さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

易学入門

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易経の生成

易経の生成
 
ここでは先ず「中国史の曙・殷より周へ」と題して、易が生まれた頃の歴史を紐解く。短い文章の中で殷のもとで諸侯の一つに過ぎなかった周が、困難を克服して周王朝を築く道程を説いている。
 
「殷周と卜筮」「易経の成立」ではその歴史の中で、いかにして易経が形作られて来たかを説く。八卦から六十四卦に発展した易は、伏羲(ふつぎ)、文王、周公らの貢献が大であるが、春秋時代を経て孔子の集団が完成させたとも言える。「戦国時代にはいって、陰陽思想や五行思想と合致して、更に思想體系が整へられ、戦国末期から秦になって、始皇帝の言論弾圧、思想書籍の焼却にも、卜筮の書としてほぼ免れ、漢にはいって又その研究が進み、易経衍義・易経解説ともいふべき十翼ができて、それらが綜合されて今日の易経になった。」焚書の災難を免れたことは幸いだった。
 
「十翼」「易の六義」「太極より六十四卦へ」の解説により易の基本的意味と仕組みを説いている。八卦の説明もあるが、短い文なのでここは繰り返し読んで考えなければいけない。次に「卦爻と変化」の解説。易には決められたルールがあるので、ここもしっかりと把握する必要がある。親切な解説だと思う。
 
「筮法と占例」では占いのやり方を簡単に照会しているが、「学問の第一義は、窮して苦しまず、憂へて意衰へず、禍福終始を知って惑はぬ(荀子)にあるから、聖人は卜筮を煩はさない。易経を深く学べば特にさうならなければならない。」である。いくつかの歴史上の占例には興味を惹かれる。
 
「研究案内」では易に関する過去の著書を照会している。こんなに沢山あるのかと驚き、安岡先生の勉強ぶりが頭に浮かぶ。ここに「公田連太郎氏の『易経講話五巻』が最も親切丁寧である。」と照会されている。
 
この後にいよいよ「易経本文の解説」に入るのだが、「易学入門」の基本は「易の基本思想」と「易経の生成」にある。いきなり本文に入ると何が何だか分からなくなる。この本は「入門」というタイトルではあるが、入門書にしては難解すぎる。ある程度、理解したところで取り組むのに相応しい本である。そこで、「歴史を易で観る」を作って見た次第である。六十四卦の順番と大体の気分を知った上で取り組むことが良いのではないか。とにかく易は「人生の万華鏡」、あせらず、丁寧に、少しづつ取り組んでもらいたいものです。

易の基本思想

易の基本思想
 
「易学入門」は「序説」「易の基本思想」「易経の生成」「易経本文の解説(上下)」で成り立っている。本文に入る前に基本と周辺知識を学ぶのであるが、これが容易ではない。しっかりとした内容と深い哲学がある。入門書だと思って甘い気分で取り組む者はこの時点で大抵放棄することになる。
 
しかし、腰を据えて取り組んでみると実に味わい深いものがある。基本思想のところでは、「天人合一観」の中で易とはどんなものかを説いている。「易は天地と準ずる。故に能く天地の道を彌綸(びりん)する。」「天地と相似たり。故に違わず。」など「繋辞伝」からの引用で易の本質に迫る。
 
「生」のところでは、A・シュワイツァーの自伝を照会し、「2千年の後も、2千年の前も、真理に変わりはない。いかに生くべきか。いかに生かすべきか・これが易である。生は天地の大徳なのである。」とある。
 
「生動と幾」では、思想学問が型に嵌まりがちで機械的な、独りよがりになる危険を説く。ダーウィンの自伝から、彼が人間性の情緒的部分を弱めてしまった反省を照会している。
 
「商に商機あり、政に政機あり、商機を知らず、政機を知らずして、商売や政治に成功することはできない。」「易は最も機を重んじ、機を捕へて、機化の妙用に参じ、霊活な行動をとらうとする者である。」
 
