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親分、今日もよろしくお願いします。昨日、アメリカをやりましたから、今日はソ連で行きましょうか。どうも、ソ連というとイメージは怖いとか寒いとか、冷たい感じがするんですが、実際はどうなんですか。
俺も行ったわけじゃないし、イマイチ良く解らないんだが、二人で考えて見ようじゃないか。ソ連とアメリカの比較で面白い話があるんだがな。
どんな話ですか。
1959年の話なんだが、ソ連の首相はスターリンの後を継いだフルシチョフだったんだ。最初、フルシチョフはアメリカとは仲良くやるつもりだったんだな。そこでアメリカを訪問したり、ソ連の博覧会にアメリカから副大統領のニクソンを招いたりしたんだよ。ところが挨拶に立ったニクソンがついアメリカの進んだキチンの電化製品の話をしてしまうんだ。
ソ連よりアメリカは進んでいたでしょうからね。
ところが、アメリカの自慢話みたいになっちゃったんだな。そこで、フルシチョフはむきになって、ソ連の自慢話をし始めたんだ。アメリカがまだ出来ていない人工衛星なんかの話をしてしまうんだ。これが「キチン論争」と言って気まずい空気のまま終わるんだが、米ソの文化の違いをはっきりさせた逸話として有名なんだよ。
でも、その時、米ソは交流があったんですね。
これが1959年の話だろ。1960年にキューバ革命が起り、ソ連の陣営に入ったんだ。その辺から急に対立が深まるんだな。だから、冷戦時代は1960年からだというのが、俺の持論なんだよ。
でも、その「キチン論争」はソ連を表していますよね。ソ連は軍事が最優先で国民の生活までは手が回らなかったんじゃないですか。
そうとも言えるかな。なにしろ、ソ連には大小20位の衛星国が周りにあって、その面倒を見なければいけないんだからな。
面倒と言っても軍事力で抑えていただけじゃないんですか。共産主義の国っていうと、オリンピックなんかでは結構活躍しますよね。あれは国の名誉のために選手を育成し強化してるんでしょ。金メダルを取ると一生年金が保証されるとか聞いたことがありますよ。ただ、一般の庶民にとっては、余り幸せな暮らしは出来てないですよね。
所得で考えると、相当低い水準だろうな。物質的な豊かさで考えれば、共産主義のシステムでは生産性は上がらないだろう。やはり市場経済というか、競争原理が働いた方が生産性は高くなるだろうな。
そう言えば、僕が読んだ本で、元ウクライナ大使の馬淵睦夫さんが書いた「国難の正体」というのがあるんですよ。馬淵さんが1979年から80年にかけて、モスクワ勤務をした時の体験が書かれているんです。それが、外交官に用意された住居が古いアパートで鍵もなければカーテンもないという状況で、大国とはとても言えない扱いにびっくりしたというのです。
そりゃあ、びっくりだな。普通は外国から来る外交官には無理をしても、良い印象を持ってもらわなきゃいけないだろうに。それ程、経済的には余裕がなかったんだろうな。1970年代後半と言えば、まだまだソ連の超大国を疑う人はいなかっただろうに。その頃でそのザマだったのかね。それじゃあ、庶民の暮らしは推して知るべしだよな。
その10年後には、ソ連の崩壊があるんですね。崩壊の10年前には勝負がついていたって訳ですね。
オリンピックの勝負じゃ米ソは良い勝負だったんだが、経済の勝負じゃ完全にソ連の負けだ。
やはり、国の柱は経済ということですね。共産主義は経済では資本主義には勝てないということを証明したんですね。
でもな、孔子の言葉に国に必要な三つの柱は「信、食、兵」というのがあるんだ。信は信念、教えというのだ。食は経済だな。兵は軍事だ。それで、ある弟子が「その三つの中でどうしても削らなければならない時は、何を削りましょうか」と尋ねるんだな。すると孔子は「兵を去らん」と答えるんだ。
成る程。兵より食が大事だということですか。
その後で、弟子が「残りの二つ、信と食の中で、どうしても削らなければならない時は、何を削りましょうか」と尋ねる。すると孔子は「食を去らん」と答えるんだ。 経済は大切だが、信はもっと大切だってことだ。国家の信念とかプライドとかいうものは常に磨いていないと、直ぐに迷いだすものだからな。「信なくんば立たず」という言葉はここから来るんだよ。
成る程。今日は冷戦の話から、最後は論語になりましたね。ありがとうございました。
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さわやか易・親分と姐さん編
