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良寛記念館からの夕日 今よりは ふる里人の 音もなし 峰にも尾にも 雪のつもれば
柴の戸の 冬のゆふべの さびしさは うき世の人の いかで知るべき
良寛の五合庵の生活はいかがであったろうか。一軒一軒托鉢して歩く良寛はどんな思いであったろうか。雨の日も風の日も国上山の急坂を下って人里へ行き、燕、島崎、出雲崎のどこかを毎日歩いた。東北の農民は見知らぬよそ者を簡単に受け入れない。始めの内は相手にもされなかったであろう。それでも飽きることなく歩くうちに、その謙虚な姿に次第に親しみを持ってくれたようである。
良寛があくまで托鉢僧として寺を持とうとしなかったのは、当時の仏教界に対する痛烈な抗議の思いがあったのだ。江戸時代は僧侶が幕府によって保護された時代であった。反面、僧侶が最も堕落した時代でもあった。僧たちは競って名利を求め、檀家の施しを受けて贅沢に暮らすものもいた。良寛は出家して僧になりながらも修行心を捨てた僧が許せなかった。
良寛は世の中の動きを見るにつけ、時代とともに移り行く世間の常識にも冷ややかな目で見ている。
昨日の是とするところ/今日また非/今日の是とするところ/いづくんぞ昨非に非ざるを知らんや/是非に定まれる端なし/得失あらかじめ期し難し/愚者はその柱(じ)を膠(こう)す/何の参差(しんし)ならざることをあらん/知あるものはその源に達(いた)り/逍遥、しばらく時を過ごす/知愚ふたつながら取らず/始めて有動の児と称せん
「柱(じ)を膠(こう)す/何の参差(しんし)〜」の意味は柱(じ)は琴柱(ことじ)のことで、琴の弦に立ててそれを移動して音の高低を調節する為の具のこと。膠(こう)すとは膠(にかわ)で塗り固める意味で「柱(じ)を膠(こう)す」とは音程を変化させることが出来ない。参差(しんし)は食い違い。つまりは、愚者は考えを変化出来ずに食い違いに気づかないという意味である。
良寛は昨日と今日で変わる世間の常識に流される生き方に警鐘を鳴らした。もっと本源的な処に心の拠り所を置けと言っている。良寛は道元禅師の教えに従い短い人生を最も尊いものだけを求めて生きようとしたのだ。それは名でも利でもない心の豊かさである。何も持たない良寛こそが実は最も豊かな人だったのではないか。
******** 上卦は風
******** 従順、何処にでも入る。
*** ***
******** 下卦は山
*** *** 動かざるもの
*** ***
「風山漸」の卦。漸はゆっくりと着実に進むこと。樹木が目には見えない速度で着実に伸びていく象である。大きな希望を実現させようとするときは、急いではいけない。着実に一歩一歩進んでいくことが重要である。
良寛は最も大切なものを向きになって求めた。始めは理解する人もいなかっただろう。しかし、徐々にではあるが理解者が増えてきた。やはり諦めてはいけない。「継続は力なり」良寛に学ぶところは大きい。
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