「性命・運命・命数」では、私たちの人生が限りなく神秘に満ちており、どのように変化していくか生きてみなければ解らない。「その人にいかなる素質能力が伏在潜蔵しているか、それこそ偉大な課題であろう。その性能を開発して、人生・社会・天地の為に必要な仕事をするのが人間の意義であり、使命である。これを『命を知る』『命を立つ』といふ。易経にも、夫れ易は物を開き、務を成し、天下の道を冒(つと)む。斯の如きのみなる者なり。(繋辞伝)といっている。」
 
「陰陽相対(待)性原理」の中では陰陽の原理と東洋思想と西洋思想の違いを説いている。この一文を読めば、易が世界の思想中最も中心にあることがよく解る。「陽は造化の活動し、表現し、分化し、発展するエネルギーである。然しこれに偏すれば、活動は疲労し、表現は貧弱となり、分化は散漫・分裂し、発展は衰滅する。これを救うものは陰のエネルギーである。これは順静・潜蔵・統一・調節の作用をする。この互性がはたらいて始めて活真を得る。もし陰に偏すれば萎縮し、固執し、沈滞して、やはり衰滅する。二者相和して始めて新しい造化が行はれる。これを「中」すという。物はすべて陽に向ふが、陰を待って、始めてよくその全體性・永続性を得る。故に造化を我々の歩行に徴して「道」と言えば、陽は道の用であり、陰は道の體である。」
 
「西洋文明の本領は個人主義的で、我の自覚が明らかであるから、自治的で、権利・義務の観念に富み、功利に長じ、構成に巧みで、知性的・表情的・野心的なところは明らかに陽性である。東洋文明は没我的で、理想を求め、献身的であるが、自覚に乏しく、直感的・幽情的・内省的で、陰性である。」と文明論を展開する。易を知ることはすなわち「天地の道を彌綸(びりん)する」の通り天地の法則を知ることだと知らされる。

安岡先生の易学入門

序説
 
私は安岡正篤先生の「易学入門」にはかねて興味を持ってはいたが、簡単には理解できないだろうと躊躇していた。始めて手にし、驚き、惹きつけられたのは、その序説を読んだときである。
 
「多少とも東洋の思想学問に志ある人々ならば、易経を読みたいと思わぬ者は無いだろう。儒教、仏教、道教、神道等、いづれの道を進んでも、必ず易に関連を持つし、さういふ専門的研究はしばらく舎いても、人生の経験を積んで、ある年齢に達すると、易を覗いてみたくなるものである。要するに型に嵌まつた、無味乾燥な講壇哲学や、個人の貧弱な経験と頭脳から搾り出した煩瑣な理論文章などでは、どうにも心情が満たされず、民族の歴史に棹さして、永遠の青山白雲を見るやうな、我々の心霊に響く感動の籠ったものを読んで、考えたいと思ふのは、何人もの胸底に在る願いである。さうなると、さしずめ、この易に心を潜めるのが、古来賢者の常であった。それが長く後進にとって堪らない魅力であったのである。」
 
私は「易に心を潜める賢者」でありたいと願った。それにはこの本をどうしても理解しなければならない。さらにこの序説には「この深山幽谷に遊ぼうとする人々の為に一人の強力の役を自分で行ってみよう、近代の教育・学問で育った人々が何とかついて来れるやうな入門書を作ってみようと、かねて志した」とある。「何とかついて来れるやうな入門書」を作ってくれたのである。ついていけないでどうする。何とかついていかねばならない。
 
先生がこの本を世に出したのは、主宰する全国師友協会が組織された時期でもあり、先生は多忙を極めていた。そんな状況の中、「暇を作っては諸書を渉猟し、メモを書きつけたりしている中に、いつしか数年を経過して、備忘のノートが徒に重なるばかりだった。」昭和35年、安岡先生が63歳の時に執筆にかかる。昭和35年といえば、日米安保条約の改定をめぐり与野党の対立が頂点に達し、デモ隊が国会を取り囲んだ時期でもある。
 
