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レーニン(1870〜1924)
ロシア革命がロマノフ王朝の圧政に苦しむロシアの労働者たちによって起こされたものではないことは常識である。革命の結果、誰が民衆を支配し、利益を得ていたかを見れば一目瞭然のことだ。ロシア民衆から土地を奪い財産を搾取したのはユダヤ系共産党員たちだった。革命を指導したレーニンたちボリシェビキが権力を掌握したが、ロシア民衆の支持を受けた訳でも何でもないのだ。
革命政権の8割がユダヤ人だった。レーニンは4分の1がユダヤ人、トロッキーはユダヤ人である。革命には莫大な資金が必要だ。彼らはロマノフ王朝から取り上げた金銀財宝を革命に資金提供したユダヤ系金融グループに返済している。ロシア人たちは反革命の烙印を押され何百万人が銃殺され、シベリアの収容所に送られた。収容所では過酷な強制労働が待っていた。長年のポグロムへの報復は容赦なかった。
ウィルソン大統領(1856〜1924)
ユダヤ系金融グループの目指すものはロシア革命だけではない。世界を一つにする世界革命である。それにはイギリスに代わって世界の頂点に立とうとしているアメリカを掌握することであった。一国の支配権を手中にするにはその国の通貨を発行する中央銀行を支配することが必須なのだ。
ロスチャイルド家を筆頭とするユダヤ系金融グループは自分らの資本による銀行をアメリカの中央銀行として認めさせる計画を進めた。それには大統領の署名が必要だ。ユダヤ系金融グループが白羽の矢を立てたのがニュージャージー知事だったウッドロー・ウィルソンだった。大統領になるためには莫大な資金とメディアによる支援が必要なので、当時からユダヤ系金融グループの推薦がなければ大統領にはなれなかった。
マンデル・ハウス(1858〜1938)
ニクソン大統領の補佐官だったヘンリー・キッシンジャーがそうだったようにアメリカ大統領には大統領の分身とも言うべき側近が必ずいる。ウィルソン大統領の側近だったのがマンデル・ハウスであり、ロスチャイルド家出身だった。ウィルソン大統領と言えば、第一次世界大戦後、ベルサイユ条約を取りまとめたことによりノーベル平和賞を受賞しているが、実際はマンデル・ハウスを介してユダヤ系金融グループの操り人形のように働いた大統領である。
ロシア革命に先立つ1913年12月、アメリカの中央銀行として「連邦準備制度理事会」(略称FRB)を認める連邦準備制度法にウィルソン大統領は署名した。ここにアメリカは完全にユダヤ系金融グループの軍門に降った。同時に成立した「連邦所得税法」によってユダヤ系金融グループはどんな場合でも、仮に莫大な戦争資金を融資しても国民の税金で間違いなく返済して貰えるようになった。
ディヴィット・ロックフェラー(1915〜2017)
もう一つ重要な機関がユダヤ系金融グループによって1921年に成立された。外交問題評議会(略称CFR)である。CFRはイギリスの王立国際問題研究所(RIIA)の姉妹機関である。民間のシンクタンクではあるが、世界で起こる重要な外交問題は全てここから発せられる。マンデル・ハウスも、日露戦争時に日本に融資したジェイコム・シフも、ポール・ウォーバーグなどユダヤ系金融グループたちは創設メンバーである。
最近まで会長を務めたディヴィット・ロックフェラーは回顧録の中で「CFRはホワイトハウスとの単なるパイプラインではなく、委員の質、厳正な議論、無所属な精神で成り立っている。」と述べている。しかし冷戦時代にCFRは共産圏の急拡大を推進しており、中国の国共内戦でも中国共産党を明らかに支持している。CFRメンバーの回顧録によって、東西冷戦は核技術を含めて意図的にバランスを取っていた事実が明らかになっている。
〜〜さわやか易の見方〜〜
******** 上卦は火
*** *** 文化、文明、理知
********
*** *** 下卦は水
******** 困難、陥る、悩み
*** ***
「水火未済」の卦。未済(びせい)は未完成、完成されようとしたものが流される。陰と陽の爻が交互にバランス良く並んでいるようだが、その位置が反対なのだ。完成された形「既済の卦」の次にくる卦で完成されたものが崩壊することを表す。現実の人生も社会も完成を目指すが何かと障害物が現れ完成されない。しかし人間はまた挑戦し、また失敗する。また工夫し努力する。人生はその繰り返しではないか。
