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後藤新平。1857〜1929
大正時代の日本は前半は激動のヨーロッパに比べ、戦争成金も出現、庶民もデモクラシーの気分を味わった。しかし大戦も終ると貧富の差が大きくなり、各地で米騒動が起きたりと不景気風が吹き荒れる。対外的にもアメリカの排日運動、ソ連からの共産主義思想の流入により暗雲が垂れ込めてきた。
暗い時代の到来を予感させる1923年(大正12年)9月1日、関東の大都市をマグニチュード7.9の大激震が襲った。地震と引き続いて起きた火災により東京、横浜は一面の焦土と化した。死者行方不明10万4000人、全半焼55万戸に及んだ。
震災直後に成立した山本権兵衛内閣で帝都復興総裁に任命されたのが後藤新平である。後藤は「新式都市を造る絶好の機会」として親任式を終えて帰宅するや、その夜のうちに「帝都復興根本策」をまとめた。
この復興案により今日の東京は造られた。昭和通りや靖国通りなどの幹線道路、隅田公園、隅田川に架かる5大橋、小学校の鉄筋化など。丸の内も新宿も渋谷も復興した。「世界的に見てもこれほど復興を果たした例はない。」と言われる程の復興であった。
一方で日本人として恥ずべき事件も記さなければならない。流言飛語による朝鮮人虐殺事件である。「朝鮮人が放火、略奪している。」「大挙して襲ってくる。」「井戸に毒薬を投げ込んだ。」というデマがあっという間に東京、横浜に流れ込む。
自警団が各地に自主的に作られ、人々は「朝鮮人狩り」に狂奔した。6000人以上の生命が朝鮮人という理由で抹殺されたのである。民族対立の激化、防衛本能のなせるわざか。考えさせられる深刻な問題を残した。
*** *** 上卦は雷。
*** *** 雷は震の卦でもある。
******** 行動、活動を表す。
*** *** 下卦も雷。
*** *** 上下重なることで雷の性質を強調する。
********
「震為雷」の卦。天地の間に雷鳴がとどろきわたっている。雷鳴は古代人にとっては天の怒りの声であり、強い畏怖の念をかきたてるものである。しかし、沈着冷静に振舞うことである。反省修養につとめることも大切である。
関東大震災にも勝る「東日本大震災」が起こった。
過去の大震災から学び、反省して、見事に立ち直らねばならない。
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