さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

名僧たちが求めたもの

[ リスト | 詳細 ]

10年前から紀野一義先生の「名僧列伝」は私の愛読書です。この書は通り一辺の読み方では自分のものにはなりません。そこで、この機会にじっくりと読み名僧たちの生き様を訪ねて見たいと思います。読むだけではなく、自分なりの表現で新しく作り直して見たいと思います。お付き合い頂けましたら幸いです。(猶興)
記事検索
検索

教信沙弥のように

イメージ 1
教信沙弥。?〜866
 
晩年の親鸞はどんな暮らしぶりであったか。末娘の覚信尼と善鸞の子・如信と暮らしていた。覚信尼の子である覚恵は食い扶持を求めて真言宗の僧になっているのでかなりの極貧と言わねばならない。85歳からは眼が見えなくなった。1262年に世を去るが、その死は齢九十の平凡な老人の平凡な死という感じしかなかったと覚信尼は伝えている。
 
妻の恵信尼は覚信尼の手紙で知らされた。彼女はたびたび夢を見ていたという。観音となった法然上人の隣にやはり観音になって座っている親鸞の夢である。恵信尼は親鸞を観音の化身と信じていた。親鸞も若き日に六角堂の夢告を信じて、妻を観音の化身と信じていた。みごとな夫婦である。
 
親鸞の遺言は「某(それがし)、閉眼せば、賀茂川に入れて、魚にあたふべし」であった。常々親鸞は「われは賀古(かこ)の教信沙弥(きょうしんしゃみ)の定(じょう)なり。」と言っていた。定とは目標。教信沙弥とは念仏者のルーツとも言われる僧である。奈良・興福寺の学僧から仏道は衆生とともにあると、播磨の賀古(兵庫県加古川市)で日雇い人足として極貧の生涯を送った。
 
臨終にあたり「我が屍は野に捨て、鳥獣に食わせろ。」と家人に遺言した。家人は葬式を出す金もなく、その通りにした。その屍を鳥獣が食い漁ったが、その顔はいつまでも損ずることなく、眼や口は笑っているようであり、香気が漂っていたという。
 
***  *** 上卦は水
******** 困難、悩み、陥る
***  ***
******** 下卦は火
***  *** 文化、文明、才能
********
 
「水火既済」の卦。既済は成就、完成である。易は如何に生きるかを問題にする教えであるので、死についての適切な卦はない。易には終わりはないのである。そこから考えると死のあとも次への変化があるということになる。
 
今日の葬式、戒名などにどれほどの意味があるのだろうか。
室町時代に数奇な人生を送り十九歳の若さで世を去った絶世の美女・地獄太夫の覚悟を照会したい。
われ死なば 焼くな埋むな 野に捨てて 痩せたる犬の 腹をこやせよ
 
 

専修念仏とは何か

イメージ 1
西念寺(稲田の草庵跡に建てられた。)
 
親鸞の常陸の国での活動は20年に及んだ。関東の念仏者集団は盛大になり、親鸞を教祖と仰ぐようになる。しかし、巨大な組織になると祭りあげられた者は実像ではなく虚像となっていく。親鸞は大伽藍に大衆を集める旧仏教とは決別していた。62歳になった親鸞は家族とともに関東を去る。親鸞は京都へ、故郷に居なければならない妻の恵信尼は越後へと戻っていく。
 
親鸞が京へ去ったことは教団の高弟たちにとっては大試練である。(今日、浄土真宗として押しも押されもせぬ大教団であるのは高弟たちの功績があればこそのものである。)意見の対立も分裂の危機もあった。他の宗派からの攻撃にもさらされる。このままでは崩壊すると訴えてきた弟子たちの為に、親鸞は我が子・善鸞を関東に行かせた。
 
ところが善鸞では収拾出来なかった。あせった善鸞は「私は父から特別な奥義を授かっている。」と言って混乱を治めようとした。これが裏目に出てますます収拾がつかなくなってしまう。流石の親鸞も窮地に立ったが、「念仏あるのみ」という原点は揺るがなかった。親鸞は高弟たちを支持、親子の情を断ち切った。善鸞を義絶する。善鸞はそのまま行方不明に。
 
その頃、世の中は乱れに乱れ人々は死の恐怖におののいていた。日蓮は「立正安国論」の冒頭にこう言っている。「旅客来たって嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変地夭飢饉疫癘(えきれい)、遍く天下に満ち広く地上に蔓延る。牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩(ともがら)既に大半に超え、之を悲しまざるの族(やから)敢えて一人も無し。」
 
関東の弟子たちは死を覚悟で親鸞のもとにやって来た。親鸞は弟子たちに言った。「十余か国の堺を超えて、身命を惜しまずこの親鸞を訪ねて来た志は、ひとえに往生極楽の道を問い聴かんがためであろう。しかし、親鸞におきては、念仏以外に方法は知らない。たとえ、地獄に落ちようとも念仏以外に方法はないのだから、ひたすら念仏しなさい。」それが専修(せんじゅ)念仏の教えなのである。
 
