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「ゲルニカ」 パブロ・ピカソ作 1937年
19世紀の半ばには産業革命と資本主義体制が列強各国ではほぼ完成していた。列強の帝国主義により、中東、南米、アジア、アフリカ各国は植民地支配下に置かれる。世界は「中心国」と「周辺国」に分割、色分けされる。この帝国主義的支配と被支配の背景は定着していたダーウィンの生物界の生存競争理論により文明国人が未開国人に対し、白人種が有色人種に対して優越することは自然の摂理であり、正当なものとされた。
一方で帝国主義的競争の激化は中心諸国の知識人の間には未来不安が広がっていた。19世紀を代表する時代思潮は自由主義だったが、資本主義の変質、大衆社会の成熟により自由主義の行き詰まりを感じ取っていた。「良き時代」は終わり、「世紀末」という漠然たる暗黒の時代を予感していた。
ニーチェ(1844〜1900)
ドイツの哲学者ニーチェはキリスト教や民主主義の形骸化を鋭く批判した。人間生活における肉体的主体性の回復を説き、「ツァラトゥストラはかく語りき」によりヨーロッパの没落を背景としながら、「神は死んだ」などキリスト教的な理想に代わる超人の思想を展開させた。
マックス・ウェーバー(1844〜1920)
社会学者ウェーバーは文化や社会での価値判断の二重性を指摘、学問と政治を峻別した。近代化が合理化をもたらすことを肯定しながらも、合理化は必然的に官僚化をもたらすとして未来については悲観的にならざるを得ないと説いた。
フロイト(1856〜1939)
オーストリアの精神科医フロイトは人間の認識や意識について深い探究と分析を行った。フロイトの心理学は思想、哲学の分野にも大きな影響を与える。
ロマン・ロラン(1866〜1944)
文学や芸術の分野でも「世紀末」への対応は様々であった。フランスの文学者ロマン・ロランは社会生活を覆うブルジョア的因習と規制、新しく芽生える労働者階級との対立。激動する政治の中に迫りくる戦争の予感と個人の良心との葛藤を追及した。
ロランは20世紀においても理想主義、ヒューマニズム、平和主義、反ファシズムを掲げて、戦争反対を世界に呼び掛けた。持たざるものの味方であろうとしたロランはロシア革命を支持していたが、やがてスターリンの粛清が始まったロシアには失望した。国際的に活躍し日本にも多くのファンがいる。
美術界においては革命が始まっていた。後期印象派のゴッホ、ゴーギャンの色彩を写実ではなく感覚、感情で表す画法はフォーヴィスム(野獣)で頂点に達しその熱もさめていた。若い芸術家たちは、常識的約束に捕らわれない新境地を模索していた。フランス人のジョルジュ・ブラック(1882〜1963)とスペイン人のパブロ・ピカソ(1881〜1973)は「キュビスム」と呼ばれた画法を成功させ新たな流れを作った。
アルノルト・シェーンベルク(1874〜1951)
音楽界においても世紀末から20世紀になると転換期を迎える。オーストリアのシェーンベルクは表現主義を、ハンガリーのバルトーク(1881〜1945)は民族主義を取り入れ印象主義音楽から新古典主義と十二音音楽が主流になっていく。また、二度の大戦により数多くの音楽家がアメリカに亡命し伝統的文化、美的価値観も破壊、刷新され、大きく変化した。多くの日本人がクラシック音楽と呼ぶものは過去のものとなった。
〜〜さわやか易の見方〜〜
*** *** 上卦は沢
******** 喜ぶ、はじける
********
******** 下卦は天
******** 陽、大、強
********
「沢天夬」の卦。夬は決壊、決裂の決。下から5爻目まで陽であることに注目すると今にも決壊しそうな河が想像できる。圧政を強いていた独裁者のために民衆が爆発寸前であることや、株価が上がり過ぎて暴落寸前であるような状況でもある。断固として原因を取り除き、正義を切り開く時でもある。
19世紀の帝国主義が猛威を振るっていた時代である。植民地にされ、忍耐を強いられていた周辺国にあってはこれ以上の理不尽はない。中心国の学者、宗教家たちは弱肉強食の帝国主義に対して政治を動かし、改革を断行することは出来ないのか。戦争という大犠牲を出さないと改革は出来ないのだろうか。
わが国は帝国主義時代にアメリカにより開国を促され、大議論の末開国した。幕府制度を明治政府に改革し、明治維新を遂げた。国民一丸となって富国強兵を実現した。列強からの植民地にはならずに済み、気がつけば我が国が帝国主義を実践する帝国になっていた。目出度いとばかりは言えない。その後の日本をしっかりと検証してみたい。
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