さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

さわやか易・親分と姐さん編

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今の世の中、ストレスが溜まる様なことばかりで面白くない。

「さわやか親分」はセコセコ損得ばかり云ってる奴が大嫌い。

「さわやか姐さん」はチャラチャラした男と女が大嫌い。

二人の話を聞いて「そうだ。」と言ってくれたら嬉しいね。

ストレス発散のため、言いたいことを言わせて貰います。(猶興)
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親分、アラビア半島の中心にあるサウジアラビアについて聞きたいんだけど、サウジはイスラムの聖地メッカがある国ですよね。それなのに、どうしてサウジは親米なんですか?

あのなあ、サウジと言えば、最大の産油国で大金持ちで、アメリカとも親しいし、日本とも石油を通して親密だから、真面目な国だと思うだろう。ところがな、あんなイカサマな国はないんだぞ。なにしろ、イスラム教の本拠地である国にアメリカの軍事基地があるんだから可笑しな話だろうが。

成る程ね。アメリカは反イスラムですからね。

サウジアラビアという国名は「サウドのアラビア」からきているんだ。そもそもサウド家は厳格なイスラム原理主義「ワッハープ派」を奉じることで、イスラム教徒が集まって1932年に出来た国なんだよ。始めは貧乏な国だったんだが、戦後石油を採掘、輸出するようになったので、一躍大金持ちになるんだな。いつの間にか、イスラム教徒の中心であることを忘れて、金の亡者になってしまうのさ。



アバヤをまとった女性

でもサウジは厳格なイスラムの国で酒も禁止だとか、女性は外出中は顔を隠さなければいけないとか、運転免許も取らせないとか聞いていますよ。

そういうところだけは今でも厳格なんだが、金のある王家一族たちは贅沢三昧で暮しているんだ。サウジがアラブの真ん中にあって、イスラム教徒のリーダーにならないから、中東は複雑になり、問題ばかり起きると言ってもいいくらいなんだよ。そもそもサウジはヒジャーズ王国だったハーシム家を滅ぼして王国をつくるんだが、ハーシム家はその後イラクとヨルダンに別れるんだな。だからイラクもヨルダンもサウジは敵なんだ。

そう言えば、もともと中東はオスマン帝国が支配していたんですよね。本当はサウジがオスマンの後をつがなけきゃいけませんよね。その役割を果たさないんですか?

エジプトが中心になってイスラエルと中東戦争をやっても、サウジは英米の顔色を見て、ちっとも協力しないのさ。だからいつもアラブは負けちゃうのよ。

サウジはもとは厳格なイスラム原理主義者の集まりですよね。国内でも反対を叫ぶ人はいないんですか?

いるよ。ところがその反対する者を金と軍で押さえつけているんだな。サウド家の独裁国なんだ。その為にも国費でアメリカの軍事基地を置いたんだよ。アメリカにして見れば、中東の真ん中に軍事基地があれば、中東を抑えるのには盤石だからな。ところが骨のある奴もいるんだな。「メッカを持つ我が国に何で米軍基地を置くのか!絶対反対だ!」そう言ったのが、オサマ・ビン・ラディンだよ。ただ、ラディン家は王族の関係者でその基地建設なんかで財をなしているんだな。

オサマ・ビン・ラディンがアフガンの聖戦士のリーダーに成るんですよね。

そうだ。始めはソ連のアフガン侵攻に立ち上がるんだ。その後、アメリカを標的にするようになって、9・11事件が起こるんだな。

それじゃあ、アメリカとサウジも固い同盟とはいきませんね。どうなんですか?

表面的には同盟国みたいだけど、お互いに反発しあう勢力は当然あるさ。だから中東は益々複雑なんだ。サウジで反米デモが起きないとも限らないし、そうなりゃアメリカもどう動くか解らない。

ますます。中東には目が離せませんね。今日はありがとうございました。




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親分、イランとくれば次はイラクですよね。この二つの国の特徴というか、共通点と相違点は何なんでしょうか?

そうだな、両方とも長い歴史があり、その点ではお互いにもの凄いプライドを持っている国なんだな。お前、三大文明って知ってるか?

