さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

昭和からの日本

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戦後の教育では日本の近現代については曖昧なままにしてしまいました。その結果、経済だけが優先するだけで本当の日本の姿が明確になっておりません。日本は侵略国なのか、何故大戦争に突入してしまったのか?そんな疑問はしっかり勉強すれば解ることです。不勉強の身ながら、簡潔にしかし基本をはずさないようにお伝えしたいと思います。お付き合い頂ければ幸いです。(猶興)
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金丸訪朝団。その2

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金丸信(左)1914〜1996
 
78歳の金日成と76歳の金丸が何を語り合ったかは解らない。一行の最終日、両国の実務者たちは共同宣言の作成にかかった。既に宣言書は出来上がっており、それを見て日本側は青くなった。始めの項目に「日本が過去36年間朝鮮人民に与えた不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民が受けた損失について謝罪し、償うべきだと認める。」とあった。このまま調印して帰国したらふくろ叩きに遭うだろう。
 
「戦後45年間の損失とは何か。拉致やその他の犯罪行為で損失を受けているのは日本じゃないか。」「こんな理不尽な文書はない。」日本側は堅く拒絶した。すると北朝鮮実務者は言った。「しかし、金丸先生は認めていますよ。」まさかと思い金丸に確かめると、金丸は「いいよ、いいよ、俺が責任をとるから認めてやってくれ。」と言った。結局、共同宣言はそのままの文書で調印となる。償い金として約1兆円も北朝鮮の要求通り支払うことになった。
 
全ては金日成の戦略である。金日成は何年も前から朝鮮総連を使って周到な情報収集をし、綿密な計画を練っていた。日本政府の謝罪外交、組織の乱れ、要人たちの性格まで調べ上げていた。とくに完全に籠絡された金丸については家族関係、交友関係、天皇陛下を褒めると泣いて喜ぶことまで調べ上げた。(金丸の後添え女性は北の在日朝鮮人であるが、ここまで仕組まれたかは確証はない)
 
出発前、拉致被害者の家族は何か手がかりを、安否だけでもと期待した。訪問団全員が頼まれている。有本恵子さんの母は地元選出の石井一に家族あての手紙を持参して「きっとこれを見せて下さい」とお願いした。にもかかわらず、拉致問題を口にした議員は一人もいない。帰国後の訪朝団は「土下座外交」「売国訪朝団」などと集中砲火を浴びせられた。
 
北朝鮮は貰うものを貰うと、再び扉を堅く閉めた。北は1兆円を何に使ったのだろうか。恐らくこれで核兵器の開発を始めたに違いない。何もせずに静観していれば北は自然崩壊したものを。訪朝団はいったい何をしに行ったのか。日本の謝罪外交は果たして何の役に立つのか。
 
「いいよ、俺が責任を取るから」と言った金丸は何の責任をとったのか。その後、脱税事件で調べを受けた金丸邸からは北からと思われる数億円相当の金の延べ棒が出てきた。(真相は謎である)
 
******** 上卦は火。
***  *** 文化。文明。
********
***  *** 下卦は水。
******** 問題。悩み。
***  ***
 
「火水未済」の卦。「水火既済」の反対。完成に至らず元の木阿弥となる。美しい夢が覚める。もう少しで成就しそうだった恋が冷めてしまう。易は完成に終らない。完成も流転。人生に終わりはない。
 
北朝鮮と日本は目と鼻の先にある。両国がこのままで良い筈はない。両国の関係を論ずるには、明治からの歴史を知り、お互いの実情を知ることだろう。今回で「昭和からの日本」は最終回とします。お付き合い頂いた皆様に感謝いたします。
 
 
 
 

金丸訪朝団。その1

 
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金日成。1912〜1994
 
北朝鮮は1980年代後半、ソ連からの石油、食料の友好価格(市場の半値以下)もなくなりいよいよ経済が立ち行かなくなりつつあった。(中国も市場経済に舵を切り韓国との接触が始まる。)そんな時、長く国交がなかった北朝鮮と日本が初めて公式に会談することが決まった。
 
首相・海部俊樹は喜んだ。もし両国に国交の風穴が開くことになれば、歴代内閣にもできなかった快挙であり、とかく無能呼ばわりされる海部が歴史に名を残すことにもなる。7年前に日本の漁船・第18富士山丸の艦長と機関長を脱北兵士を匿った罪(2人には何の罪もない)で拘束されていたので、2人を救出するチャンスでもある。又はっきりしてきた拉致問題にも進展があるかも知れない。海部の夢は膨らむ。
 
1990年(平成2年)、副総理の金丸信を団長に野中公務、石井一、武村正義ら自民党議員13名と田辺誠を代表とする社会党議員10名の訪問団が平壌に向かった。一行は平壌で市民2万人によるマスゲームの歓迎を受ける。感動の余韻が覚めやらぬ一行に「明朝首席との会談の用意が出来ました。これより妙高山へお連れします。」と言われ、3時間かけて真夜中の景勝地・妙高山に到着。宮殿のような金日成の別荘で翌朝、金丸、田辺、金日成の三党トップ会談が開かれた。
 
