さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

ある夫婦の物語

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これは易の下経34卦を1卦づつドラマにしたものです。
易の順番には大きな意味と教訓がありますので、連続ドラマに仕立てようと試みました。
しかし作ってみると、力不足で容易ではありませんでした。
無理やり繋げた面もあり、易の解説も稚拙なものです。
それでも一組の夫婦が大きな試練の世の中を懸命に生き抜き、「悔いのない人生」にしようと頑張る姿を感じていただけましたら、幸いです。(猶興)
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その29ーナイアガラー

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亨が雲水修行している間、利子も少し心と身体に変化があった。
 
娘の貞が前の年から英国へ留学していたので、亨を福井へ送り出してからは一人暮らしになっていた。始めはそれを楽しむ心算でいたが、まもなく激しい腰痛に悩まされる。
 
(私も51歳、そろそろ疲れが出てきたのかも。)そう考えた利子は2年ぶりに、人間ドッグを受ける。そこで発見されたのが、乳がんだった。幸いに発見が早かったので、乳房温存手術と少しの放射線照射で傷跡も残らず、1週間の入院で済んだ。
 
入院中、親友のA子が見舞いに来た。A子は外務省のキャリアから天下って、ある機構に転職していた。「利子、少し働き過ぎたのよ。神様がゆっくりしなさいってメッセージをくれたのよ。どう、退院したら一緒に旅行しようよ。私も今はいつでも休みが取れるんだから。」「そうね、行きましょうよ。」話は決まった。
 
利子が退院してから1月後には、二人は雄大なナイヤガラの滝に歓声を揚げていた。夜はトロントのホテルで、美味しいサーモン料理に舌鼓を打ちながら、ワインを飲んでいた。
 
「ところで、利子に以前スペインの外交官の話をしたことがあったでしょ。」「覚えてるよ、ピエルでしょ。」「そう、ピエル。そのピエルが去年、殺されたのよ。」「えっ、どうしたの?」「その後ピエルはブラジルに転勤になっていたの。そこで、女にピストルで撃たれたんだって。ピエルらしい死に様よ。」
 
「A子、私貴方に隠し事をしているのよ。」「何よ、隠し事って。」「実は私もピエルのマジックにかけられていたのよ。」「えェー、本当ー!それはびっくりだわ。」「ごめんね、A子。ずっと隠していて。」
 
「でも、利子もあのマジックにかかったと聞いて、私安心したわ。利子が私のことバカだと思っているのかとずっと引っ掛かっていたのよ。つまり、利子も相当なおバカさんって訳ね。利子のおバカさんに乾杯!」「二人のおバカさんに乾杯!」二人の会話はますます盛り上がっていく。ワインのボトルも2本目が空になる。
 
その後、ラスベガスからグランドキャニオンにも観光して、上機嫌で帰国した。
利子は思った。(まだまだ仕事は辞めないが、これからは無理をしないで、ゆっくり生きていこう。)
 
******** 上卦は風。
******** 風は何処にでも飛んでいける。
*** ***
***  *** 下卦は水。
******** 問題、悩みを現す。
***  ***
 
「風水渙」の卦。渙は散る、散らすという意味である。
新しい世界に旅立つには良い卦である。しかし、離反、離散、離婚という暗い前途を暗示させる卦でもある。気をひきしめてかかるならば、志を果たすことが出来るだろう。
 
子供が巣立って行く頃、親たちは第二の人生が始まる。
 
悔いの残らない人生にするためには、ここからが勝負である。
 
 

その28ー雲水ー

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永平寺は道元(1200〜1253)が開いた曹洞宗大本山。福井県の山中にある。
 
道元は権力者である貴族の子として生まれたものの、幼くして両親に死別した。14歳で最高学府である比叡山延暦寺に入門するも飽き足らず、真実の仏法を求め23歳の時、栄西(1141〜1215)の弟子・明全(1185〜1225)とともに宋に渡る。
 
只管打座の修行を唱える天道山如浄(1163〜1228)に入門。明全は病死したが、道元は厳しい修行の後、印可を得て帰国した。
 
34歳、京都郊外に寺を開くが、旧仏教勢力の迫害に遭い、福井に逃れた。46歳で永平寺を開き、53歳で没した。
 
広大な敷地には、山門、仏殿、法堂、憎堂、などの修行の中心となる七堂伽藍をはじめ、70余の建物が樹齢600年を超える老杉の巨木に囲まれながら静かに佇んでいる。
 
鎌倉時代と変わらず、今も150名余りの雲水たちによって、荘厳な雰囲気の中、道元によって定められた通りの厳しい作法に従って禅の修業が営まれている。
 
雲水入門を掛塔(かた)、入門者を暫到(ざんとう)という。掛塔を乞うものは、黒染めの法衣、白脚絆、白足袋、草鞋を履き、網代傘をかぶる雲水装束で山門に入る。古参の雲水に厳しく掛塔の真意義を問われる。その後、暫到たちは「御開山拝登、並びに免掛塔宜しゅう。」と言って修行の許しを乞う。
 
