戦国を生き抜いた本当の勝者、お市の方。(1547〜1583)織田信長の妹であるお市の方は20歳の時、信長の命により同盟を結んだ 江北の浅井長政と結婚。万福丸、茶々、初、小督、万寿丸、と次々と子を生んだ。 しかし、長政は約束を破って旧交のある越前の朝倉攻めに向かった織田勢を許せず、 同盟を破棄して、挟み撃ちにしようとした。 それを知ったお市の方は急遽浅井の裏切りを報せる為、陣中見舞いと称して信長に 挟み撃ちの意味で袋の上下を縄で縛り付けた小豆を届けさせた。 受け取った信長は浅井の裏切りに気付き、すぐさま兵を引き返し九死に一生を得た。 軍を立て直した信長は3年後に朝倉を滅ぼすと、すぐに長政の小谷城を攻め落とした。 お市と3人の娘は助けられたが、男子二人は許されなかった。 9年後、信長は本能寺に没し、秀吉は光秀を倒すと政権取りに乗り出した。 秀吉は是非とも、お市の方が欲しかったが、お市は秀吉が大嫌いであった。 柴田勝家と再婚した7ヵ月後、勝家の北ノ庄城は秀吉軍に包囲され、落城寸前となる。 お市の方は3人の娘達だけを城から落し自分は勝家とともに死を選んだ。享年36歳。 長女茶々は秀吉の側室、淀君となり秀頼の母となる。二女初は京極高次に嫁ぎ、 三女小督は3度目の結婚で徳川秀忠の正室となり、三代将軍家光の母となる。 お市の方は美人としても有名だが、信長並の聡明さも、したたかさも兼ね備えている。
易学の八卦にある巽の卦は柔順を表すのだが、良く知るとこの柔順にはしたたかさが隠されている。 柔よく剛を制すとはこのことである。 「巽の卦」については http://blogs.yahoo.co.jp/kanouyuukou/4648430.html 信長も秀吉も最後は露と消えてしまうのだが、お市の娘達はしたたかに、生きて子孫を繋いで行く。三代将軍の徳川家光もお市の孫であり、従ってその後の将軍家は全てお市の子孫である。 |
さわやか易・男と女編
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すごい血縁ですね。光秀を討ったのが徳川であったならスマートなんですけどね。
2006/12/12(火) 午後 10:38
redorcashozo さん、戦国に生きるとは、生命力の勝負ですね。行き抜いた方が勝ちということでしょうか。(猶興)
2006/12/13(水) 午前 9:27
あの徳川家光がお市の方の孫なのですかぁ・・・勉強になりました。
2006/12/13(水) 午前 11:05 [ tokiwaokina ]
そうなんですよ。その後、代々将軍は世襲ですから、徳川将軍一族はお市の方の子孫という訳です。弱いようで強いのは女性ということです。(猶興)
2006/12/13(水) 午前 11:19