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聖徳太子。574〜622
「知致」8月号の特集は「知命と立命」であった。最も印象に残った記事は「聖徳太子『憲法17条』を活学する」というタイトルで永崎淡泉氏が寄稿した一文であった。
日本は歴史上、国際的に独立を果たしたことが、3度ある。最近では終戦による占領から独立を果たした昭和27年。その前は明治維新。そして最初の独立が、聖徳太子による随の王に対して「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや。」という国書を遣隋使に届けさせ日本が独立を宣言したことである。607年、太子が33歳のときである。
実はその7年前に、日本の遣隋使は隋の文帝から文化の低い未開発国としての扱いを受けている。実際に当時の日本の生活は貧しく、政治制度も充分整っていなかった。遣隋使からその報告を聞いた太子は衝撃を受け、大改革に取り掛かった。
天皇を中心に中央集権制度を整え、憲法17条を定め、冠位12階を制定。朝鮮半島への争いから手を引き、内政充実に力を注ぐ。そうして屈辱から7年、再び遣隋使を派遣し、随の皇帝に対し堂々と独立宣言を行ったのである。その時、遣隋使を務めたのが小野妹子(男性ですよ。)である。
憲法17条の始めには有名な「和を以て貴しとなし、忤(さから)う無きを宗とせよ。」があります。2番目には「篤く三宝を敬え、三宝とは仏、法、僧なり。」そして9番目には「信は是れ義の本なり。事毎に信有れ。」があります。
決して難しい言葉はなく、簡潔にして根幹を押えたものです。この憲法の精神があればこそ、天皇を中心に飛鳥文明の花が開いたのでしょう。
私は最近、日本人は「原点に帰る。」ことが大切と思うようになりました。国家も個人も迷い込んだら基に戻ることです。それぞれが原点に帰って見れば、次の一歩が始まるのではないでしょうか。
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