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易は「人は三聖を更え、世は三古を歴たり。」(漢書の芸文志)と言われております。つまり、三つの時代を経て、三人の聖人により作られたものだというものです。(但し文王と周公旦は親子なので一人と数えています)
最初の聖人は伏羲(ふつき)という紀元前2700年頃の伝説時代の皇帝です。易の基本である八卦を作りました。 時代と共に発達した易を完成させたのが2番目の聖人、前1000年頃の周の文王とその子である周公旦です。 六十四卦の卦辞を作ったのが文王で三百八十四の爻(こう)に爻辞(言葉)をつけたのが周公旦と言われております。 そして、3番目の聖人が前500年頃の孔子で繋辞伝を初め十翼と言われる易の解説書を作りました。 ここで是非知って置いて戴きたいことは、文王と周公旦が生きた時代のことです。それはまさに暗黒時代と言える大変な時代だったのです。 文王が率いていた周は殷王朝の下にあった諸侯の一つでありました。早くから農耕に力を注ぎ、経済的にも豊だったようです。しかし力を付けるにつれ殷王朝からは圧力を加えられ、文王の父である王季は殷のために謀殺されます。文王も羑里(ゆうり)に監禁されます。優秀な家来が多くいましたので莫大な賄賂を殷の君臣に贈りようやく助け出したこともあります。 最悪だったことは殷の最後の皇帝であった紂王が暴虐非道な王であったことです。気に入らなければ、実の子でも直ぐに死刑にするので誰も手が付けられない歴史上の暴君でした。 「紂、打つべし」諸侯の3分の2までが周を頼りに協力を誓いますが、隠忍自重の態度を守ったのが文王でした。やがて、時期が来て長男の武王が殷を滅ぼし周王朝を建てることになります。 こうした時代背景の下に易は出来たのです。ですから易には困難に処する道が、頻繁に出て来ます。猪突猛進を諌めたり、軽挙妄動を戒める言葉が少なくありません。 易が出来た時代を知ることも易を勉強するには重要なことです。 |

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