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今の世の中、ストレスが溜まる様なことばかりで面白くない。 「さわやか親分」はセコセコ損得ばかり云ってる奴が大嫌い。 「さわやか姐さん」はチャラチャラした男と女が大嫌い。 二人の話を聞いて「そうだ。」と言ってくれたら嬉しいね。 ストレス発散のため、言いたいことを言わせて貰います。(猶興)
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親分、今日は。冷戦時代とは色々なことが考えられて、結構勉強になりますね。そこで今日は冷戦の始まる前と、冷戦が終わった後とはどんな変化があったのかを考えて見ようじゃないですか。
そうだな、それは面白いかも知れないな。俺は冷戦というのは、戦後の混乱が一応落ち着いて、東西の対立関係がはっきりしてきた1960年代からソ連が崩壊した1990年頃までと考えているんだよ。だからその30年間の前と後を比べて、何が変わったかを考えたらいいんじゃないかと思うな。
そうですね、それじゃあ、国ごとに見ることにして、先ずアメリカから行きますか。一番変わったことって何でしょうね。
1960年頃のアメリカは「パクス・アメリカーナ」という状態だったんじゃないかな。殆んど無傷で戦争には勝ち、経済的に言えば、世界中の半分位の生産はアメリカが担っていたというんだから。自信に溢れていただろうよ。
それからキューバ危機なんかがあって、冷戦で段々泥沼状態になっていくんですね。冷戦で何が一番変わったんですかね。
そうだな、30年間には大統領も次々変わり、社会も、文化も変わっただろうけど、最も変わったのは国民の意識じゃないか。人間というのは、豊かで平和が続けば、戦争みたいな命がけな危険なことは誰もしたくはなくなるよな。だから、ベトナム戦争が本格化して行くにつれ、反戦運動が盛んになっていくんだ。結局、アメリカはベトナムから手を引くことになるんだな。
アメリカは自由主義の国ですから、国民を縛り付けることは出来ませんからね。そう言えば、プロボクシングのアリが徴兵を拒否して一時は非国民扱いされて、裁判にかけられ、有罪になったんですよね。アリって凄いチャンピョンだったんでしょう。
モハメド・アリ(1942〜2016)
良く覚えているよ。モハメド・アリと言えば、東京の前のローマオリンピックで金メダルを取って、その後プロ入りし世界チャンピオンになったんだが、連勝、連勝で強かったんだ。ただ強いだけじゃなくて早口で言いたいことを言いまくるというか、リング外のところでも話題を巻いて、兎に角スター性があったんだ。チャンピオンの時に、徴兵されて、「俺は何の恨みもないベトナム人と戦うつもりはない。」と言って、徴兵拒否をしたんだ。それで、チャンピオンもはく奪され、4年間も試合に出してもらえなくなったんだ。それでも、その後復活して又チャンピオンになるんだな。兎に角世界中を巻き込んで、自分の主張を貫いたんだな。
そうですか。確かアトランタオリンピックの開会式で聖火を最後に点火しましたよね。国家にも反抗したけど、最終的には国民の英雄だったんですね。
まあ、アリが象徴なんだけど、1960年当時は黒人差別がまだまだ根強くてね。その辺も30年間で随分変わったな。何しろ、オバマ大統領という黒人の大統領が出てくるようになったんだからな。
ジョン・レノン(1940〜1980)
反戦運動は音楽や映画でもかなり大衆運動になりました。世界中に大ヒットしたジョン・レノンの「イマジン」も戦争反対の曲ですよね。
アメリカは冷戦時代の30年間で、核兵器も宇宙開発もやり、ベトナム戦争もやり、最後にはソ連を振り切って勝利を勝ち取った。日本や西ドイツに経済では追いつかれそうになる程になったが、ソ連と決定的に違うのはその間にコンピューターを開発したことだと思うんだ。
コンピューターですか。
そうだ。当然、宇宙開発も核兵器もコンピューターで開発したんだろうが、全て目的は軍事用だったんだ。その軍事用の大型コンピューターを持ち運びが出来る小さなパソコンにまで開発したことが30年間の成果じゃないかと思うな。
成る程ね。パソコンが世界中に広まったのは冷戦後ですよね。「Windows95」が大ヒットしましたよね。それからですよね。我々が気軽にパソコンが使えるようになったのは。
その開発があったんで、冷戦後もアメリカがトップの座を明け渡すことがなかったんじゃないかな。
そうですね。パソコンがやがてスマートフォンになり、今に至る訳ですからね。面白かったです。又よろしくお願いいたします。
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親分、ご無沙汰しました。昨日、出張から帰って来ました。しばらくはこっちにいますので、よろしくお願いいたします。