「東西冷戦は八百長である。」と喝破したのは、元ウクライナ兼モルドバ大使の馬淵睦夫氏である。馬淵氏は1970年代後半外交官としてモスクワに勤務したが、用意された住まいにはカーテンもなく鍵もなかったという。大国と思われていたソ連は虚構だったことを知らされた。退官後にチャーチルやマッカーサーの回顧録を丹念に調べ、東西冷戦は作られたものであることに気づいたという。今回のシリーズは主に馬淵氏の著書「国難の正体」と「世界を操る支配者の正体」を参考にした。
解った気になって私たちは毎日を暮している。しかし私たちは本当の歴史を知らずに生きていた。私たちがもっと素直になって、素朴な疑問を持ちながら真実を求めれば本当の歴史が解ってくる。本当のことは周りが教えてくれるものではなく、自分で知ろうとしなければ解らないことが解った。現代は歴史の続きである。本当の歴史が解らなければ、現代も解らない。
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ジョン・ロックフェラー(1839〜1937) ヨーロッパ各国で迫害に合っていたユダヤ人たちにとって、18世紀末のアメリカ建国は水を得た魚だった。新天地アメリカは移民たちが一から国を作るのだから、移民というレッテルもなければ、ユダヤ人として迫害されることもない。実力次第で金も稼げ、何にでもなれる。正にアメリカこそユダヤ人にとって、神からの贈り物だった。
人一倍働き、ひたすら貯金するユダヤ人たちはたちまち頭角を現すことになる。ニューヨークの行商人の子として生まれたロックフェラーは時代の要請を捉えて石油精製業を始めた。石油から林業、鉄鉱、鉄道、流通にも手を伸ばし「石油王」と呼ばれ世界最大の大企業を築いた。莫大な財産を慈善事業、各地に大学を建設、ロックフェラー財団は現在も健在である。
J・Pモルガン(1837〜1913)
J・Pモルガンは銀行家の家庭に生まれ、父から銀行を引き継ぐと積極経営により19世紀末には世界最大の金融業者になる。モルガンは金融から一歩踏み出し、主に鉄道の開発、吸収、再編により莫大な利益を得た。その手法はモルガニゼーションと呼ばれた。モルガンはカーネギー・スチールを吸収し、USスチールを設立、海運、電力、通信事業にも進出した。巨大な芸術品コレクションをニューヨークのメトロポリタン美術館とコネチカット州の美術館に寄贈した。
1895年のアメリカの鉄道バブルが崩壊し、合衆国財務省が保有する金がヨーロッパに流失したことがあった。銀行の取り付け騒ぎが起る恐慌に陥った。時の大統領・クリーブランドはモルガンに救済を申し出てきたので、モルガンは銀行団を組織し、財務省の発行する1億ドルの債権を全部引き受けた。そして資本の引き上げに走ったヨーロッパの信用を回復し合衆国を救ったことがある。
アメリカ政府よりモルガンが大きいとする戯画
ユダヤ系金融グループはイギリスのシティとアメリカのウォール街を牛耳ってしまう。ユダヤ財閥はそれぞれ親族関係にもあり、世界の政財界に隠然たる影響力を持った。国を動かすほどの財力を有するユダヤ系財閥たちがやがて世界支配に向けて動き出すのは自然の流れでもある。世界を一つの価値観で支配することこそ人類の進むべき方向と信じ、神から選ばれた選民としての使命と感じたのだろう。
ロシアとの因縁はナポレオン戦争後のウィーン会議にある。ロシアのアレクサンドル1世がユダヤ教を排して「神聖同盟」を結成したことに遡る。経済的に莫大な支援をしてきたロスチャイルド家を蚊帳の外にしたのだ。以後、ロシアが南下政策で度々オスマン帝国と戦争したが、ヨーロッパ各国はロシア阻止に回った。ロスチャイルド家が裏で糸を引いていたためと言われる。ロシア国内の知識人にマルクス思想を広める「ナロードニキ運動」が始まったのもそのためだった。
ジェイコブ・シフ(1847〜1920)
