さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

「月刊誌・致知」を読む

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私は読書家ではない。私の読む本は安岡正篤先生の本と易学に関する本である。同じ本を繰り返して読んでいる。
最近、書店に並んでいる本を買って読むことは殆どない。これは自慢する話ではないが、新しいニュースは新聞やテレビからいやでも入ってくるので少しも困らない。
ただ、20年以上前から月刊誌・「致知」を取り続けている。
この頃、特に感じることはこの「致知」の素晴らしさである。
「人間学を学ぶ月刊誌」とタイトルを付けられているが、正しくこれが「人間学」かと感じさせる記事に溢れているのだ。
そこで、毎月の記事の中からこれぞと思う記事を照会することにした。ただし、自分の意見を付け加えることもあるので、文責はすべて私にあります。
一人でも多く共感して貰えるなら嬉しいと思う次第である。(猶興)
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稲田朋美。1959〜
 
「知致」7月号のテーマは「将の資格」である。私が最も共感したのは渡部昇一氏、佐々淳行氏、稲田朋美氏の3人による対談である。タイトルは「いま、政治リーダーは何をなすべきか」
 
私は2年前から「明治からの日本」「昭和からの日本」を作り続けて、明治維新いらい150年の日本を考えてきた。言えることは、国の姿は国民の姿。国民の考え方、感じ方はその時の空気、風潮による。その空気はトップの志によることを学んだ。
 
現在の政治家に明治の志があるか。それは全くない。原因ははっきりしている。GHQが目論んだ「日本人骨抜き政策」により日本人は完全に骨を抜かれた。それが既に70年近くになるのだ。現代の閉塞感はそこから来ている。
 
3人の対談を通して私は「原点に帰れ」と思わずにいられない。対談は長いのでとくに渡部氏が「日本のサッチャー」と期待する衆議院議員・稲田朋美氏の言葉を掲載して見たい。
 
汚辱された英霊たちを放っておけない。
「祖国のために命を捧げた人たちに着せられた汚名をなんとかして雪ぎたい。歴史の真実を知り、理不尽な裁判を知り、もう黙っていられなくなった。言いたいことが溢れ出てきて止まらなくなったんです。だから弁護士から政治家への道を選んだのです。」
 
「いまの日本の閉塞感は、靖国の英霊が篤く弔われていないことにあると思うのです。祖国のために命を捧げても、尊敬も感謝もされない国にモラルもないし、安全保障もあるわけがない。そんな国をこれから誰が命を懸けて守るんですか。」
 
「私の政治家への道を開いたのは、靖国に眠る二百四十六万柱の英霊だと思っています。だから、靖国参拝は、私にとって絶対に譲れない一点です。」
 
いまリーダーには「狂」が必要。
「これまでの首相はじめ閣僚たちは、尖閣だけでなく、竹島や北方領土も含め、「摩擦を起こしたくない」と言っていますが、摩擦を起こさずにどうやって領土問題を解決するんですか。いまの時代、最終的に求められる国家リーダーの条件として、少々の犠牲を払ってでも自らの信念を貫く、「狂」みたいなものもないといけないのかなと思います。」
 
日本は道義大国を目指す資格がある。
「高い道徳性と倫理観で世界中から頼りにされて、尊敬される道義大国。それを目指すべきだと思っています。そして世界中で日本だけが道義大国を目指す資格があるんです。」
 
「何故なら二千五百年以上、皇室は日本国だけでなく世界人類の幸福と平和を祈っておられる。そういう国だから、日本は道義大国を目指す資格があると思っています。
 
西郷隆盛を尊敬するという稲田朋美さんを私は応援します。(猶興)
 
 
 

日本再生の針路

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月尾嘉男氏。1942〜
 
「致知」6月号のテーマは「復興への道」である。最も印象に残った記事は東京大学名誉教授である月尾嘉男氏の話であった。
 
次なる百年への舵を切れ
 
現在の日本は、かつて繁栄しながら滅亡への運命を辿ったカルタゴやベネチアの状況に酷似している。日本がかつてない危機に直面しているいま、日本の転換に必要な百年先を見据えた再生の針路は何か。
 