そうか、それは俺も嬉しいよ。随分と長い出張だったな。何処に行ってたんだ。
今回は主にインドでした。インドは他の者が行きたがらないんで、僕に回って来ちゃうんですよ。僕は割と平気なんですけどね。治安も結構悪くはないし。
そうか、ご苦労さんでした。ところで、出張中に何か気付いたことでもあったのか。
やはり、戦後の日本が物凄い勢いで発展したということですね。まだまだ発展途上の国から見ると、まざまざと解りますよね。日本の高度経済成長時代とはすごかったんじゃないですか。
そうだな。日本の高度経済時代はやはり、凄かったな。1960年代、70年代あたりは経済の成長率が10%を超えるのは当たり前だったからなあ。池田内閣の時代に「所得倍増計画」なんてのがあってな、日本経済がバンバン伸びて行ったんだ。みんな活気があったよな。お前も知ってるだろうが、田中角栄という総理大臣は「日本列島改造論」と言ってな、新幹線、高速道路を日本中にバンバン作ったんだ。あの頃がピークだったかな。兎に角、凄い勢いがあったな、あの頃の日本は。
東京オリンピックとか大阪万博なんかがあった頃ですかね。ところで、世界史的にはその頃は冷戦の最中ですよね。冷戦って、どんなものだったんですかね。
そうだな、日本人は冷戦といっても、自分たちが平和だったから、ピンと来ないんだが、冷戦は正に戦争なんだよ。だから、20世紀には三つの大戦争があったと考えればいいんだ。第1次と第2次そして冷戦だよ。
成る程ね、朝鮮戦争とかベトナム戦争は米ソの代理戦争とも言われますよね。とくにベトナム戦争では双方莫大な軍事費がかかったんですよね。
その通りだ。ベトナム戦争にもめちゃくちゃ軍事費がかかったんだが、軍事費で最もかかったのは、核兵器の開発競争だろうな。それに宇宙開発競争だな。宇宙開発だって、目的は軍事だからな。それを考えれば、第2次世界大戦の何10倍もの軍事費がかかっただろうな。これは完全に経済戦争だな。アメリカもソ連もヘロヘロになるまで、戦ったんだよ。
そうですよね。ソ連は冷戦に持ち堪えられなくなって、崩壊したんですね。正に戦争でしたね。米ソは直接ドンパチはやらなかったけど、全エネルギーを傾けて、戦っていたんですね。特に、キューバ危機とかベルリンの壁の頃は大変だったでしょうね。
そうだな、キューバもベルリンもケネディとフルシチョフの時に起ったんだな。核戦争一歩手前までいったんだからな。ベルリンの壁が1961年、キューバ危機が1962年だよ。東京オリンピックが1964年だから、日本がオリンピック、オリンピックと言ってた頃に、世界は激動の時代だったんだな。
成る程ね。日本だけが高度経済成長だと言って、景気よく騒いでいたんですね。
そうなんだ。だから冷戦が終わった時、気付いてみれば、日本だけが景気が良くて、「ジャパン・アズ・ナンバー1」なって言われたんだ。「冷戦の勝利者は日本だ。」なんて皮肉も言われ、それからアメリカは日本たたきを始めるんだ。
成る程ね。でも、「ジャパン・アズ・ナンバー1」と言われたのは、日本の技術が世界一だったからじゃないんですか。自動車だって、昔はビッグ3と言って、フォード、GM,クライスラーが君臨していて、日本なんかとても太刀打ちできないと言われていた時代に、技術的にも追いつき、追い越したんでしょ。トヨタとか日産とか、ホンダとかが、頑張ったんじゃないですか。
日本の頑張りは大したものなんだが、日本の場合は軍事費に金を使う必要がなかったんだな。アメリカが日本の防衛は保障してくれていたんだよ。だから、アメリカやソ連みたいに、核兵器とか、宇宙開発、莫大な金も、エネルギーもかける必要もなく、ただ経済だけ伸ばすことに集中出来たとも言えるんだな。西ドイツの場合も同じで、西ドイツも物凄い経済成長をしたんだよ。
成る程ね。ソ連の場合は核兵器や宇宙開発ばかりに力を入れなきゃいけないんで、他の産業が育たなかったんですね。ソ連の国民がレベルが低いと思っていましたが、レベルが低かったら、核兵器も宇宙開発も出来ませんからね。それ程、冷戦というのは、アメリカやソ連にして見れば、真剣勝負で戦っていたってことですね。その辺、もっと勉強しなければいけないな。又来ますから、よろしくお願いします。 |
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親分、今回でスターリンの最終としましょうか。これまでスターリンがいかに謀略に長けていたか、そして仲間たちを次々粛清した冷酷非情に改めてびっくりさせられました。しかしどんな悪党でもどこか評価すべき部分はあると思うんです。スターリンの評価すべきところは何でしょうか?
