さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

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知致10月号のテーマは「心を高める。運命を伸ばす。」である。私が最も感動した記事は稲盛和夫氏と横綱・白鵬との対談である。
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白鵬翔。1985〜 
 
白鵬の話から
「先輩から『心技体とは心が中心でその下に技と体がくる。とにかく心が八割で、技と体は二割だ』と教えていただきました。」
「私は16歳で初土俵を踏み、19歳で新十両に上がりました。その2年半が濃かったんですね。一日三回は泣いていました。」「稽古するだけだと思っていたら、まったく違ったんです。先輩より早く起きて土俵の掃除をして、そこから稽古をして、終わったら片づけをしてお風呂に入る。そのお風呂の掃除もやる。それからちゃんこ鍋もつくるし・・・」「モンゴルでは『あそこの息子が逃げ帰ってきた。』と噂になっていました。だから、自分は何があっても帰れない。逃げ帰ったら親の顔に泥を塗ることになる。そういう思いで我慢していました。」
 
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稲森和夫氏。1932〜 
稲盛和夫氏の話から
「倒産したJALを救うことは3万2千人の職を確保すること、同時に日本経済にとっても大事なことだと思った。神様がいるとすれば、その必死さをかわいそうに思って手伝ってくださったと思います。」
「社員、幹部の意識改革に努めたところ、その意識が変わり、同時に業績も向上していったのです。」
「結核は患う、中学受験には二度も失敗する、大学受験も失敗し、就職した先も赤字会社。ずっと自分はついていない人生を送っていくものとばかり思ってましたが、心のありようを変え、懸命に仕事に打ち込みました。研究室に寝泊まりし、ごはんもそこで炊いたりして、文字どおり寝食忘れて研究に没頭する時期が二年くらい続きましたが、すべてを忘れて研究一途に打ち込んだことが、私の人格形成の原点となったし、運命が好転していったきっかけだったと思っています。」
「30年ほど前、謂れのないことで大変な誹謗中傷を受けた時期がありました。ご指導いただいていた西片擔雪(たんせつ)ご老師に相談しました。その時、ご老師は『稲盛さん、それは生きてる証拠ですよ。』とおっしゃった。『人間、そういう災難に遭うことは致し方ない。その災難はいままであなたがつくってきた業が原因なのだ。しかし災難が表れたということは、過去の業が一つ消えたことである。世の中には命を取られたり、肢体不自由になるような災難に遭う人もある中で、その程度の誹謗中傷で済んだなら、お祝いせんといけませんよ。』と言われました。
「『才能を私物化してはいけない。』と常々自分に言い聞かせてきた。」
「生まれた時より少しでもましな人間になる、すなわち、わずかなりとも美しく崇高な魂になって旅立つことが、この世での努めだと思っています。」

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