******** 上卦は山
***  *** 動かない。止まる。
***  ***
******** 下卦も山
***  ***
***  ***
 
「艮為山」の卦。艮(ごん)は泰然として動かぬ山のこと。とかく人間はふらふらと動きやすいものである。最も肝心な時には、てこでも動かない覚悟が必要だろう。とくに終わりを全うするときの心がけである。
 
「只管打座」(しかんだざ)ひたすら座れということである。道元禅師が唱えた言葉として有名だが、「専修念仏」も同じだろう。親鸞の言葉は激しい。一度信じたら死んでもブレるな。念仏の道も生易しくはない。
 
 

善人なおもて往生す

イメージ 1
イエス・キリスト
 
親鸞の言葉として有名な一節「善人なおもて往生す。いわんや悪人をや。」について私の考えるところを記してみたい。歎異抄にある言葉ではあるが、単純に直訳すれば「善人だって往生出来るんだから、悪人が往生出来ないはずはない。」なんだか善人よりも悪人の方が優先的に往生出来、善人はついでに往生させて貰うのかと、解釈出来る。
 
親鸞の活躍した鎌倉時代は、幕府も安定せず宮中も混乱しており、世の中は乱れに乱れていた。人々は宗教に救いを求めたが、その宗教も各派が争っていた。造悪無碍(ぞうあくむげ)、つまり悪事をするもさまたげ無し。これでは世の中は混乱し、問題だという訳である。この「善人なおもて往生す」の教えは世の中を乱す教えとして、他派の者が鎌倉幕府に訴えた。そのために親鸞の弟子が申し開きにも行っている。 
 
これは、善人と悪人の解釈の問題である。一般的には社会や隣人に良いこと喜ばれることをする人を善人、社会や隣人に嫌われることや迷惑をかけたりする人を悪人というが、親鸞のいう善人、悪人は解釈が違うのではないだろうか。
 
親鸞はかつて5年間も流罪にあっている。そのときは頭の中は次から次と悪念が沸いて来て抑えようがなかったのである。何かにすがりたくても、誰も救ってくれる者はない。そのときの経験からどんな人間でも追い詰められるととても善人では居られない。善人も悪人もその差は紙一重。光りを失い、闇の中を悩み、迷い、悶え苦しんでしまう。そんな状態にあるものを親鸞は悪人といったのだろう。
 
イエス・キリストは、神と信者とを羊飼いと羊たちに例えている。「ここに100匹の羊がいたとする。そのうちの1匹が群れから迷ってしまったら、羊飼いは他の99匹をその場においてその迷った1匹を探しにいくだろう。そしてようやく見つけ出したなら、その1匹のために祝杯をあげて喜ぶだろう。」という話がある。迷える羊はどんなに心細い思いでいたことだろう。親鸞のいう悪人とはこの迷える羊と言えないだろうか。
 
***  *** 上卦は水
******** 迷い、悩み、陥る
***  ***
***  *** 下卦も水
********
***  ***
 
「坎為水」の卦。坎(かん)は困難に陥ることを意味する。困難を表す卦が二つ重なるところから、一難去ってまた一難と続いて問題を抱えることでもある。こんなときは、神や仏を信じてじっと耐えるしか方法はない。
 
キリストは「心の貧しい人は幸いである。天国はこの人のものである。」と言っている。私は始め心の豊かな人の間違いではないかと思った。しかし、あるクリスチャンにこの心の貧しい人とは希望を失い必死に求めている人のことだと教わった。
 
 

親鸞と弁円

イメージ 1
大覚寺(茨城県石岡市)
 
親鸞は新天地、常陸の国での布教活動が次第に認められ、地元の領主からの招きもあって稲田に草庵を持つことになった。越後から家族を呼びここを中心に活動することになる。
 
この地方ではそれまで病気や心配事を解決する手段としては加持祈祷が効験あると信じられていた。播磨坊弁円という山伏がいた。幼少の頃に出家し、難行苦行に堪えて鬼神を調伏する力を身に着けたとされる。播磨坊弁円の名は関八州に轟き、総取締役として八百人の山伏をかかえる大道場を常陸の東野に構えていた。
 
親鸞が稲田に草庵を開いて以来、次第に土地の人々は念仏による信仰を信じるようになっていく。修験道を信じるものが減ってきた。山伏たちには「客が取られる!」という危機が迫ったのだ。弁円は「破戒僧の念仏坊主めが!けしからん!」と立ち上がった。仲間の山伏を集め、親鸞を亡き者にしようと毎日懸命の祈祷を行った。しかし、効き目がない。かくなる上は一刀のもとに、親鸞を斬り伏せるしかないと、親鸞が布教のため往来する板敷山の麓にて待ち伏せをする。
 
ところが、三日三晩待ち続けるも親鸞が現れない。ついに我慢が出来ない弁円は稲田の草庵に押し掛けることにした。「親鸞はいるか!出てこい!」大音声で怒鳴りつけ、恐ろしい形相で草庵に乱入してきた弁円だった。大勢の信者と弟子たちが固唾を飲んで見守る中、奥から親鸞が出てきた。
 