そうだな、散々酷評ばかりしてきたから、評価すべきことも語って見ようじゃないか。何と言ってもロシアという国をアメリカと並ぶ世界の超大国にしたことじゃないか。戦後は二大陣営と言われる一方の旗頭になったんだから、それは大したものだな。
そう言えば、それまでのロシアはそれ程の存在じゃなかったんですよね。
そうなんだ。ロシアはヨーロッパの東方にあり、国土は広いが文化的には遅れていて、ヨーロッパ人からすれば田舎者扱いだったんだ。
でも、ナポレオン旋風を阻止したのはロシアじゃないですか。確かウィーン会議にはアレクサンドル1世が自ら出席し英雄扱いされたんじゃないですか?
まあ、そんなこともあったけど、その後はいつも仲間はずれなんだな。例えばロシアにとって何より欲しい不凍港を求めてトルコと戦おうとすると、イギリスもフランスも協力して邪魔するんだな。クリミア戦争を始め、何回も戦争するんだが、戦争に勝っても結局、阻止されるんだな。
そうでしたね。それで黒海を諦めて、満洲から朝鮮半島を狙って日露戦争になったんですよね。その結果、日本にも負けてしまって大恥をかくんですね。
日本に負けたことは大ショックだったんだ。ロシアも地に落ちたという印象を世界中に与えてしまったんだ。経済は破綻、ロマノフ王朝はガタガタになるし、民衆は飢饉に陥るし、どうしようもない体たらくになってしまうんだ。
そこからロシア革命が始まるんですよね。ロシア革命は20世紀最大のドラマだとも言われますね。
レーニン(1870〜1924)
そうなんだ、どん底から革命が起ったんだ。フランス革命の時は中心勢力はブルジョアジーなんだが、ロシアではブルジョアジー階級がそれ程力がなかったんだ。そこで革命の中心は金のないボリシェビキという過激な共産主義者たちだったんだなあ。そりゃあ、殺戮につぐ殺戮で金のあるものは皆反革命にされて強奪されたんだ。
その中心がレーニンなんですね。レーニンの後継者がスターリンという訳ですね。
そんな状態から世界の二大陣営を張るんだから、手段の善悪を別にすれば大したもんだよ。その立役者がスターリンなんだから、歴史に残る偉大な政治家ということになるんだ。だから俺たち日本人には人気はないが、ロシアでは英雄と評価しているだろう。ただ、粛清された子孫たちは別だろうがな。
スターリン(1878〜1953)
そう言えば、ロシアはもともと農業国だったのを工業国にしたのはスターリンですよね。
やり方は強引だったけど、過去の皇帝たちがどうしても出来なかった近代化を始めて成功させたんだ。それから、良いか悪いかは別問題として、共産主義を世界に広めたのもソ連が戦争に勝ち残ったためでもあるんだよ。
僕にはどうしても好きになれないスターリンですが、世界史の中では重要な役割を果たしたんですね。いまでもその影響は残っていますからね。北朝鮮なんかは、スターリンが残した遺物みたいなもんじゃないでしょうか。
スターリンが残したとも言えるし、それだけ共産主義という考え方には恐ろしいパワーがあるとも言えるな。それは世界中に拡散され、我々のすぐ側にも来ているとも言えるよ。油断してるとその魔力に取りつかれてしまうんだ。
解りました。日本にとって何が大切で何が危険なのかしっかり勉強していきたいと思います。
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親分、スターリンというと、陰謀とか謀略とかのイメージが強いですよね。ソ連のスパイは世界中にいたんでしょう。その経費も莫大になると思うんですが、よく出来たものですね。
スターリンは確かにスパイを重視して、スパイたちは相当の金も使って工作活動をやっている。俺はあの戦争を制したソ連は情報戦に勝ったからだと思っているよ。
それにしても不思議に思うのは、日本にしてもアメリカにしても、政府の中枢によくもスパイが潜り込めましたね。どうしてでしょうか?