正式に僧堂に入る前に約1週間に渡り、正しい座禅の仕方、食事作法、修行上の心得、進退作法を壁に向かっての座禅とともに教育される。旦過寮詰という。
 
その後、仮入堂が許される。古参の雲水たちと寝食を共にするのだ。翌朝、飯台の後、「暫到入堂の拝」という儀式が雲水たちの見守る中で行われる。暫到たちは雲水の正装にて腰を屈めて僧堂内を一巡して、道元禅師を祀る承陽殿、文殊菩薩、各寮舎を「暫到宜しゅう。」と挨拶して廻る。
 
こうして真冬の2月末に、入門した暫到たちは鐘洒(しょうしゃ)と呼ばれる寮舎に配属され古参僧と共に修行に励む。5月上旬、「掛塔式」(入学式)が行われ、正式な雲水となるのである。
 
雲水は朝3時半起床。暁天座禅、朝課、行鉢、作務、と760年間変わらない日課が続く。作務では寒中の雑巾がけ、雪下ろしも全てが修行である。座禅は夜座の夜8時50分、開枕鈴(かいちんれい)が鳴るまで続く。
 
雲水たちは座禅していた場所に布団を敷き文殊菩薩に三拝して就寝する。新参の雲水である亨の耳にも清らかな渓声が聞こえて来る。
 
***  *** 上卦は沢
********
********
***  *** 下卦も沢
******** 悦ぶ、楽しむの意味。
********
 
「兌為沢」の卦。兌(だ)は悦ぶこと。伸び栄えることである。剛が内にあり柔が外にある外柔内剛の徳を表す。
 
道元ほど権力を忌避した僧はいないだろう。権力では人を救うことは出来ない。人を救うのは人の愛である。精神の力である。道元の精神の世界は760年後の今日も健在である。

その27ー良寛ー

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亨は良寛の生き様を知るにつけ強烈なカルチャーショックを受けてしまう。
 
良寛は生活には不自由のない名主の子に生まれた。しかし家も親族も棄てて出家する。西国の円通寺にて国仙和尚の下、きびしい修行を積むこと10年。諸国行脚10年の後、40歳で故郷・越後に戻る。寺も弟子も持とうとせず粗末な庵に孤独と貧困を友に乞食のような生活を送る。
 
仏教、四書五経を極め、和歌、漢詩、書画いづれも当時一流でありながら、地位と名声を嫌い心の世界だけを追求した。自ら修行をするも、他人に説法はしない。詩にも歌にも仏という言葉すら使っていない。
 
そんな僧ではあったが晩年は多くの人に慕われ、良寛が側に居るだけで周囲の人たちの争いが無くなり、和気に包まれたという。
 
良寛は法然、親鸞、道元といった鎌倉の祖師たちのような、近寄り難い宗教的厳しさよりも、人間的な暖かさと心の豊かさを感じさせる。亨はそんな良寛に魅せられた。そんな良寛の心に近づきたくなった。
 
亨は今まで心の豊かさや幸福は経済的繁栄と共にあるものだと信じていた。間違っているとは思わないが、別の見方もあるのではないかと気が付いた。
 
利子に心の豊かさについて聞いてみると、「助け合う家族がいること。その家族が健康であること。経済的に困らないこと。もう一つは何かを実現したいという目的があること。」と答えた。
 
会社には行かないが、亨は相変わらず早起きをした。ジョギングをし、家か図書館で読書をした。午前に一時間、午後に一時間の座禅をし、スーパーで買い物をし、料理を作った。自炊にも慣れていたので苦にはならないが、半年も経つとそれだけでは物足りない。
 
もともと亨はじっとしている学者タイプではない。やはり体育会系が性に合っている。身体を使って何かを体験したい。この半年、常に頭を離れない良寛の生き様。(良寛が求めたものを求めてみよう。)亨は永平寺の雲水に成ってみようと考えた。
 
利子に相談する。「そろそろ何か言い出す頃かと思っていたわよ。16年前、龍が死んで私が参っていた時、貴方は私をイギリスに行かせてくれた。そのお返しと思うことにするわ。覚悟を決めて行ってきたら。」
 
******** 上卦は風。
********
***  ***
******** 下卦も風。
******** へりくだる。謙遜を表す。
***  ***
 
「巽為風」の卦。風の象。風は物に出遭えば、柔らかく身をよける。風はどんな隙間でも入り込んでゆく。謙虚であることの大切さを説く。
 
拙文に替えて、五合庵で寒さに耐える良寛の歌を一首。
 
埋み火に 足さしくべて 臥せれども こよいの寒さ 腹にとほりぬ

その26ー心の旅ー

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亨は52歳。30年間、自分の全てを注ぎ込んできた世界との惜別である。
 
