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金日成。1912〜1994
北朝鮮は1980年代後半、ソ連からの石油、食料の友好価格(市場の半値以下)もなくなりいよいよ経済が立ち行かなくなりつつあった。(中国も市場経済に舵を切り韓国との接触が始まる。)そんな時、長く国交がなかった北朝鮮と日本が初めて公式に会談することが決まった。
首相・海部俊樹は喜んだ。もし両国に国交の風穴が開くことになれば、歴代内閣にもできなかった快挙であり、とかく無能呼ばわりされる海部が歴史に名を残すことにもなる。7年前に日本の漁船・第18富士山丸の艦長と機関長を脱北兵士を匿った罪(2人には何の罪もない)で拘束されていたので、2人を救出するチャンスでもある。又はっきりしてきた拉致問題にも進展があるかも知れない。海部の夢は膨らむ。
1990年(平成2年)、副総理の金丸信を団長に野中公務、石井一、武村正義ら自民党議員13名と田辺誠を代表とする社会党議員10名の訪問団が平壌に向かった。一行は平壌で市民2万人によるマスゲームの歓迎を受ける。感動の余韻が覚めやらぬ一行に「明朝首席との会談の用意が出来ました。これより妙高山へお連れします。」と言われ、3時間かけて真夜中の景勝地・妙高山に到着。宮殿のような金日成の別荘で翌朝、金丸、田辺、金日成の三党トップ会談が開かれた。
席上、金丸は金主席から「遠い所をようこそ、まるで旧い友達に会ったようです。」日本語での丁重な挨拶に金丸は感激、「金閣下とお会いできて光栄です。私も始めてとは思えません。」拘束中の2人の釈放も主席から快諾を得、一行が待つ部屋に戻った金丸は上機嫌。その後一行とともに金主席は記念撮影をし、午餐会。ここでも金主席の気配りは続いた。乾杯しながら各テーブルを回った。北朝鮮の高官たちから「こんな光景は見たことがない。」と興奮して言われた。
一行は金日成について「恐いと思っていたが、案外優しい人だ。」「やはり人間同士腹を割って話せば解り合えるのだね。」「我々は誤解ばかりしていたようだ。」印象はすこぶる良かった。一行が平壌へ戻ろうとすると、金主席の側近が慌ただしく。「金主席が金丸先生と二人だけでゆっくり話をしたいと希望しているので是非とも残って貰いたい。」金丸は一行に「主席からのたっての希望とあっては残らない訳にはいくまい。」と言って秘書とSPの3人で残ることになり、一行は平壌に戻った。
*** *** 上卦は水。
******** 問題。悩み。
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******** 下卦は火。
*** *** 文化。文明。
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「水火既済」の卦。既済(きせい)とは全てが成就すること。出来上がることである。ことが順調に運び、このまま行けば完全試合が達成する。恋愛がうまく運び夢が実現しそうだ。易には「初め吉にして、終わり乱る。」とある。
日本の謝罪外交に「何をおっしゃる、こちらこそご迷惑をお掛けしました。これからはお互い過去のことは水に流して、仲よく行きましょう。」こんなうまい具合にことが運べば良いのだが。外交はそんなに甘くはない。
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