|
曾国藩。1811〜1872
明に替わって中国全土の支配を確立させたのは1644年である。18世紀には康熙帝、雍正帝、乾隆帝の3代に最盛期を迎えた。清はもともと漢民族ではなく、満州民族であり征服王朝ではある。しかし、元とは違い漢の文化を尊重したので興隆する。
政治も漢満偶数管制といって漢人と満州人のバランスを考えて行っていたので、比較的平和に推移した。歴代皇帝は文化事業としては、「康熙字典」「四庫全書」などを文人たちを集めて創らせている。
外交は中華思想に基づいて、皇帝が天下を支配し、周辺諸国の王たちは貢物を献上する。お返しに皇帝は王位や官位を授与(冊封=さくほう)するという冊封体制を行っていた。全盛期の清国は人口4億人(全世界人口12億人)、GDPの3分の1を占める超大国であった。
しかし、19世紀になると人口の爆発的増加、、自然災害、官僚の腐敗、財政赤字の拡大などの問題が山積し次第に繁栄も翳りが見え始めていた。
そこに産業革命に成功し世界一の工業国となり、フランスのナポレオン軍を制しヨーロッパの覇者となったイギリスが豊かな市場を求めてやってきた。度々の戦争、多くの植民地にかかる経費で財政赤字を抱え、何としても外貨を稼ぐ必要に迫られていた。
イギリスは清国のしきたりの朝貢貿易ではなく自由貿易を求めたが、失敗する。手段を選ばず金を稼ぎたいイギリスは常識人たちの反対を押し切り、アヘンの密貿易を議会にかけ通過させた。そして武力による進出を狙う。
清が密貿易に抗議し、アヘンを没収、焼却すると早速軍隊を出動させる。1842年、25隻の艦隊を組んで、砲撃しつつ長江に入り、南京攻撃の構えを見せる。
これに驚いた清朝政府は英国艦上で和平交渉し、理不尽な英国の最恵国待遇を認め、香港の割譲、上海など5港の開港に応じた。アヘン戦争と南京条約である。なにせ近代兵器を積んだ軍艦上では言いなりになるしかない。
アヘン戦争以後、銀が流失し、経済は悪化、飢えた農民が流民となる。その50万の流民を吸収して、「滅満興漢」を掲げて指導者・洪秀全が「太平天国の乱」を興す。
太平天国の乱を鎮静化し、この内憂外患の清朝を支えた一人が指揮官・曾国藩である。曾国藩は朱子学者であるが、西洋の進んだ科学技術は学ぶべきであると軍の近代化に尽くした。現在に至るまで中国では尊敬される政治家である。
しかし、味をしめたイギリスは侵略をエスカレート。それを知ったフランス、ロシアも侵略を始める。まるで獲物を漁るハイエナを連想させる。
そんな時代に日本は明治を迎えたのだ。
******** 上卦は天。
******** 繁栄している世界を表す。
********
******** 下卦は風。
******** 下から入り込む意味がある。
*** ***
「天風姤(こう)」の卦。陽ばかりの世界に始めて陰が現れる象。平和な時代だと思っているところへ、思いがけず災禍が忍びよってくる。
5人の男を手玉にとるしたたかな女の登場でもある。要注意。
西郷は「西洋は野蛮な国だ。」と言った。ある人が「いいえ、文明国です。」すると西郷は「文明国とは相手国に徳を施すものだ。そうはしないで、武力を使い欲しいものを捕って行く。これが野蛮と言わずして何というのだ。」
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