確か、黄河流域とナイル川流域とチグリス、ユーフラテス川流域に発達した文明ですよね。

そうだ。そのチグリス、ユーフラテス川流域に発達したのが、メソポタミア文明なんだな。そこがイラクなんだよ。そして、ペルシャ湾を挟んで反対側にあるのがイランだよ。イランはちょっと前まではペルシャと言っていたんだ。ペルシャ猫、ペルシャ絨毯って言うだろ。みんなイランのことだ。紀元前からペルシャ帝国と言えば、旧約聖書にも出てくる大帝国なんだ。

凄いですね。

一方のイラクはアラブの中心だよ。イスラム文化の中心だ。アラビアンナイトの発祥地はイラクのバクダードだよ。イスラムの王朝だったウマイヤ朝とかアッパース朝のときはアラビア半島から地中海沿岸まですべてを支配していたんだ。その頃は、ヨーロッパなんか田舎者扱いだったんだよ。そういう歴史があるからイランもイラクも欧米の言いなりにはならないんだな。

成る程ね。アメリカなんかせいぜい200年ちょっとの歴史しかありませんからね。メソポタミア文明から見たらちょっと出のチンピラみたいなものですか。


Iraq, Saddam Hussein (222).jpg
サダム・フセイン(1937〜2006)

もう一つの共通点は、どちらもオスマン後の盟主の座を狙っていたことだな。違うのは、その中心人物がイランはパーレビという国王だったのに対して、イラクはフセインという貧困層から這い上がった野心家だったことだ。パーレビ国王は昨日話したよな。フセインというのは、スターリンと田中角栄を一緒にしたような奴で、バリバリの野心家だな。

それで、イランとイラクは仲がいいんですか?

昔からライバル関係で仲は至って良くないんだ。何度も戦争をしているんだ。冷戦時代を見ると、イランはこちこちのイスラム国家なんだな。だからアメリカ寄りの王家を倒して革命を起したんだ。ところがだ。イランにイスラム教国が出来て、他のアラブ半島の国はびっくりして警戒し始めるんだ。何故かというと、アラブの国は殆んど王族の国なんだ。だから自分の国でも革命が起こってイスラム教国になったら大変だからな。

そうすると、目の上のたん瘤であるイスラエルの他に、もう一つたん瘤が出来ちゃったんですね。しかも結構、強国ですよね。

そうなんだ。そのタイミングでイラクのフセインが野心を逞しくしたんだな。アラブ全体を統一してやる位な野心をもっていたんで、イランは今なら未だ国も混乱していて脆弱だろうから、簡単に落とせると読んで戦争を始めるんだ。

それが、イラン・イラク戦争なんですね。イライラ戦争といっていつまでも終わらないんですよね。

そうなんだ。アメリカもサウジアラビアもみんなイラクに勝たせようと支援するんだが、イランは粘るんだな。国民が一丸となって聖戦の意識で戦うんだよ。自爆攻撃なんか平気でやってくるんだ。結局、8年もかかるんだが、勝負はつかなかったんだ。結果はますますイランが孤立して大きな目の上のたん瘤になってしまうんだ。

目の上のたん瘤が二つも出来たんじゃ、中東は複雑になるばかりですね。少しだけど中東問題が解ってきました。又お願いいたします。





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親分、中東は複雑ですね。中東を知るにはどうしたらいいですか?

先ず、中東はイスラムの国であるということを知ることだな。

イスラムにはシーア派とスンニ派がありますよね。その対立もあるんでしょ。

そうだ。しかしその前にイスラム以外は異教徒として認めない所は、どちらも同じだよ。だから、オスマン帝国が滅んだあと、イギリス、フランス、アメリカが支配しようとするんだが、基本的にうまくいかないのさ。彼らはみんなキリスト教だろ。イスラムにして見れば、キリスト教を下に見ているから、従う訳にはいかないのさ。

アメリカとイランが対立しているいるのも、その宗教対立なんですかね。でも、アメリカに付いた方が経済的には豊かになれるんじゃないですか?

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パーレビ国王(1919〜1980)

オスマン帝国が滅びた後、中東の強国になろうとしたのがイランなんだな。お前はパーレビ国王を知っているか?

まあ、名前だけは知っています。どんな国王だったんですか?