国家滅亡の共通点
 
日本が反面教師とすべき第一の点は「経済至上主義」である。
 貿易大国として栄えたカルタゴは文化を軽視し、国家観や歴史観を持たず、経済発展のみに熱中していた。カルタゴの繁栄を目の当たりにして隣国は敵意を抱き、第三次ポエニ戦争でローマ軍により殲滅された。
 日本は経済大国になることには成功したが、政治の劣化、倫理の消滅、文化の崩壊は増大した。隣国の中国や韓国からは日本攻撃の発言や行動が頻発しているが、国家として毅然として反撃する態度を示さないどころか、敵に塩を送る愚者までいる。
 
もう一つの反面教師はイタリアの海上都市として栄えたベネチアである。かつてはヨーロッパ最強の国家として地中海を支配したが、17世紀頃から陰りが出始める。社会が成熟し、既得権益が固定し、革新を起こす精神風土が衰微した。ベネチアの適齢男子の結婚比率が急速に低下し、17世紀に4割となった。18世紀末に進撃してきたナポレオンに一度も戦闘することなく降伏し、国家として終焉した。
 現在の日本の20歳代男子の未婚比率は7割、女子も6割で、就業意欲のない若者も増加傾向にある。
 現在の日本はカルタゴとベネチアの辿った末路を真剣に振り返る必要がある。
 
精神的バックボーンを取り戻せ
 
明治初期にお雇い外国人として日本の驚くべき発展を体感したスコットランドのヘンリー・ダイナは帰国後に「大日本・東洋の英国」を出版した。そこには「何より劣等国として見下されることは耐え難いという名誉を重んじる気持ち、それこそが最大の動機だったのである。」
 もう一人、アメリカの人類学者であるルース・ベネディクトは1946年に「菊と刀」を著し、西洋の「罪の文化」に対し日本は「恥の文化」であると定義した。名誉こそ、日本民族の精神の根底を成す概念なのである。
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渡部昇一。1930〜
 
「致知」5月号のテーマは「その位に素して行う」である。毎回私が最初に読んでいるのは、渡部昇一先生の「歴史の教訓」である。今回も先生の記述が最も印象に残ったので照会することにした。
 
蒋介石は、毛沢東は、南京事件をどう言ったか、ないものは言うことができないのだ。
 
私に文献的にはっきり示してくれたのは、立命館大学の北村稔氏が文春新書で出した「南京事件の探求・その実像をもとめて」だったと言える。その内容は。
 
南京事件なるものが初めて世に出たのは1938年(昭和13年)である。ヨーロッパで一冊の本が出版された。書名は「戦争とは何か・中国における日本の暴虐」著者はティンパーリ。オーストリア出身でマンチェスター・ガーデアン紙特派員を務めたジャーナリストである。ティンパーリは蒋介石の国民党中央宣伝部国際宣伝処顧問だった。彼は蒋介石から金をもらってデマをばらまき謀略を仕掛けるスパイだったのである。
 
亜細亜大学教授の東中野修道氏とそのグループの研究が南京事件はなかったことを完全に証明した。台湾の国民党政府が資料を開示し、ティンパーリが所属した国際宣伝処の工作概要を入手している。そこにはティンパーリをはじめ蒋介石が雇ったスパイの動向が、支払われた報酬も含め余すところなき記されている。
 
そればかりではない。南京事件の吹き込みにヨーロッパでは成功したから、今度はアメリカにどう吹き込んで支援をより多く引き出すか、を仲間に相談するティンパーリの手紙も見つかっている。
 
南京事件がなかったことは紛れもない。だが、中国では国民をまとめる手段として反日を鼓吹し、虐殺記念館まで建てている。三十万虐殺を事実と信じ、疑うこともしなくなっている状態がある。
 