先生は「余りに世情の言論行動が狂躁を激しくするにつれて、その中に明け暮れする生活に、いかにも疲れと荒みを覚えて、ふと自分自身の内面的摂養の為にも、かねての企画を実行しようと一念発起した。」さう決心して、「8月強引に談判される諸行事を喧嘩腰で一切謝絶し、靖国寺を下山して、深更東京に帰省したその夜半から始めて、この易学入門の執筆にかかった。」とある。
 
「すでに疲労が積もっている上に酷暑で、構想や叙述がうまく捗らず、そこへ煩はしい人事がやはりつきまとって、最初は到底だめかと思ったが、疲れては少睡をとり、或は夜中の2時3時まで、或は未明の3時4時から起座して、精力を傾注」「心中・ひそかな楽しみを抱いて行ることであるから神気は冴えるが、肉体はさすがに憔悴した。」いかに困難な状況下の中でこの本が出来たことであろうか。
 
「丁度易学研究の一種の濃縮エキスを予定の通り8月一杯で書き上げることができた。」先生のこの孤軍奮闘ぶりに頭を下げるしかない。序説の終わりには「元来易は政治外交の道であり、それは結局倫理道徳に帰し、その人間の倫理道徳は畢竟偉大な自然の法則と合致すべきことを明らかにしたもの」「人生の万華鏡を解釈する妙理である。」先生を師と仰ぐ者は、先生に一歩でも近づきたいと思う者は、この「易学入門」はどうしても理解せねばならないと思った。かくして先生が不眠不休の一月で書き上げたこの本を、何とかものにしようと20年以上を既に費やしている。

艮と兌

乾坤の三男と三女です。少男と少女と呼びます。この二卦も相対と相待との関係になっております。
 
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艮(ごん)の卦
 
自然に配当すると「山」です。「山の卦」と呼ばれます。「艮は止まるなり」一本の陽爻(こう)が頂上まで登って止まっておるのである。

艮の卦は家族では少男、身体では手に、動物では狗(犬)に配当されます。その他にも径路(狭い路)、小石、門、寺の門番等で表されます。

実際の山や山登りを連想していただくと良く理解出来ますが、じっと動かずに真面目で、文句も言わない存在。山登りからはコツコツと積み上げていく、勤勉家、努力家のイメージがあります。
 
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兌(だ)の卦
 
自然に配当すると「沢」です。「沢の卦」と呼ばれます。「兌は悦ぶなり」草木が沢の潤いを受けて活き活きと成長し悦んでいる。

兌の卦は家族では少女、身体では口、動物では羊に配当されます。その他にも巫女、妾、口舌、毀折(きせつ、毀れる)等で表されます。

実際の沢や川くだりを連想していただくと良く理解出来ますが、山登りに比べればワイワイはしゃいでいる、のんびりと釣りをしている、努力の山に対して開放的、楽天的、遊びのイメージがあります。

坎と離

乾坤の次男、次女ですが中男、中女と呼びます。この二卦も相対にして相待の関係です。
 
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坎(かん)の卦
 
上下の陰の間に陽がある卦です。自然では「水」に配当され「水の卦」と呼ばれます。

「坎は陥るなり」上下の陰こうの中に陥っている形です。家族では中男、身体では耳、動物では豚に配当されます。その他に溝、隠伏(盗む)、弓輪、心痛、悩み、心配、困難、等を表します。何かに溺れている、夢中になっている、落ち込んでいる、スランプ状態、にも使われます。
 
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離(り)の卦
 
上下の陽の間に陰がある卦です。自然では「火」に配当され「火の卦」と呼ばれます。

「離は麗(つ)くなり」火は何物かに付いて燃えるのであり火だけで燃えているものではありません。家族では中女、身体では目、動物では雉(きじ)に配当されます。その他に太陽、電気、甲冑、文明、文化、才能、等を表します。坎の卦の相対と考えると良く理解出来ますが、輝いている、脚光を浴びる、にも使われます。

離には離れるという意味と付くという意味があります。(不思議ですが)ここでは、付くという意味を表しております。スランプ状態から何かを付かんで輝きを取り戻すというのも易の仕組みなのです。

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