豪傑というか、日本で言えば、幕末の島津斉彬という感じかな。兎に角、一歩も二歩も先に行っている王様だったんだ。飛行機は操縦するし、ヨット、自動車、新しいものが大好きで、ランボルギーニなんか何台も持っているんだ。アメリカのニクソン大統領とは仲良しで、最新式の戦闘機なんかを何処より早く見せてもらうと、自ら操縦桿を握って見て「これはいい」と思えば真っ先に買っちゃうのさ。

いやあ、凄い王様ですね。

そのパーレビ国王が戦後、イランを中東一の近代国家にしようと、次々と改革をしていくんだな。国王から見ると、イスラムの習慣じゃ先進国にはなれないと、どんどんイスラム的な習慣を廃止して行くんだ。女性が外出する時に顔を隠すヒジャブの着用も禁止したりするんだ。だから当時、女性の間ではミニスカートなんかが流行っていたんだ。ところがな、国民の間に長く根付いたイスラム教の教えは簡単には変えられないんだ。その不満がずっと、鬱積していたんだな。

ついに爆発しちゃうんですか?

そうだ。石油危機があっただろう。石油の値段が一気に上がったもんで、イランは大儲けするんだな。ところが、4、5年経った頃、今度は一気に値段が下がるんだ。バンバン使い放題だった経済が一気に破綻しちゃうんだよ。その時、一斉に国民から突き上げが王家に来たんだ。国王は一旦、国外に非難するつもりで国王自ら飛行機を操縦して家族とともにエジプトに逃れるんだ。

まるで、ドラマ見たいですね。

そうだな、ところが、国王はそれっきりイランには帰れないのさ。国王がいない間にイラン革命が起こって、「イラン・イスラム共和国」が出来てしまうのさ。ホメイニというイスラム教法学者が最高指導者となったんだ。結局、それからそろそろ40年になるけど、アメリカとは絶交状態のままなんだ。

イラン革命の後に、「アメリカ大使館人質事件」というのが、起きるんですよねしかし、あれなんかイランは常識じゃないですよ。大使館員を人質にするなんて、それは許されませんよ。

確かにな。ただ、それだけ宗教対立というのは深刻で、根が深いということなんだよ。日本人にはピンと来ないんだけどな。

だから、中東は難しいんですね。サウジアラビアとかはアメリカと上手くやってる見たいですけど、一歩中に入ると宗教対立があるんでしょうね。

そうだな。先ず中東問題を知るための基本は宗教対立があるということだな。

解りました。先ず第一は、宗教対立ですね。次は次回にしましょうか。
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親分、僕はどうも中東問題というのが良く解らないんですが、冷戦時代の中東はどんなものだったんですか?

そうだな、中東はちょっと複雑なんだな。もともと19世紀まではオスマン帝国が支配していたんだ。そのオスマンが衰退して、しかも第一次世界大戦でドイツについたため、崩壊してしまうんだ。トルコという国は全く新しい国でそれ程、力はないんだ。オスマン帝国というアラブを仕切る強国がなくなって、バラバラになってしまったんだな。

なる程、そう言えば、今でも中東には大国とか強国とか言える確固たる柱が見当たりませんね。でも、戦後は東西どちら側になるんですか?

東西の間で、第三世界でもあるし、これも少し複雑なんだよ。原因はイスラエルの建国なんだな。

イスラエルはアメリカ側ですよね。つまり西側陣営ですよね。

そうだ。そこが問題で、中東はもともとイスラム圏だよな。その真ん中にユダヤ教の国が出来たんだ。1948年に国連が建国を承認するとアラブの国たちは反イスラエルで第一次中東戦争を起こす。アラブは負けるんだが、1956年に、エジプトがスエズ運河国有化を宣言すると、それに反対して米仏英がイスラエルを支援して第二次中東戦争が起こるんだ。


Gamal Abdel Nasser (c. 1960s).jpg
ナセル(1918〜1970)

すると、中東を西側に取られることを警戒して、ソ連が参入するんだ。戦争拡散を止めるため国連が、停戦に乗り出すと米仏英は撤退した。エジプトの大統領ナセルは勝った訳ではなかったのに米仏英を退けたので、アラブ全体を率いる盟主になろうとしたんだ。ところが、それにはアラブ諸国が反発する。それを見たアメリカが周りのアラブ諸国への取り込みを図るんだ。アラブには産油国が多いだろ。アメリカは利権をエサに味方につけるんだな。

なる程、宗教対立に加えて、石油の利権が入り込んできたんですね。これじゃ、複雑になる訳だ。ソ連も入り込んだんですか?