「あなたが弁円殿でしたか。お待ちしておりました。」静かな声で、にこにこと笑っている。恐れる様子は全くない。穏やかな暖かい態度である。弁円は驚いた。そして力が抜けた。刀を振り上げることも出来ない。人間の格がまるで違っていた。「俺の負けだ。俺が間違っていた。」そのまま親鸞の前にひれ伏した。弁円は前非を悔い、親鸞の弟子になった。高弟・二十四輩の一人となった明法房である。ときに親鸞49歳、明法房42歳。
 
板敷山の麓に立つ大覚寺の本堂には「山伏弁円懺悔の木像」が安置されている。そして改心した明法房の歌も残っている。
「山も山 道も昔に かわらねど かわり果てたる 我こころかな 」
 
***  *** 上卦は雷
***  *** 行動、志
********
***  *** 下卦は水
******** 艱難、悩み
***  ***
 
「雷水解」の卦。解は解決、解消である。堅い氷が解けるように、苦しみ悩んだ問題が解けていくのである。厳冬を脱して春を迎えたのである。
 
自分の過ちにいつまでも気がつかない。そんなことがよくある。その為に長い月日を苦しみ悩むことがある。そんなことがないように、いつも自分は素直な心でいたい。過ちに気付く自分でいたい。
 
 

枕石寺伝説

イメージ 1
枕石寺(茨城県常陸太田市)
 
親鸞が二人の弟子を連れ常陸(ひたち)の国を布教して歩いていた頃である。寒風の中歩いていると、日も暮れ雪も降ってきた。当たりに民家も見当たらない。どうにか歩いていると、幸いに一軒の家があった。親鸞たちは一夜の宿をお願いすることにした。
 
「この吹雪の中を難儀しております。廊下の隅になりともお泊め願えませんか。」と頼む。ところが出てきた主人はにべもなく、「汚らしい乞食坊主め、お前らを泊めることは出来んな。」「そう言われても、他にあてはありません。どうか休ませていただけませんか。」重ねてお願いすると、「お前たちは坊主じゃないか。仏道修行するものは、身命を惜しまず野や山に伏すのが当たり前じゃないか。この偽坊主めが、さっさと行ってしまえ!」
 
仕方なく、親鸞たちは先に行こうとした。しかし、闇夜に一寸先も見えない。そこで門の扉止めの石を枕に休むことにした。寒さは厳しくなるばかり。弟子の一人が「お師匠さま、大丈夫ですか。」と声をかけると親鸞は、先ほどから作っていた歌を詠んだ。
「寒くとも 袂に入れよ 西の風 弥陀の国より 吹くと思えば」
 
一方、家の主人である。名を日野左衛門という。かつては京の御所を守る文武に優れた武士であった。しかし傲慢な性格が災いし、やがて罪を着せられこの地に流されていた。しかし観音菩薩を座敷に安置し信仰は深かかったと見える。親鸞たちを追い返した左衛門は寝床に入って休んでいた。
 
夜中に左衛門の夢枕に聖徳太子が現れ、『左衛門よ、悲しきは汝のあさましさよ。先にきたり給える僧侶はただの僧侶ではない。阿弥陀仏の本願、他力の念仏の御教えを聞き逃したくなければ、鄭重にお迎えし、尊敬おこたるなかれ!』
 
左衛門は驚いて飛び起きた。すると傍らの寝床には同じ夢を見て起きた妻がいた。夫婦は互いに今見た夢の話をすると、松明を照らし急いで外に出た。するとかすかに門の外に念仏の声が聞こえてきた。左衛門夫婦は声を震わせ「何と無慈悲なことをしたものか。申し訳もありません。」平に謝り家の中に招じ入れた。
 
親鸞は左衛門に請われるままに、阿弥陀仏の本願、他力の念仏の御教えを懇ろに語った。左衛門夫婦は熱心に聞き入り、たちどころに信心を獲得し、無二の念仏者になった。そして速やかに親鸞のお弟子になることを願い出ると、親鸞は快く受け入れた。左衛門に入西房道円という法名を授ける。後に親鸞の高弟・二十四輩となった入西房道円がこの地に建てたのが枕石寺である。
 
******** 上卦は山
***  *** 動かぬもの
***  ***
***  *** 下卦は水
******** 困難、悩み
***  ***
 
「山水蒙」の卦。蒙とはつる草が蔽い茂る様をいう。人間でいえば無知蒙昧の状態。無知なるものをいかに啓発してゆくかである。誰にでも明るい未来はあるものの、無知なるものはよき指導者につかねばならない。
 
各地に寺があるが、寺にはそれぞれ建立の歴史がある。寺に参拝するときは、その建立の歴史を知った上で参拝したいものである。
 
 

.
kan*u*uuk*u
kan*u*uuk*u
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

幕末の歴史。

ファン登録

標準グループ

ブログ作成

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事