さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

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朝焼け小焼けだ 大漁だ オオバいわしの大漁だ。 浜は祭りのようだけど 海のなかでは何万の いわしの弔い するだろう

「この詩にはアッと言わせるようなイマジネーションの飛躍がある」(西條八十)
これは、大正13年の金子みすずの「大漁」という詩だ。

みすず(本名テル)は山口県の港町、仙崎の恵まれた家庭に生まれたが、3歳で父を亡くした。
兄と弟がいた。1歳だった弟正祐(まさすけ)は手広く書店を営む子供のいない母の妹夫婦の
実の子として育てられる。

みすず16歳の時その叔母が亡くなり、母が後添えとして再婚することになる。
4年後に兄の結婚を機にみすずも同居することになった。

その頃からみすずの投稿する詩は「童話」「婦人倶楽部」「婦人画報」「金の星」などの
雑誌に掲載され、当時の巨匠・西條八十からは「若き童謡詩人の巨星」と絶賛されていた。

作曲家を志す正祐は実の姉とは知らずにみすずの詩に感激し特別の愛着を抱いた。
みすずの詩を作曲し世に出すことを夢に見て、詩や唄について毎晩遅くまで語り合ったが、
詩への愛着はいつしか強い恋へと発展してしまった。

二人を心配した養父は姉弟を引き離すためにみすずを店の番頭と無理やり結婚させることに。
猛反対した正祐はみすずが実の姉と知らされ衝撃を受け家を捨てる。

文学に無理解な夫とは始めから衝突が続き、葛藤はみすずを追い詰めた。
夫は試作を禁じ、投稿仲間との文通も禁じた。女遊びを繰り返す夫からは淋病も移される。

逆境の中でもみすずは持ち前の優しさと広い心で夫を愛そうとしたが、
ついに夫には伝わらず離婚し愛娘を残したまま自殺した。26歳の生涯だった。

弟の正祐は作詞家上山雅輔という名で「買い物は自転車に乗って」等のヒット曲を作り、
戦後は劇団「若草」を創設し多くの俳優を世に送り平成元年世を去った。

金子みすずの詩は時代を越えて、人の心を潤す井戸の清水のようだ。井戸のことは易学では「水風井」である。「井は、邑を改むれども井を改めず。喪ふなく得るなし。」邑(町や村のこと)の名を変えることがあっても大切な井戸はそのまま残すものであり、真実なるものは減ることもなく増えることもない。

金子みすずの詩は死後、約半世紀の間、忘れられていた。

晩年まで上山雅輔氏が秘蔵していたみすずの500編に及ぶ遺稿集を
童謡詩人である矢崎節夫氏が発見し、世に出ることになったのである。

井戸の清水のように蘇えったのは昭和57年のことである。

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