席上、金丸は金主席から「遠い所をようこそ、まるで旧い友達に会ったようです。」日本語での丁重な挨拶に金丸は感激、「金閣下とお会いできて光栄です。私も始めてとは思えません。」拘束中の2人の釈放も主席から快諾を得、一行が待つ部屋に戻った金丸は上機嫌。その後一行とともに金主席は記念撮影をし、午餐会。ここでも金主席の気配りは続いた。乾杯しながら各テーブルを回った。北朝鮮の高官たちから「こんな光景は見たことがない。」と興奮して言われた。
 
一行は金日成について「恐いと思っていたが、案外優しい人だ。」「やはり人間同士腹を割って話せば解り合えるのだね。」「我々は誤解ばかりしていたようだ。」印象はすこぶる良かった。一行が平壌へ戻ろうとすると、金主席の側近が慌ただしく。「金主席が金丸先生と二人だけでゆっくり話をしたいと希望しているので是非とも残って貰いたい。」金丸は一行に「主席からのたっての希望とあっては残らない訳にはいくまい。」と言って秘書とSPの3人で残ることになり、一行は平壌に戻った。
 
***  *** 上卦は水。
******** 問題。悩み。
***  ***
******** 下卦は火。
***  *** 文化。文明。
********
 
「水火既済」の卦。既済(きせい)とは全てが成就すること。出来上がることである。ことが順調に運び、このまま行けば完全試合が達成する。恋愛がうまく運び夢が実現しそうだ。易には「初め吉にして、終わり乱る。」とある。
 
日本の謝罪外交に「何をおっしゃる、こちらこそご迷惑をお掛けしました。これからはお互い過去のことは水に流して、仲よく行きましょう。」こんなうまい具合にことが運べば良いのだが。外交はそんなに甘くはない。
 
 
 
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金賢姫。1962〜
 
日本がバブル景気に浮かれている頃、昭和62年11月に飛んでもない航空機事故が起きた。アブダビ空港からバンコク空港に向け飛行中の大韓航空機が爆破し空中分解した。乗員、乗客115人が犠牲になった。
 
これが単なる事故ではなく、韓国のオリンピックを妨害するための北朝鮮によるテロであることが判明する。偽名の日本人を名乗る男女2人の容疑者が手配される。バーレーン空港にいた2人に事情聴取しようとすると、2人は服毒自殺を図る。男は死んだが、意識不明の女は3日後に逮捕された。女は金賢姫、27歳、北朝鮮の工作員だった。
 
調べの結果、驚くべきことが解る。金賢姫の父は外交官、大学在籍中に工作員としてスカウトされ日本向けの謀略活動要員として訓練を受ける。その日本語教官が李恩恵と呼ばれる女性。実は田口八重子さんとみられる拉致被害者であった。かねてより北朝鮮による拉致が強い疑いを持たれていたが、横田めぐみさん、有本恵子さんら十数人の拉致事件が、これで疑いようのない事実と解り国民の北朝鮮に対する怒りは断じて許せぬものになった。
 
一方で、日本政府はロッキード事件いらいの混乱の最中だった。バブル時代に乗って大儲けしたリクルート社が子会社のリクルートコスモス社の未公開株を当時の有力政治家、労働省と文部省の事務次官、NTT会長などに賄賂として贈ったことが発覚した。自民党の竹下首相、宮沢蔵相、中曽根前首相、安倍晋太郎幹事長、藤波前官房長官ら、主だった自民党の有力者が名を連ねた。
 
次の参議院選挙で自民党は大敗。宇野総理は自身の女性スキャンダルもあり、わずか2か月で退陣、海部内閣が成立したが、国をリードする力はない。バブル崩壊とともに昭和を支えた55体制が崩壊していく。
 
******** 上卦は山。
***  *** 止まる。動かないもの。
***  ***
***  *** 下卦は地。
***  *** 陰の代表。
***  ***
 
「山地剥」の卦。剥とは剥製の剥。張子の虎、見かけは立派だが中身がない。崩壊寸前の危機。文化の爛熟が極度に達すると次に来るものは崩壊である。
 
昭和天皇が最後の公式行事に出席したのは、昭和63年8月15日の全国戦没者追悼式であった。その後9月19日、寝室で吐血、重体となる。翌年1月7日、崩御された。元号は平成となり、激動の昭和は幕を閉じた。
 
 
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中曽根康弘。1918〜
 
中曽根は田中角栄と同じ歳、政治家になったのも同じ年。昭和50年代、長期政権だった佐藤内閣の後継者として、「三角大福中」と呼ばれたが、最後に総理になったのが中曽根である。少数派閥であったので風見鶏と言われながら臥薪嘗胆の年月を過ごした。急がば回れ、最も輝いた時代に大輪の花を咲かせた。
 
世界経済は2度に渡る石油ショックの見舞われ不況が続いた。しかし、いち早く不況から立ち直ったのは日本。日本は持ち前の技術力で省エネ製品を生み出し、輸出は好調、正に世界の垂涎の的となった。アメリカをはじめ世界各国は日本の輸出抑制のために円高を求めてきた。
 