サラリーマン生命を賭けた航空機部、最も楽しい思い出を作ったハイエナ社、親身になって導いてくれたE社長、苦楽を共にした同期、愛した部下たち、お世話になった取引先の人たち。
 
送別会に集まってくれた同志と固い握手をしていると胸がいっぱいになる。感慨は無限だが、亨はこれからの人生を心に誓った。
 
「生きる意味を掴む。」これが亨のこれからのテーマなのだ。
 
亨は36歳の時、最愛の息子・龍を亡くした。46歳の時、突然紅蘭の死にあった。その都度、生きるとは何?死とは何?と考えさせられた。そして去年父を亡くしたとき、このまま生きる意味を明確に知らないまま生きていて良いのかと真剣に考えた。
 
唯一の手がかりはかつて紅蘭に「仏教とは何?」と訪ねた時、「正法眼蔵を読んだら。」「僕でも読めば解りますか?」「日本人が日本語で書いたものよ。」そんな会話を思い出す。
 
亨は弟夫婦がそば屋を営む実家で「正法眼蔵」を手にして見た。ところが、さっぱり解らない。解説を読んでも何のことか雲をつかむようである。他の本も何だか難しそうだ。心の旅は何処から初めてよいのか、早速迷っている。
 
(あせることはない。)亨は実家の軽自動車を借りて、近辺をドライブ旅行に出かける。山形県は歴史の舞台としても数々見所がある。米沢は上杉鷹山、直江兼続で有名であり、庄内、酒井、鶴岡と戦国から明治までの歴史ドラマは時間を忘れる。
 
新潟の国上山(くがみやま)に良寛の庵跡である五合庵へ立ち寄った。この粗末な庵で真冬の豪雪にも耐え、いったい良寛は何を求めたのだろう。
 
生涯、寺も弟子も持たずひたすら仏道を求めた人。富貴に興味を示さず、貴人にも阿ることなく、歌、漢詩、書に秀で自然を愛した良寛。しかも人間嫌いでは決してなく、子供と遊び貧しい百姓とは好んで酒を飲んだという良寛。
 
亨は良寛に興味を覚えた。(心の旅の出発は良寛にしよう。)ようやく一歩が踏み出せそうだ。
 
******** 上卦は火。
***  *** 文明、文化を表す。
********
******** 下卦は山。
***  *** 動かざるものを表す。
***  *** 人に配当すると少男。
 
「火山旅」の卦。旅行の旅であるが、易の旅とは観光旅行ではなく流浪の旅を意味する。新しい居場所を求めての旅である。あせらず、求めるものをしっかり持つことが大切である。
 
生きる意味は何か?そう問われて直ぐに答えられるだろうか。
 
答えは様々だろうが、自分なりの答えはしっかり持っていたい。

その25ー豊かさー

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亨は最近、心の豊かさについて考え続けていた。
 
きっかけは1年前に父親の葬儀を出した時である。米沢にある実家の父の部屋で見たのが、本棚いっぱいに並べられていた仏教、哲学、儒教、老荘関係の書物である。
 
母は言った。「この本は何時か亨が読むと思うからこのままにしておけ。」父が言い残したという。何冊かを開いてみると、書き込みがあったり、傍線が引いてあったり、父がいかに真剣に向き合っていたかが解る。
 
今までの亨は毎日仕事に向き合い、忙しく生きてきた。本といっても経済や国際問題については仕事上必要なので読んではいたが、仏教書などは読んでいる暇もなかった。
 
(何か大きな忘れ物をしているのではないか。)そんなことを考えることがある。会社では航空機部の再生を成し遂げ、2年前から海外事業部部長である。次期役員の声も自然と耳に入ってくるが、亨は(それがどうした。)と考えてしまう。
 
経済的なことを言えば、人並み以上の収入はある。妻の利子も今では通訳として1000万円以上の年収もあり豊かと言えるだろう。しかし、亨は何か物足りないものを感じている。
 
亨は利子に退職したいと告げた。利子は一時はショックを受けたが、「私の夫であり。貞の父であり続けるなら思うように生きたらいいのでは。」と答える。
 
ある日、重大な決意を胸に出社する。その日の朝、社長秘書から「社長室へ来るように。」との伝言がある。社長室に入ると、E社長が立ち上がり笑顔満面に近づき「おめでとう!新常務!」と言って手を差し出した。
 
「待ってください。実はその前にこれを受け取って貰いたいのです。」亨は内ポケットから辞表を出した。「何?」E社長は絶句する。
 
***  *** 上卦は雷。
***  *** 活動、行動を表す。
********
******** 下卦は火。
***  *** 文化、文明を表す。
********
 
「雷火豊」の卦。豊は盛大豊満なること。しかし、満ちれば欠けるのが易の理。盛大なる状態がいつまでも続くと考えてはいけない。
 
何か大きな忘れ物をしているのではないか。
 
豊かさとは目に見えるものと、目には見えないものとがある。
 
 
 
 

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