さわやか易・文化芸術編
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日本歌謡史に燦然と輝く、古賀メロディー。古賀メロディーの深く、悲しく、哀愁に充ちた曲は、どうして出来上がったのだろう。 彼の幼少期の体験を抜きには考えられない。 政男の故郷は北原白秋で知られる水郷の里,福岡県柳川の近くである。 美しい田園風景は後に「誰か故郷を思わざるの」メロディーとなった。 7歳で、父に死に別れ、一家は朝鮮に渡る。貧困、兄弟との確執、 感情起伏の激しい少年時代を過ごした。 彼を支えたのは母への思慕と音楽への強い情熱であった。 マンドリンとの出会いは中学三年生の時、彼の理解者であった四兄から送られたという。 商業学校を出て大阪のある商店に勤めたものの音楽の夢捨てがたく、 苦学して明治大学へ入学しマンドリン倶楽部の創設に参画した。 演奏への打ち込み様は大学時代に謎の自殺未遂もあったと言うから、 尋常では無かったであろう。 結婚にも失敗しており、その後生涯独身を通す。常に孤独が同居していた。 古賀メロディは日本人の琴線に触れる寂寥感や哀愁が長く愛される由縁ではあるが、 そのエネルギーとなったものは悩みである。 「八卦の説明」の「坎の卦と離の卦」をご参照願いたいのだが、坎の卦と離の卦は
悩みと開花をあらわし、相対と相待の関係にあります。 芸術的表現は必ずその裏に、深い悩みの蓄積があるものです。 ベートーベンもモーツアルトも名曲の生まれる源には必ず、苦悩があります。 坎の卦と離の卦についてはhttp://blogs.yahoo.co.jp/kanouyuukou/4648137.html 平凡な生活の中からは偉大な芸術は生まれないと言うことですね。 |





