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近衛文麿。1891〜1945
日中戦争に観る「風水渙」
(序卦伝)兌は説ぶなり。悦びて後に之を散ず。故に之を受くるに渙を以てす。渙は離るるなり。
2・26事件後の政府は事件の再発を恐れて軍隊を支配出来なくなる。広田内閣で軍部大臣現役武官制が復活、陸軍内に政治外交を担当する部署まで出来てしまう。昭和12年6月、近衛文麿(細川護煕元首相の祖父)は戦争回避の信念をもって首相の座に立つ。五摂家という名門出身、京大出身の秀才、長身で端正な容姿、46歳の若さ、天皇からも信任され、国民からも期待された。しかし、もはや軍部をコントロールすることが出来ない。
8月には第2次上海事件が起きる。世界の関心を集めるためにアメリカから提供された戦闘機で上海を盲爆。欧米人を含め民間人に多大な被害を与える。
停戦の呼び掛けに応じないのが蒋介石の戦略である。ついに日本軍は強硬手段に出た。首都を押さえれば講和に応じるだろうと12月に南京攻略を決行する。38年には徐州、広東、武漢三鎮を占領するが、講和は見えて来ない。日本軍は完全に泥沼に嵌った。39年、ソ連は日本の国際社会からのイメージが侵略国と見られ始めると、満州国境・ノモンハンに大軍を繰りだしてきた。
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風 水 渙
(卦辞)渙は亨る。王、有廟に假る。大川を渉るに利し。貞しきに利し。
(大象)風、水の上を行くは渙なり。先王、以て帝に亨し、廟を立つ。
渙は離れる、散ずる。風水渙は離れたものを集合させようとする象である。王はなにより民の離散を防ぐのである。
風水渙は大事と公私
国が離散の危機にあるとき、下卦の家来たちは有能な九二のもとに集まる。九五の王は「渙に其の大号を汗す。王居を渙す。咎なし。」全てを散じて、大号令を発す。国家もいざというときに一つになれるかどうかである。
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