十年程前に「失楽園」が映画でもテレビドラマでも大ヒットしました。 映画では黒木瞳と役所公司が主役を演じて好評でした。これは渡辺惇一の小説ですが、ざっとこんなストーリーです。 役所公司が演じた久木はある出版社の元エリート編集長ですが、 五十代始めに出世競争から外されて、閑職である調査室という 部署へ配属されています。仕事一途の人生を考え直す毎日を送っています。 一方、黒木瞳が演じた倫子は大學の医学部長の夫を持つ三十代半の 奥様で、趣味の書道は講師を務めるほどの腕もある着物が似合う 美人です。余りに実務的な夫と殆んど会話すら無くなっています。 この二人が出会って恋に落ちて行きます。 お互いに求めていた部分がぴったりと満たされたのです。 二人の相性はぴったりです。 会う度に二人の恋は深まり抜き差しならぬ関係となって行きます。 今まで築いて来たお互いの家庭は徐々に綻んで来ます。 こうして、二年程が過ぎた頃、二人を待っているのは破局だけです。 全てを失っても離れられない二人は決心します。 晩秋の軽井沢。 この世に生を受け、真実の恋に巡り合えたことに感謝しつつ、 二人は抱き合ったまま青酸カリの入ったワインを飲み干します。 愛し合った二人は何故、新しい人生を始めようとしなかったの でしょうか。 その答えを易学的に見ますと余りに相性が良いカップルは「水火既済」の卦。
既済(きせい)とは「既に成る」つまり出来上がり、完成の意味で良い卦ではあるが、 無活動になることを予測します。 つまり、いまさら新しく何かと闘争しようという力が涌いて来ないのです。 関連する話として家族編に「相性の悪い夫婦」があります。 http://blogs.yahoo.co.jp/kanouyuukou/8346546.html 男と女の関係はなにもかも相性がピッタリよりも、相性が合わない処もあり、少し喧嘩する位の方が幸になれるものです。 |
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2006年12月14日
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例によって、寅さんが地方のある旅館で金もないのにドンチャン騒ぎをした。支払いが出来ないので旅館から帰ることも出来ません。それを知って妹のさくらがわざわざ、お金を持って、寅さんを引き取りに
行きます。 「とらや」の家族は「又、やったよ。」と言ってカンカンです。 おばちゃんから「一言、ガツンと言ってやってよ。」頼まれたのはさくらの夫 である博さん。 博さんも、今度こそは許せないと思っています。 帰って、気持ちよく 酒を飲もうとしている寅さんに向かって切り出します。 博「兄さん、今日は言わせて貰います。兄さんも少しはおじちゃんや おばちゃん、僕たちのことも考えてくれませんか。 さくらが持って行ったお金だって、あれは僕たちが少ない収入の中から 満男の学費にしようとして、一生懸命貯めたお金なんですよ。」 寅「そうかい。それは悪かったね。お金ならさ、ちゃんと返すからさ、 そう、目くじら立てて怒るなよ、酒が不味くなっちゃうよ。」 博「返してくれと言ってるんじゃありませんよ。兄さんももういい加減に フラフラしてないで真面目になってくれませんか。」 寅「俺がフラフラしてるって、冗談言っちゃいけないよ。俺は俺なりに苦労 してるんだ。お前達にはフラフラに見えるのか。そうかい、そうかい、 どうせ俺は遊び人よ。どうせ俺は、ヤクザな兄貴よ。それで文句がある のかい。」 博「気に障ったら、謝ります。でも、言わせて下さい。人間というのは、 それぞれ、生まれた環境や与えられた条件の中で、それぞれ何か大切 なものを守る為に、少しくらい嫌なことも我慢して、一生懸命生きて 行くことが大事じゃないんですか。それが、人の義務じゃないですか。 それが、人の道ではありませんか。」 寅「ホゥ、人の道と来たか。上等だよ。結構、毛だらけだね。いいか、博、 人の一生なんて、儚いもんだよ。短いもんだよ。何時死んじゃうか、 分からないんだよ。どうせ短い人生よ、嫌いなことを我慢だって、いやだね。 俺は好きなように、行きたいね。好きな女に恋をして、パッと咲いてパッと散る、 それでいいのさ、それが俺の人生よ。」 博「それは自分勝手です。無責任です。それじゃ、動物と同じじゃありませんか。」 寅「動物?、ヒロシ、お前、それを言っちゃぁおしまいよ。」 こんな、会話。「フーテンの寅さん」にはありそうな場面ですね。
これを易学的に見ますと、八卦の艮(ごん)山の卦と兌(だ)沢の卦とを考えて下さい。 山の性質である努力型の要素が強い人と、沢の性質である自由人型の要素が強い人の会話です。 「艮の卦と兌の卦」についてはhttp://blogs.yahoo.co.jp/kanouyuukou/4647899.html この二卦は相対とともに相待です。寅さんの家族も寅さんと本気で対立してはいないのです。困った存在ではありますが、本当は、寅さんが大好きなのです。勿論、寅さんも博さんにはいつも感謝しているし、この家族が大好きなのです。相対と相待で調和がとれているのです。寅さん映画が大ヒットしたのはこんな所にもあるのです。
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日本歌謡史に燦然と輝く、古賀メロディー。古賀メロディーの深く、悲しく、哀愁に充ちた曲は、どうして出来上がったのだろう。 彼の幼少期の体験を抜きには考えられない。 政男の故郷は北原白秋で知られる水郷の里,福岡県柳川の近くである。 美しい田園風景は後に「誰か故郷を思わざるの」メロディーとなった。 7歳で、父に死に別れ、一家は朝鮮に渡る。貧困、兄弟との確執、 感情起伏の激しい少年時代を過ごした。 彼を支えたのは母への思慕と音楽への強い情熱であった。 マンドリンとの出会いは中学三年生の時、彼の理解者であった四兄から送られたという。 商業学校を出て大阪のある商店に勤めたものの音楽の夢捨てがたく、 苦学して明治大学へ入学しマンドリン倶楽部の創設に参画した。 演奏への打ち込み様は大学時代に謎の自殺未遂もあったと言うから、 尋常では無かったであろう。 結婚にも失敗しており、その後生涯独身を通す。常に孤独が同居していた。 古賀メロディは日本人の琴線に触れる寂寥感や哀愁が長く愛される由縁ではあるが、 そのエネルギーとなったものは悩みである。 「八卦の説明」の「坎の卦と離の卦」をご参照願いたいのだが、坎の卦と離の卦は
悩みと開花をあらわし、相対と相待の関係にあります。 芸術的表現は必ずその裏に、深い悩みの蓄積があるものです。 ベートーベンもモーツアルトも名曲の生まれる源には必ず、苦悩があります。 坎の卦と離の卦についてはhttp://blogs.yahoo.co.jp/kanouyuukou/4648137.html 平凡な生活の中からは偉大な芸術は生まれないと言うことですね。 |
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