ロシアは南下政策を地中海から、中央アジア、そして朝鮮半島へと計画を変えた。そこには日英同盟を結んだ日本との衝突が待っていた。1904年、日露戦争が勃発する。戦費に困った日本政府は日銀副総裁だった高橋是清を戦費調達のために渡英させる。高橋は目標4億ドルに対して、半分しか集まらず、困り果てていた。そこにユダヤ系金融グループのジェイコブ・シフが残りの2億ドルを融資すると申し出てきた。
日英同盟を結んでいるイギリスさえ躊躇する融資をシフが引き受けたのはポグロムに苦しむユダヤの同胞をロシアから救うためである。日露戦争後に起こるロシア革命ではシフはレーニンたちのボリシェビキ軍に多額の融資をした。1917年、帝政ロシアが崩壊し、ソヴィエト連邦が建国されたロシア革命は100年前からのロスチャイルド家の怨念とポグロムを繰り返してきたロシア人への報復であり、ユダヤ民族による世界統一への第一歩だったのである。
ーーさわやか易の見方ーー
******** 上卦は山
*** *** 止まる、蓄える、守る
*** ***
******** 下卦は天
******** 陽、豪、大
********
「山天大畜」の卦。大畜は大いに蓄える。資金、人材、知識、人徳を有り余るほど蓄えるのである。偉大なる王者が偉大なる国を建国するには壮大なエネルギーが必要である。先ず王者自身に偉大なる気力充実、何物をも恐れぬ勇気、溢れる見識、国民を包み込む人徳がなければならない。天の時、地の利を得て、大事業ははじめて成し遂げることが出来る。
2000年間、国家を持たず行くところで迫害に遭っていたユダヤ民族が始めて花開く時を得た。それが新天地アメリカである。建国したのはWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の勢力だったが、アメリカの指導層は100年前からは完全にユダヤ人の勢力に代わっていた。勤勉で頭が良く、忍耐強いのだから、頭角を現すのも当然だろう。
ユダヤ民族が優れた偉大な民族であることは理解できるが、彼らは余りにも長い間過酷な歴史に耐えてきた。苦労は人間を大きくはするが、一方で人間を卑屈にする。彼らが考えた共産主義は神も仏も存在しない唯物主義である。神を絶対とするユダヤ教の教えとは違うではないか。世界を共産主義で統一して自分たちだけはその上に立って神に仕えようとするつもりだろうか。そんなことを神が許すはずはない。やはり「和を以て貴しとなす」が正しい。
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ドイツとロシアに挟まれたポーランドには悲惨な歴史がある。東ヨーロッパの中でもポーランドは豊かな穀倉地帯として、15、6世紀にはハプスブルグ家にも匹敵するほど発展していた。ところが、17世紀になると、オスマン帝国の侵略にあい、さらに18世紀には衰えたポーランドをロシア、プロイセン、オーストリアが3度にわたって分割を迫り、全ての国土を取られてしまった。
ポーランドの貴族たちは1807年、ヨーロッパを席巻したナポレオンに頼み込んで、ワルシャワ公国として再建してもらった。しかしナポレオン軍のモスクワ遠征ではポーランド兵が必死に戦ったが、敗北とともに再びロシアの支配下になる。第一次世界大戦でドイツが敗れ、ヴェルサイユ条約により独立を果たしたが、1939年にはドイツがポーランドを攻撃、第二次世界大戦が始まる。戦後はソ連の衛星国家として44年間も共産主義体制を強いられてきた。
ヨハネ・パウロ二世(1920=2005)
ポーランド人はもともと信仰心の厚いカトリックト教徒である。神の存在を否定する唯物主義や共産主義には国民性がそぐわない。ポーランド人はユダヤ人にも寛容だったので、他のヨーロッパで迫害されたユダヤ人たちがポーランドに移り住んでいた。そのユダヤ人たちは南ポーランドのアウシュビッツ収容所でナチスドイツのために殺されてしまう。戦争中は「カチンの森事件」で2万2千人のポーランド将校がソ連軍により銃殺された。
