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李香蘭。1920〜
しだいに暗い空気に包まれて来る戦前の日本ではあるが、日本人は歌や映画が大好きである。2・26事件のあった1936年(昭和11年)頃から多くの名曲が世に出た。
昭和11年には「東京ラプソディ」(藤山一郎)、昭和12年には「別れのブルース」(淡谷のり子)、昭和13年には「支那の夜」(渡辺はま子)、「旅姿三人男」(ディック・ミネ)、昭和14年には「明月赤城山」(東海林太郎)、「九段の母」(塩まさる)などである。
映画では昭和13年から14年にかけて製作された「愛染かつら」3部作が大ヒット。田中絹代演ずる子持ちの未亡人と、上原謙(加山雄三の父)演ずるエリート医師のすれちがいメロドラマである。逆境から必死に幸せをつかもうとするヒロインのハラハラドキドキは女性たちの心をとらえた。「♪花も嵐も踏み越えて〜♪」で始まる主題歌「旅の夜風」も大ヒットした。
昭和15年にはヒット歌謡曲「支那の夜」が映画化された。主演は当時人気絶頂の長谷川一夫と李香蘭。舞台は日中戦争下の上海。日本人船員と戦争で両親を失って日本人を憎む中国人女性との恋愛ドラマ。映画では主題曲「支那の夜」と「蘇州夜曲」を李香蘭が歌ったので、若い男たちはその甘い歌声と異国情緒の美しさにひと時の夢を見た。
昭和16年2月。その李香蘭が東京有楽町の日劇でコンサートを開くとファンが押し掛けた。何と劇場の周りを7周半も取り囲み、警官が出動する「日劇7周り半事件」が起きケガ人まで出た。
李香蘭は満州生まれの日本人。17歳で満州映画から歌える中国人女優としてデビュー、その美貌と才能でたちまち大スターに。次々と歌と映画のヒットを飛ばす。日本人であることを隠して居た為、終戦時には中国側の戦犯容疑にもなった。戦後は本名・山口淑子で映画界に復帰、テレビ司会者、国会議員としても活躍する。
******** 上卦は山。
*** *** 動かざるもの。社会を表す。
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******** 下卦は火。
*** *** 文化、文明、才能を表す。
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「山火賁」の卦。賁(ひ)は飾る、美しくみせること。文化とはその時代の美しさを発揮することである。しかし文明も過度に進むと頽廃美が好まれるようになる。賁の美はそんな危険も少し感じさせる。
この時代のヒット曲にはどことなく哀愁が漂う。人々は先行きに不安を感じながらも、切なくも美しいものに心を寄せた。
時代は大きな潮流のように個人の意思を無視して刻々と動きを止めない。
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