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赤い鳥・創刊号
大正時代は第一次世界大戦、米騒動、スペイン風邪の大流行、共産主義の流入と次々と問題は多かったのだが、そんな中でも子供たちは伸び伸びと育って元気が良かったように思われる。
童話作家の鈴木三重吉や詩人の北原白秋は子供本位の童謡や童話を子供たちに広めようと、1918年(大正7年)「赤い鳥」を創刊した。翌年には斎藤佐次郎が「金の船」を創刊した。他にも「童謡」「婦人倶楽部」「婦人画報」でも童謡が人気を集め、一大童謡ブームの時代であった。
それまでは文部省唱歌である「鳩ぽっぽ」「蝶々」「紀元節」「二宮金次郎」のような官製童謡だったが、近代的な歌として「赤とんぼ」「赤い靴」「七つの子」「てるてる坊主」「椰子の実」「カナリヤ」「からたちの花」など今日にも親しまれる名童謡が次々作られた。
詩を作ったのは北原白秋、若山牧水、西條八十、野口雨情たち。作曲は中山晋平、山田耕作、本居長世たち。童話作家として島崎藤村、芥川龍之介、徳田秋声たち。絵は清水良雄、有島生馬たちが描いた。それぞれその時代の一流作家たちである。
新国劇の「月形半平太」が大ヒットし、主演の尾上松之助のチャンバラ映画により、男の子たちにはチャンバラが大流行した。女の子にはキューピー人形が流行した。
1915年(大正4年)から始まった全国中等学校野球大会は野球の人気を全国規模に広め、やがて夏の甲子園大会へと発展していく。
また東京府の中学校では夏休みを利用して農村生活を体験する課外活動が始まった。林間学校や修学旅行などもこの頃からである。
*** *** 上卦は沢
******** 喜び、伸び栄える、親睦を表す。
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*** *** 下卦も沢
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「兌為沢」の卦。和合悦楽の象。心楽しく、心豊かに暮らすことの大切さを説く。友人あい集い、切磋琢磨することは成長、向上の道である。
大正時代の子供たちが大人になった時、太平洋戦争という激動の時代を迎える。
子供時代に豊かな心を養っていたことが、きっと大きな支えになったことであろう。
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