社軍を撃破し、インドの覇権を確立した。以後単なる商事会社のみならず、インド全域における行政機構としての性格をも帯びるようになった。

ナポレオン戦争後は再び東南アジアに進出して海峡植民地を設立、ビルマとも戦った。18世紀以降、中国の広東貿易にも参入してアヘン戦争を引き起こし、香港を獲得した。しかし、同社による統治の失敗からインド大反乱を引き起こし、会社軍は反乱をようやく鎮圧したものの、インドの行政権をヴィクトリア女王に譲渡し、1874年に解散した。

2018/3/17(土) 午後 0:07 [ マレーシアにまた行きたいな ]


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