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坎 為 水
(序卦伝)物は以て過ぐるに終る可からず。故に之を受くるに坎を以てす。坎とは陥るなり。
(卦辞)習坎は孚有り。維れ心亨る。行きて尚ばるる有り。
(大象)水洊に至るは習坎なり。君子以て徳行を常にし、教事を習ぬ。
大過の英雄は末路に必ず穴の中に落ち込むのである。しかし、苦労は人を深くし、新たな勇気や力を生ぜしめる。
坎(水)は孚(誠)の道である。この卦は九二と九五が1、至誠の徳、2、剛強の徳、3、中庸の徳によって険阻艱難なる時代に処して行くのである。
艱難、汝を玉にする。「憂きことのなほこの上につもれかし限りある身の力ためさむ」の概を要する。
坎為水は意志の原則
艱難に陥る卦であるので全ての爻は危険であり凶である。初六、六三、六四、上六は艱難に喘いでいる。その中、六四だけが九五を援けるため創意工夫を凝らしているので最後は咎なし。
九二「坎にして険あり。求めて小しく得。」少しづつ立ち直るしか方法はない。王陽明の詩に「坎に遭うて稍餒うる無き」ものである。
九五の君子は艱難の中に身を置き、じっと次の変化を待つことしか出来ない。険難ここに至って全く平坦に帰する。然し要するに坎の中である。深潜剛毅を要する。
西郷隆盛。1827〜1877 西南戦争に見る坎為水
鹿児島に戻った西郷を中心に、篠原国基が「銃隊学校」、村田新八が「砲隊学校」を主催し士官養成学校をつくる。勢力の拡大に事態を重く見た明治新政府は鹿児島の火薬庫から爆薬を運び出そうと試みた。私学校の青年たちは爆発し戦争へと決起する。静観していた西郷であったが、「この身体をお前さあに差し上げもんそ。」と決起に同意した。
西郷は明治政府の方針について最も不満であったのことは「脱亜入欧」だろう。西郷は欧米先進国を機械文明の先進国とは見ても道義的文明国とは見ていなかった。「彼らは道ならずして弱国を奪うではないか。真の文明国とは外には道義をもって立ち、内には道義の行われる国をいうのだ」と言っている。
徳川300年の儒教を中心とした精神文化は維新後も守るべき貴重な教育の柱である。日本の文化を否定し全てを外国に習おうとする政府の方針は許せない。防衛の基本はロシアと欧米の進出を防ぐことにあり、その意味でも清国、朝鮮国との亜細亜三国同盟が必要不可欠である。
西郷は征韓論に破れ、野に下ったというが、「三国同盟は必要である」の思いは諦めてはいなかったのではないか。生涯最後の仕事として自ら中央へ進出して政権を取り戻して三国同盟を成立させ、道義国家実現を目指そうと考えたのではないだろうか。 |

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