ソ連の衛星国家となったポーランドはスターリンによる恐怖政治に苦しめられ、その後も圧政と貧困を強いられた。個人の土地は国有化され集団農場にされる。反対する活動家は投獄、抹殺された。市民は全ての希望を封じ込め耐えることだけの生活を送っていた。そんな折、1979年6月、ポーランド人ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が故国ポーランドを訪れた。宗教を弾圧されていた国民は熱狂的に迎える。ヨハネ・パウロ二世は「みなさん、恐れてはいけません。」と語った。
ワレサ(1943〜)
ヨハネ・パウロ二世から勇気と感動を受けたポーランド国民は立ち上がった。1980年9月、ワレサたちによって、独立自主管理労働組合「連帯」が結成された。「連帯」は労働組合から公然と反共運動を叫んだ組織であり、社会主義国家としては画期的な運動だった。ソ連が経済危機に伴い国力を低下させ、衛星国への影響力を弱めた背景もある。
ポーランドは西側諸国からの莫大な借金、国民の飢餓問題、64万人の働き盛り世代が難民になるどん底の状態に陥っていたが、日本などの先進国から経済、技術支援を要請し、大ピンチから脱した。1989年6月、非共産主義国家を成立させ、東欧諸国が一斉に民主化革命に立ち上がる「東欧革命」の先頭に立った。 東欧の民衆がソ連の一党独裁に対し、民主化を要求して立ち上がった革命運動は、1953年ベルリン暴動、1956年ハンガリー動乱、1968年プラハの春がある。しかし、その度にソ連軍によって、鎮圧され改革派の政治家は処刑されてる。民主化に向けた東欧革命のきっかけは1986年に起きたチェルノブイリ原発事故によりソ連の求心力が低下したこともある。
上の写真は1987年、ベルリンでのワルシャワ条約機構会議での東欧共産主義諸国の首脳たちである。左からチェコスロバキア、ブルガリア、東ドイツ、ソ連、ルーマニア、ポーランド、ハンガリー。この会議から4年後には全員、政治の表舞台から姿を消した。1989年は、ポーランド、ハンガリーの民主国家の成立、ベルリンの壁崩壊、ルーマニア政権の崩壊と続き、「東欧革命」「1989年革命」と呼ばれる。
〜〜さわやか易の見方〜〜
*** *** 上卦は水
******** 艱難、陥る、悩み
*** ***
*** *** 下卦は雷
*** *** 活動、志、始め
********
「水雷屯」の卦。屯(ちゅん)は産みの苦しみである。草木の芽が固い地面を突き抜けて地上に顔を出すことは命がけの困難が伴う。人間で言えば、一人の幼子が一人前の大人になるのは大変はことである。悩み多い思春期を乗り越え、狭き門を突破しなければならない。勇気をもって挑戦することも必要である。新しい道はそこから開けるものだ。
ポーランドを筆頭に東欧諸国は親日国が多い。東欧諸国は長い間ドイツ、ロシアの大国の狭間にあり、苦労した時代がある。日露戦争で大国ロシアを破った日本に尊敬と親近感をもっている。とくにポーランドはどうしたら日本の様に独立を保てるかを研究した。その中で「滅私奉公」の精神が国民にあることを学んだという。日本をお手本にしてくれる国が遠く東欧にあるというのは嬉しいではないか。
ポーランド人のヨハネ・パウロ二世は455年ぶりのイタリア人外での教皇である。母国ポーランドを始め、民主化活動の精神的支柱でもあった。そのため度々共産主義者から暗殺されかけた。「空飛ぶ教皇」とも呼ばれ、アメリカ、日本を始め世界中を訪問し反戦を訴えた。2003年、イラク攻撃に、「神の加護を」と正当化したJ・W・ブッシュ大統領に「神の名を用いて人を殺すな。」と不快感を示し「イラクでの戦争に正義はなく罪である。」と批判した。 |
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エズラ・ヴォーゲル(1930〜)
東西冷戦時代の日本はアメリカの傘の下に守られ、経済発展だけに集中していれば良かった。その間の石油危機もドルショックも見事に乗り越え、冷戦が終わった時には冷戦の勝者は日本であると言われる繁栄を手にしていた。1979年に大ヒットしたアメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルの著書「ジャパン・アズ・NO.1」によると、日本は世界の模範であり、日本人に学ぶべきだというものだった。