1985年(昭和60年)ニューヨークのプラザホテルで米、英、仏、西独、日の先進5か国で会議が行われた。日本の円は安すぎる、1ドル230円を2倍の120円位にしろというものだ。もの凄いハードルを押し付けられたのが「プラザ合意」である。
 
好景気を背景に中曽根内閣は、「行革の鬼」と言われた土光敏夫を中心に行革を断行した。懸案であった国鉄、電電公社、日本専売公社の三公社を一気に民営化させた。中でも20兆円の累積赤字の国鉄は難題だったが、昭和62年、七社による分割民営化に成功した。JRの誕生は中曽根内閣の功績である。赤字は減少し、サービスも向上した。
 
一方で円高による経済は混乱も生じたが、原油価格は安くなり、輸入品は大幅値下げ、ワインブームが起き、ブランド品も安く買える。海外旅行も国内旅行並みになった。それでも大方の日本人は買い物には走らず、財テクを始めた。土地は上がり、株が上がった。証券業界と不動産業界はお祭り騒ぎの活況。土地獲得のために暴力団を使い地主を追い立てる「地上げ」まで横行する。
 
財テクブームで土地、マンション、株、ゴルフ会員権、何もかもが上がり続けた。夜の繁華街は連日人であふれ日本中が浮かれ騒いだ。正に昭和の打ち上げ花火。しかし、数年後にはバブルの崩壊が始まり、分譲マンションを投資目的に買った人たち、退職金を株につぎ込んだ人たち、みんな真っ青になった。
 
***  *** 上卦は雷。
***  *** 活動。進む。
********
******** 下卦は火。
***  *** 文化、文明。
********
 
「雷火豊」の卦。盛大豊満なること。月で言えば満月の状態。しかし、月も満ちれば欠ける。盛んなれば必ず衰える。盛運にあるものは必ず警告音に耳を傾けねばならない。
 
バブル景気は花火のように一瞬輝いて消えた。激動の昭和時代も過去へと消えていった。その後に来たものは長いトンネルである。私たちは未だに先が見えないトンネルの中にいる。

劇場型犯罪と大惨事

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 キツネ目の男
 
昭和59年3月、世間を驚かす事件が起こった。「グリコ・森永事件」である。江崎グリコの社長宅が突然襲われ、妻と娘が監禁され、社長が拉致された。4日後に社長は大阪府内の監禁場所から自力で脱出してきたが、その後脅迫状が届く。報道各社にも「かい人21面相」の名で、グリコ製品に青酸ソーダを入れたという脅迫状が届いた。
 
その後、森永製菓にも「かい人21面相」の名で1億円を要求してきた。報道機関にも「森永製品に青酸ソーダを入れた」という手紙が届き、実際に京阪神の12店のスーパーから致死量の青酸ソーダ入りの森永製品が見つかる。グリコも森永も店頭から製品を撤去、莫大な損失を蒙る。
 
さらに、翌昭和60年になると不二家、明治製菓、ロッテの製品にも青酸入りの商品が発見された。犯人たちは「けいさつの あほども え」で始まる手紙を何回も送り付け警察の捜査をあざ笑った。防犯カメラに写った犯人と思われる「キツネ目の男」の似顔絵を公開し必死に捜査するも、犯人は逮捕されない。マスコミを利用した「劇場型犯罪」と呼ばれた事件は未解決のままである。
 
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坂本九。1941〜1985
 
この年の8月、世界でも例のない史上最悪の航空機事故が起きた。「日航御巣鷹山墜落事故」である。東京発大阪行き日航123便ジャンボ機が飛行中、操縦不能となりコースを外れたまま群馬県の山中へ墜落したのだ。
 
自衛隊や地元警察が捜査に入り、散乱した機体の中から奇跡的に生存していた4人が救出されたが、残りの乗客、乗務員、計520人が犠牲になった。乗客の中に「上を向いて歩こう」などのヒット曲で知られた歌手・坂本九もいた。
 
原因は機体後部の圧力隔壁の修理不備とされたが、日航にも製造元のボーイング社にも刑事責任を問うことが出来ず、遺族たちは十分な補償もないまま放置されてしまった。現在も遺族による慰霊登山が毎年夏に行われている。
 
***  *** 上卦は水。
******** 困難、問題、陥る。
***  ***
***  *** 下卦も水。
********
***  ***
 
「坎為水」の卦。困難、険難に陥ることである。個人も社会も突然思わぬ困難に陥ることがある。こんなときにどうするかで人間の真価が決まる。困難に打ちひしがれるが、勇気を出して立ち直って欲しい。
 
事件や事故には逢わないに越したことはない。しかし、いろいろな意味で困難に陥ることは人生の常である。易には順番があり、「坎為水」の次は「離為火」である。「離為火」の意味は新しい文化に出会うことである。つまり、何かに陥った者はそこで何かに気づき、新しい一歩が始まるのである。
 
 
 
 

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