それはなあ、それだけマルクス理論というか、共産革命理論というものが、当時のエリートたちには魅力があったんだよ。何しろ東大法学部と言えば今でもそうだが、戦前だってエリートの卵たちが集まった所だよ。そのエリートたちが必死に取り組んだのが社会主義なんだな。俺の友達なんかも散々やっていた連中は沢山いるよ。
何がそんなに面白いんですか?
馬鹿なお前には解らないだろうな。そもそも頭のいい奴は伝統とか既成の権威というのが嫌いなんだな。何でも科学的に考えるのが好きなんだよ。例えば宗教とか天皇制とか日本精神とか、お前の好きそうなものは嫌いなんだ。合理的とか科学的に考えると、やはりマルクス主義は面白いんだと思うよ。
そうですか、だからエリートたちは日本人ではなくなっちゃうんですね。
とにかくソ連のスパイが入り込む前に共産主義に賛同するエリートたちが日本中に沢山いたんだよ。それはアメリカも同じなんだよ。だからソ連のスパイが入り込む下地は既にあったとも言えるんだ。
日本に来たスパイではゾルゲが有名ですね。確かゾルゲは近衛内閣の機密情報まで入手したんですよね。
リヒャルト・ゾルゲ(1895〜1944)
そうだよ。近衛内閣のブレーンの中に尾崎秀実(ほつみ)という共産党員がいたんだよ。この尾崎は東大法卒で朝日新聞出身だ。こういうエリートたちが内閣の中枢にいたことが問題なんだよ。おそらく日本に共産革命が起れば、尾崎のようなエリートが支配層に名を連ねたことだろうな。
ゾルゲの情報によって、スターリンは日本の南進作戦を知り、日本軍に備えていた軍隊を独ソ戦に回したということですよね。
そうらしいね。でも実際のスターリンはその情報を信じないで、まさかドイツ軍が攻めてくるとは考えなかったらしいよ。でもいざ始まって、ようやく信じたんだろう。確かに軍隊を移動させている。
アメリカのルーズベルト政権でも共産党員がいたんですよね。
ハリー・ホワイト左(1892〜1948)
いたどころか、ルーズベルト本人も共産党員とは言わないが共産主義の共感者だったんだから始末が悪いよ。だから政府内に共産主義者が300人位いたらしいよ。中でもハリー・ホワイトはモーゲンソー財務長官のもとで財務次官補だったらしいね。かなりの高官だな。こいつがハル・ノートの作成に関わったということだ。
そんなに共産主義者が大統領の周りにいたんじゃ溜まりませんね。結局、スターリンがスパイ工作をやったというより、日本でもアメリカでも内側に既に反乱分子がいたってことですよね。それじゃあ、スパイも活躍出来ますよね。まったくエリートって危険ですね。そうかと言って馬鹿ばかりじゃ国はもたないし、難しいですね。やっぱり健全な教育が何より必要なんですね。
ところでな、ゾルゲなんだが、女にはモテたらしいぞ。
そう言えば、ゾルゲは二枚目ですよね。二枚目のスパイか。何だか007みたいですね。
そうなんだ。007も顔負けする位モテたんだぞ。それも情報活動に必要だったのかも知れないんだがな。解っているのは日本に来る前に上海で日本入りの準備をするんだが、アメリカ人女性ジャーナリストのアグネス・スメドレーといい仲になっているんだ。毛沢東とも親しい大物ジャーナリストなんだな彼女は。
面白いですね。他にもあるんですか?
すっかり日本通に成って日本に来るんだ。日本では日独防共協定を結んだ後だから、ナチス党員と偽ってドイツ特命大使のオイゲン・オットに近づき信頼を得るんだ。オイゲン・オットは日本のことを良く知らなかったものだから、ゾルゲをすっかり信用して頼っていたんだな。機密情報もどんどん喋ってしまうんだ。そんな関係だったけど、何とゾルゲはオット夫人とも仲良くなっちゃうんだな。
中々やりますね。
関係を持った女性は数知れずというんだ。しかもデートは帝国ホテルなんだぞ。金はあるし、洗練された物腰で教養も豊か、長身で二枚目だよ。女性はイチコロだろう。日本人妻もいたし、女性には不自由はなかったみたいだな。うらやましいか?
羨ましいです。恰好いいですね。でも危険な職業ですよね。スパイって。やっぱり僕には無理です。結局、警察に捕まって、処刑されるんですよね。
そうなんだが、最後まで信じて疑わなかったのが、オット大使だったというんだ。「今直ぐ釈放しろ。」と政府に掛け合ったそうだ。
完全に信じていたんですね。ゾルゲはスパイとしては超一流だったんですね。
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