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李鴻章 1823〜1901。
中国では昔から夷を以て夷を制す「以夷制夷」という戦略があったが、それは中国が揺ぎ無い大国であったときの話である。ここでの李鴻章のとったロシアへの干渉依頼は国を滅ぼす行為となった。
列強は清国をどう分割しようかと談合を重ねていたのだ。まさに中国は列強に食い尽くされ、半植民地になりつつあった。
先ずロシアは南下政策に弾みをつけ、遼東半島の旅順、大連を、ドイツは膠州湾と青島を、フランスは広州湾一帯を、イギリスは九龍半島・威海衛と香港対岸の新界を租借した。
当時、租借とは実質的な割譲を意味する。全て三国干渉後の3、4年の間に行われた。
一方で由々しきことが起こる。日本のおかげで「大韓帝国」として独立国となった韓国が、あろうことかロシアに近づき始めた。閔妃一族は宗主国・清を倒した日本は三国干渉で列強に屈したのだから、やはり強いのは列強だと判断した。強い国に自国を委ねる「事大主義」である。
韓国の親露ムードに乗ってロシアは南下政策をさらに進める。散々邪魔をした、目の上のタンコブ・日本を潰してしまえという意図である。日本にとっては正に絶対絶命のピンチだ。
30年の明治政府の努力は水の泡なのか。東洋のチャンピョンは世界では通用しないのか。日本では国家予算の大半を軍備に注ぎこんだ。ところが戦争には勝ったが富国強兵どころか、「貧国強兵」で少しも豊かにならない。不満を募らす国民。明治政府の「臥薪嘗胆」の時代は続く。
******** 上卦は山。
*** *** 動かざるものを表す。
*** ***
******** 下卦は風。
******** 入る。風化させる意味。
*** ***
「山風蠱(こ)」の卦。蠱(こ)は皿の上に虫が集まっている象である。皿は御馳走を表すので、中国という肥沃な土地に列強が集まっているとも言えるだろう。又、泰平が長く続けば、内部に腐敗と混乱が進行するとも言える。同時に新生、革新の時代でもある。
西郷さんが提唱していた日本、清国、朝鮮の三国同盟が出来ていればどうなったであろうか。
実現したかどうかは別にして話し合いくらいはさせて上げたかったと思ってしまう。
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