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ネルー。1889〜1964
司馬遼太郎は「坂の上の雲より」の中で「明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の読書階級であった旧士族しかなかった。この小さな世界の田舎のような国が、はじめてヨーロッパ文明と血みどろの対決をしたのが、日露戦争である。」
日露戦争の結果は世界を変えた。植民地争奪競争に明け暮れていた西洋列強にカウンター・パンチを食らわしたことは言うまでも無い。そして、その支配下に苦しめられていたアジアの全ての国々、アフリカの全ての国々、中東の全ての国々に大きな希望を与えたのである。
例えば、英国の植民地であったインドでは、マハトラ・ガンディーらと独立運動を起こし初代首相になったネルーの回想によると、「私の子供の頃に日露戦争というものがあった。その頃のロシアは世界一の陸軍国だった。世界中は、ちっぽけな日本なんかひとたまりもなく叩き潰されると思っていた。アジア人は西洋人にはとてもかなわないと思っていたからだ。ところが戦争をしてみると、その日本が勝ったのだ。私は、自分達だって決意と努力しだいではやれない筈がないと思うようになった。そのことが今日に至るまで私の一生をインド独立に捧げることになったのだ。私にそういう決意をさせたのは日本なのだ」
ビルマ独立後の最初の首相であるバ・モーは「日本の勝利はわれわれに新しい誇りを与えてくれた。歴史的に見れば、日本の勝利は、アジアの目覚めの発端、またはその発端の出発点と呼べるものであった」
中華民国建国の父である孫文は「日露戦争はアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。この日本の勝利は全アジアに影響をおよぼし、全アジア人は非常に歓喜し、きわめて大きな希望を抱くに至り、大国の圧政に苦しむ諸民族に民族独立の覚醒を与え、ナショナリズムを急速に高めた」
エジプト民族解放指導者であるムスターファー・カミールは「日本人こそは、ヨーロッパに身の程をわきまえさせてやった唯一の東洋人である」 アフリカ開放の父といわれたウィリアム・デ・ポイスは「有色人種が先天的に劣っているという誤解を日本が打破してくれた。日本が有色人種を白色人種の奴隷から救ってくれるので、有色人種は日本を指導者として従い、われわれの夢を実現しなければならない」 当時ロシアの属領であったポーランド、フィンランド、トルコでは乃木将軍や東郷平八郎に因んで「ノギ」「トーゴー」という名前を子供に挙ってつけた。フィンランドでは「トーゴー」という名のビールが発売された。トルコでは「トーゴー通り」が出来、「ノギ」という大きな靴の販売店が今でも健在だという。
アメリカでは日本を激励する詩が黒人の新聞に掲載され、アメリカの黒人は日本が有色人種のリーダーとして、支那やインドと協力し黒人を解放してくれると夢想した。
*** *** 上卦は地。
*** *** 暗い世界を表す。
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*** *** 下卦は雷。
*** *** 活動、行動を表す。
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「地雷復」の卦。陰ばかりであった世界に再び陽が顔を出す象。
長く閉ざされていた社会に一条の光が差し込むのである。
日本の明治維新は日本の為だけにあったのではない。
世界史の流れを変えるためにあったのだと言えるのではないか。
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