勿論だ。反イスラエル、反アメリカの国には入り込んだよ。戦争は1967年に第三次、1973年に第四次と続くんだが、第四次ではアラブは石油供給を武器にオイルショックを起こすんだ。すると、世界は反アラブ、イスラエル寄りになってしまって、エジプトの大統領はナセルの死後はサダトだったんだが、停戦後はイスラエルと和議を結んだんだ。


1978年のキャンプデービッド合意、
左から、ベギン、カーター、サダト


それじゃあ、反イスラエルのアラブ諸国は裏切り者扱いしたでしょうね。

エジプト国内でも裏切り者扱いにされて、1981年にサダトは暗殺されちゃうのさ。1979年にはアメリカに反発したイランで革命が起きてイスラム教国が出来ただろ。兎に角、中東は複雑なんだ。東西対立、南北問題、宗教対立、民族問題、全てがこの中東にはあるんだよ。追って、ゆっくり話そうじゃないか。

そうですね、頭が混乱して来ました。又お願いします。
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親分、こんにちは。冷戦時代を振り返るのも、結構いいものですね。今日は何処にいきましょうか。

そうだな、第二次世界大戦の戦勝国であるイギリスはどうだ。

イギリスですか。そう言えば、冷戦時代にイギリスの存在感が余りないですね。イギリスの印象と言えば、ビートルズ、サッチャー、ダイアナ妃ですかね。後はサッカーのベッカムですね。最近の話題としてはロンドンオリンピックとかテロ事件やEU離脱ですね。いづれにしても、国際政治の表には出てこない印象がありますね。

完全にアメリカの時代になってしまったからなあ。

でも、チャーチルがナチスドイツを退け、戦勝国になったのですからね。冷戦時代はアメリカと並んで西側陣営のリーダーだったことには変わりないのでしょう。

お前は「イギリス病」というのは知ってるか。

「イギリス病」ですか。始めて聞きました。

本当か。そう言えば、最近は「イギリス病」の言葉を久しく聞いていないな。あのなあ、イギリスは戦勝国ではあるんだが、冷戦時代には見る影もないくらい落ちぶれてしまったのさ。国民がすっかりやる気をなくして、国中が元気がなくなってしまったんだ。それで、「イギリス病」と言われたんだよ。

戦争に勝った国がどうしてそんな風になってしまったんですかね。

まあ、福祉政策のやり過ぎじゃないか。戦後、イギリスでは「ゆりかごから墓場まで」と言われるくらいの福祉政策が充実していて、国民にとっては最高の時代だったんだな。ところがだ、そういう行き過ぎの福祉政策は国民のやる気をなくしてしまうのさ。人間というのは一度「楽」を覚えてしまうと、なかなか元の勤勉に戻れなくなっちゃうんだな。60年代になると、あちこちでストライキばかり起こって、電車は動かない、ゴミの収取にも来てくれないとか、社会生活にも困るような状況になってしまったのさ。

イギリスと言えば、産業革命を起した国ですし、大英帝国と言って世界中に植民地を抱えて最大の繁栄を謳歌した国だったはずですよね。戦争にも負けたことがないんですよね。でも、第二次世界大戦では日本軍がアジアから追い払ったりして、イギリスの植民地は殆んどなくなるんですよね。


Margaret Thatcher.png
M・サッチャー(1925〜2013)

1970年代になって、オイルショックがあると、日本やドイツなんかは乗り越えたんだけどイギリスはノックダウンしてしまうんだ。自動車産業なんかもも日本にはかなわず完全に衰退、手が付けられない程になる。1979年にようやく「鉄の女」と言われたサッチャーが政権を取り、次々と改革を断行してどうにか持ち直して行くんだ。それでも冷戦が終わる1990年頃までは低迷が続いたんだよ。

そう言えば、ダイアナ妃がチャールズ皇太子と離婚した後にエジプトの大富豪の息子と付き合って、最後にパリで一緒に自動車事故で亡くなりましたよね。イギリスの老舗デパート「ハロッズ」はその大富豪がオーナーなんですよね。つまり買われてしまったんですね。その上、元皇太子妃までが買われてしまった訳ですよ。エジプトはかつてのイギリスの植民地みたいなもんでしょ。そう思うと、イギリスの凋落もここに極まるというもんですね。

1990年代になって、北海油田が開発されるんだ。その利益でようやくイギリスは立ち直ることが出来たというのさ。だから冷戦の30年間は「イギリス病」にかかっていたという訳だ。個人も国家も油断しちゃいけないよな。

昨日の「信なくんば立たず」ですね。国の三本の柱、食、兵、信のうち、何より大切なのは信だということですね。イギリスは労働党ですか、兎に角左翼思想が強いんですよね。左翼に翻弄されるとろくなことはないですね。日本も気を付けなければいけませんよね。今日はこの辺でお開きにしましょう。

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