ヴォーゲルは戦後の高度経済成長の要因を分析し、日本的経営と日本人の習慣をを高く評価した。日本人の数学力はイスラエルに次いで2位、1日の読者時間は米国人の2倍、新聞の発行部数は世界1である。優秀な通産省や大蔵省官僚たちが主導する経済関与が日本の競争力を高めている。民間企業の技術革新は目覚ましく、国民の貯蓄率は群を抜いて高い。まさに1980年代は日本経済の黄金期だった。
レーガン大統領(1911〜2004)
日本の製造業はついにアメリカにも負けない製品を生産、輸出していた。1960年代後半からは日米間の貿易収支は常に日本が優位に立っていた。60年代には繊維製品、70年代には鉄鋼製品、80年代にはカラーテレビなどの電化製品、そして自動車までアメリカをしのぐ競争力だった。当然ながら日米はライバル関係になる。
さすがの世界の王者・アメリカも黙っていられなくなり、1980年代になると、日本製自動車をハンマーで壊すなどの抗議活動が始まった。1985年、対日貿易赤字が500億ドルに達すると深刻な「日米貿易摩擦」が起こった。様々な対米輸出規制がとられたが、日本の勢いを止めることは容易ではなかった。安くて良いものが世に出るのは自然であり当然だからである。
ニューヨーク・プラザホテル
1985年9月、アメリカの対日貿易赤字はドル危機の再発も警戒された。日本からは竹下登蔵相が出席した先進五か国(米、英、仏、西独、日)蔵相会議では自由貿易を守るためにも円高ドル安路線への協調誘導することで合意した。会場がニューヨークのプラザホテルだったので、「プラザ合意」と言われる。その結果、1ドル230円したものが1年後には1ドル150円になった。
急激な円高は日本では株式投資、不動産投資がブームとなり、海外旅行が流行、バブル経済が始まった。ところが、日米貿易不均衡は殆んど改善しなかった。苛立ちを募らせたアメリカは制裁を伴う新貿易法「スーパー301条」を振りかざして対日強硬措置を迫ってきた。この頃のアメリカの雑誌には「日本叩き」「日本封じ込め」「日本との戦争は不可避」」というタイトルが表紙に上っていた。
トイザらス
日本企業は円高対策として海外への工場移転、アメリカでの現地生産で高い競争力を維持していた。「プラザ合意」も「スーパー301条」も功を奏さなかったアメリカ財務省は日米の社会構造を徹底的に分析する。日米の商習慣、流通構造の違い、国民性、文化の違いを指摘して日本の社会構造に手を付けることにした。それが「日米構造協議」の始まりであり、ブッシュ大統領(父)自ら日米首脳会議に乗り込むことになった。
先ず、アメリカは世界に流失するジャパンマネーの国内閉じ込めのため、GDPの10%を公共事業に配分することを求めた。次に日本の農地課税が宅地の80分の1であり、地主が資産として売らないことを指摘、土地税制の是正を求める。小売り商店街を守るための大規模小売店舗法を廃止させ、大型量販店の自由出店を認めさせた。おもちゃの量販店「トイザらス」が出店したので「トイザらス協議」とも呼ばれた。
〜〜さわやか易の見方〜〜
******** 上卦は火
*** *** 文化、文明、太陽
********
******** 下卦は天
******** 陽、強、大
********
「火天大有」の卦。大有とは豊作、盛大、裕福を表し、誠に盛運極まりない状態である。何をやっても順風満帆、全てが絶好調である。しかし、どんな盛運にもつまずきの要素は内蔵している。君子は盛運にも決して有頂天にはならない。次なる変化に目を凝らし、耳を傾けるものである。
日米貿易摩擦から30年、現在は米中貿易摩擦が深刻になっている。アメリカにとっては日本は軍事力がなかったので、抑え込むことが出来たが、中国は軍事についても抑え込まねばならない。トランプ政権の行く手を阻む最大の壁だが、どう乗り越えるのか。北朝鮮というカードをどちらが、どう使うのかが見ものである。
現在の日米関係は「日米同盟」と言われるほど親密度を深めている。トランプ大統領は安倍首相を信頼しているように見える。しかし、アメリカが最も脅威を感じているのは日本ではないだろうか。日本経済は強くなっても弱くなっても問題である。それにしても、日本人の学力は以前より遥かに下がっているという。これは情けない。日本の資源は人材しかないのだ。がんばれ、日本人! |



