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メック夫人。1831〜1894
モスクワ音楽院の教師だった28歳のチャイコフスキーはボリショイ劇場でイタリア歌劇を観賞した。その歌劇のプリマドンナであるベルギー出身のソプラノ歌手デジーレ・アルトーを知る。彼女に曲を贈ったことがきっかけで急速に恋に発展し、婚約にまで進んだ。しかし、彼女の親も遠距離を理由に反対し、師のルビンシュタイン兄弟も未だ修行の途中であると反対した。そうこうする内に、アルトーはスペイン人のテノール歌手と電撃結婚してしまう。あえなく婚約劇は破談になった。
それから10年後、教え子でもある28歳の貴族の令嬢アントニーナから熱烈なラブレターが届く。家柄も良く美人でもあるので、37歳のチャイコフスキーは年老いた父や親族にも安心させる必要もあり、意を決して結婚することにする。挙式の立ち合いは双方とも友人が数人というさっぱりしたものだった。ところが、交際3か月のスピード結婚は、実質80日、共に暮らしたのは33日という短い期間で破局してしまう。
チャイコフスキーの結婚生活は2人きりでいる時間、空間が耐えられないものだった。2週間で神経衰弱に陥ってしまい、妹夫婦の住むカメンカに逃げひと夏を過ごした。再びアントニーナと生活しようとしたがダメだった。モスクワ川に身を投げようとしたが未遂に終わる。弟とニコライ・ルビンシュテインが仲介に入り、アントニーナに離婚の話をする。その後友人が交渉するが離婚成立にはならない。あくまで同居か生涯の金銭補償を求められ、チャイコフスキーは後者を選び、彼女に生涯に渡り仕送りを続けることになる。
結婚の半年前、チャイコフスキーにある資産家夫人から編曲の依頼が舞い込む。モスクワ在住の貴族メック夫人であるが、彼女はチャイコフスキーの音楽に心酔し、お金の心配をせずに作曲に専念できるよう支援すると言ってきた。音楽院での年俸の2倍になる6000ルーブルを毎年支援するというのだ。38歳で音楽院を退職、チャイコフスキーは音楽活動に専念する。メック夫人というパトロンを得たことがチャイコフスキーが大作曲家になれた最大の幸運である。
メック夫人の支援は13年間続く。その間二人の間では1300通もの手紙のやりとりがあったが、一度も面会していない。当初からお互いに合わないという約束をしていたというが、チャイコフスキーは結婚するときも、破局したときも、その都度細やかに心境を伝えている。9歳年上の未亡人であるメック夫人との手紙はどんな内容だったのだろうか。しかしチャイコフスキーが50歳になったとき、突然経済的理由で送金が停止され交際も断られる。チャイコフスキーは信頼を裏切られ、プライドを傷つけられた。
******** 上卦は火
*** *** 文化、文明、才能
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*** *** 下卦は水
******** 困難、悩み、陥る
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「火水未済」の卦。未済(びせい)は既済(きせい)の完成とは反対に成るものが成らないことを表す。ちぐはぐで、どこかがおかしいのである。努力すれば全てが報われるのが世の中ならいうことはない。しかし、どこか目には見えない所に原因があって、なかなか報われないものである。そんなことを教えてくれる卦である。
チャイコフスキーも結婚に失敗し、傷心を抱えてスイスやヴェネチアに旅をしている。その旅先で作曲した「交響曲第4番」をメック夫人に献呈しているが、今日チャイコフスキーの代表作とも言われている。才能の開花は悩みの後にくるもののようだ。易でも才能を表す「火」と悩みを表す「水」は表と裏の関係にある。
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