もう一つ重要なことがる。南京戦以後、蒋介石は外国人記者と実に三百回以上の記者会見を行っている。蒋介石が南京事件について発言したことは一度も、一言もないのだ。
 
もう一方の旗頭である毛沢東も同じである。毛沢東は講話、講演を何度も行い、膨大な著作を発表している。だが、南京事件にはまったく触れていない。
 
 
 
 
 
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清野芝香さん
 
「致知」4月号の特集は「順逆をこえる」だった。この特集記事の中から特に印象の残ったのが、清野芝香さんの記事である。清野芝香さんは若くして他界した算命学宗家・高尾義正氏に師事され算命学を通して日本の政治、社会、教育、家庭の進むべき道を広く伝えておられる人です。
 
私の学ぶ易学とは少し違い、何か怪しさも感じながら読んでみると徳川時代のとらえ方など私の考えと共感する部分があり、これは大したものだと思い直した。
 
「算命学が教える順逆こえる人生の知恵」
 
日本の歴史にはかつて自然の摂理に基づいた政治が行われていました。徳川時代です。徳川幕府は古代中国の皇帝学に基づいて「五徳の法」に則った社会づくりをしていたのです。五徳の法とは仁徳、義徳、礼徳、智徳、信徳をいいます。日本の社会を五分類(公士農工商)して各々の領域を設けて、その領域の中で最高のエネルギーを燃焼させていったこと自体は自然の理に適ったことでした。
 
三百年かかって出来上がった考え方は、最低百五十年後を経た変期に失われ始め、三百年後には完全に喪失してしまうのです。平成二十四年は明治元年から数えて約百五十年に当ります。まさに日本は変期に差し掛かっています。問われているのは集団の崩壊の危機であり、学校、会社、政界などすべての秩序が保てなくなっています。
 
とくに顕著に表れているのが学校教育です。間違った民主主義に染まった日教組の考えが蔓延したことで教師と生徒という縦の関係が失われ、大混乱に陥っています。算命学で説く教育論は、「家庭は道徳を教える場」「学校は常識を教える場」教育は縦の関係でなければいけません。友達のように仲のいい親や教師では精神的骨格となる道徳は伝えられません。
 
アメリカ型民主主義に代わり、人情・情緒・誠実・勤勉といった日本人特有の感性を生かした日本人の身の丈に合った民主主義の確立の必要性を感じずにはいられません。
 
算命学で世の中を見れば、時代は常に陰と陽の時代を繰り返しています。動乱の時代も平和の時代も長い時を経て再びやってきます。先人の知恵に学び、それを実践していくことで、世の順逆をこえる道は開かれると思います。
 
 

人生を照らす言葉

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文学博士・鈴木秀子さん
 
「致知」3月号の特集は「常に前進」である。特集記事ではないが、毎月連載されている鈴木秀子先生の「人生を照らす言葉」を照会したい。
 
幸せと成功の関係のコペルニクス的転換
 
太陽は地球の周りを回っているのではなく、地球が太陽の周りを回っているという地動説を提唱し、中世ヨーロッパの常識を180度転換した科学者・コペルニクス。
 
彼の偉業にも匹敵する近年の脳科学の発見とは、「成功したら幸せになるのではなく、幸せになれば成功する」ということです。
 
人は幸福感を味わった途端に、信じられないような力を発揮します。人間の脳は、前向きな気分の時に最もよく働くようにできている。成功と幸福感との関係を表す鍵です。
 
私たちは努力すれば成功し、成功して初めて幸せが訪れると思い込んできました。ところが成功のために幸せを犠牲にしては、皮肉にも成功するチャンスそのものを遠ざけてしまいます。
 
水が半分入ったコップを前にして、半分しかないと思うのではなく、半分もあるという考え方を、常に持ち続ける。そうやっていまの環境の中にある幸せを味わっていれば、成功は自ずとついてきます。
 
将来いつか訪れる幸せを願わずに、足元にある幸せを感じながら、一歩一歩進んでゆけばよいのです。成功は自然とついてくることでしょう。
 
 

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