さわやか易

いらっしゃいませ。名画を鑑賞するとき、その背景である歴史を考えてみたい。(猶興)

20世紀からの世界史

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プーチン大統領(1952〜)

2012年5月、プーチンは大統領に復帰した。誰しもが予想し、当然の成り行きと受け取っていたが、プーチン復帰にはメドベージェフとの葛藤があった。プーチンの傀儡とか代理とかのイメージを持たれがちのメドベージェフだが、中々の見識もあり政治能力もある大統領だったと言える。メドベージェフはゴルバチョフと考えが近く、プーチン時代に対立した欧米との関係を改善した。ロシアの復興には欧米文化を取り入れ、技術の近代化が急務と考えた。

メドベージェフは欧米から信頼も勝ち取り、技術的支援も大規模投資も期待された。「貴方が大統領を続けるなら援助は惜しまない。」欧米の首脳や投資家からラブコールもあった。ただし欧米の支援はプーチンを外した場合に限られていた。メドベージェフには首相のプーチンを辞めさせる権限があり、資金援助を使って全議員を抱きこむことも可能だった。メドベージェフはせっかく築いた欧米との信頼関係を再び対立させることは避けたかった。プーチンと何度も議論した。

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メドベージェフ(1965〜)

「プーチンさん、私は貴方を心から尊敬しています。でも新しいロシア建設には欧米の技術を積極的に取り入れなければならないでしょう。」「メド、そんなことは解っているよ。しかしエリツィン時代を思い出して見ろよ。あいつらはロシアのことなんて考えてないんだ。ロシアの資源や財産が目当てなんだよ。」「確かにオリガルヒたちはそうでした。貴方が彼らを追放したのは正解だったと思います。しかしそんな勢力ばかりじゃありませんよ。」「お前はまだ甘いよ。オバマの外交に乗せらている。オバマはただの役者なんだよ。あいつを動かしている奴がいるんだ。」

「貴方が大統領に復帰すれば、またロシアは孤立しますよ。孤立した国が発展した歴史はありませんよ。」「孤立なんかしないよ。いいか、あのブッシュの強引さに反対したのは俺だけじゃなかったじゃないか。中国もインドもイランも集まって来たじゃないか。それをお前はオバマに言いくるめられて上海協力機構からイランを外してしまったんじゃなかったか。」「イランを外したのは国際的に評判が悪いからで、オバマに従った訳じゃありません。」 徹夜で議論したが、メドベージェフは最後には新生ロシア中興の祖・プーチンに従うことにした。


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ヤヌコヴィッチ(1950〜)

再登場のプーチン大統領には早速世界のメディアから「悪者扱い」が始まった。世界のメディアの発信元はニューヨークタイムズやワシントンポストであり、ユダヤ系金融グループの出先機関である。彼らの目的は世界を支配することであり、それを阻もうとするものは排除しなければならない。最も排除すべきプーチン・ロシアを経済的孤立化にするためロシアの最重要隣国のウクライナを再び反ロシアにすることにした。

ウクライナにはクリミア半島があり、ロシアが2017年までの租借している軍港セバストポリがある。2004年の「オレンジ革命」で一旦は反ロ政権になったが、退いていた親ロのヤヌコヴィッチ大統領が復活していた。EU加盟を巡り紛糾していたウクライナに反政府勢力を投入、デモを起こす。危機を知ったヤヌコヴィッチはセバストポリ軍港の租借期間を25年延長するが、2014年2月、暴動を起こされヤヌコヴィッチはロシアに亡命した。


クレムリンの眺望
クレムリンの眺望

プーチンの対応は早かった。クリミア半島だけは敵には渡せないからである。クリミアはウクライナ領だが住民60はロシア人であり、自治共和国になっている。住民の意思が第一との理由で住民投票を行い、その結果、ロシア連邦に編入したと内外に発表した。大統領不在のウクライナでは親欧米派が「不法行為」と訴える。プーチンは「クーデターでヤヌコヴィッチ大統領を追い出す行為こそ不法行為じゃないか。」と応酬した。

その後に行われた大統領選挙では欧米派のポロシェンコが新大統領になったが、ウクライナ東部では親ロシア派との間で戦闘が始まる。強気を崩さないプーチンに対してドイツ、フランスが停戦の仲介に乗り出した。オバマ大統領は「ロシアのクリミア編入は重大な国際法違反で制裁に値する。」として欧州と日本にたいして経済制裁を要請、ロシアのG8から除外も決めた。メドベージェフが危惧した欧米との対決が始まった。


〜〜ささわやか易の見方〜〜

******** 上卦は天
******** 陽、剛、大
********
***   *** 下卦は雷
***   *** 志、信念
********

「天雷无妄」の卦。无妄(むぼう)は無心、妄り、欲がない。天空の下に雷鳴が轟く象である。天の摂理に身を任せること。結果は問わない。全てを天に任せて信念に従って進む。そうすれば、どんな結果が待とうとも悔いはないだろう。大きなことに挑戦する姿に相応しい卦である。

プーチンは欧米を敵にしているのではない。ブッシュ政権、オバマ政権を動かしている「ユダヤ系金融グループ」と対決しているのだ。「ユダヤ系金融グループ」こそがロシアを共産化させ国民に多大な犠牲を払わせた陰の勢力だからである。その勢力が今度は姿を「グローバリズム」に変えて、再び襲ってきたのだ。プーチンの挑戦はこの信念による。「自ら反みて縮(なお)くんば、千万人と雖も我往かん。」

オバマ大統領に代わりトランプが大統領になった。プーチンにとっても想定外の出来事である。トランプ大統領は「グローバリズム」に反対し、本来のアメリカに戻ろうと「アメリカ・ファースト」を唱えた。むしろ中国の方が共産主義を強化している。トランプとプーチンは「反グローバリズム」で手を結ぶかも知れない。今後の行方に注目したい。
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メドベージェフ(1965〜)

プーチン大統領の8年間を振り返ると、2000年から2004年までの1期目はエリチェン政権で腐敗したロシア経済を立て直した。ベレゾフスキー、グシンスキー、ホドロコフスキーたちオリガルヒたちを粛清した。ホドロコフスキー逮捕のユコス事件により、ブッシュ政権の怒りを買い、旧ソ連圏にて「カラー革命」を起こされる。2004年からの2期目ではブッシュ政権と対決するため中国と手を結び「上海協力機構」を強化、「反米の砦」を築いた。

プーチンにとって何より幸運だったことは原油高だったことである。ロシア経済は一気に改善、泥沼の債務国が借金ゼロの政権国になった。8年間の実績により圧倒的支持率を誇るプーチンが望めば憲法を改正して3期目も続投は可能だった。しかしプーチンは独裁となることをさけ、一旦退くことにした。2008年3月、大統領選挙では与党「統一ロシア」から42歳のメドベージェフを選出し後継とした。プーチンは首相の立場でメドベージェフを支えることにした。


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バラク・オバマ(1961〜)

一方、2008年はアメリカ大統領選挙の年であった。ブッシュの人気低下で共和党大統領候補のマケインは「私はブッシュとは違う。」と演説するが共和党の支持率は回復しない。民主党内ではヒラリー・クリントンとバラク・オバマの激しい選挙戦が繰り広げられた結果、オバマが民主党の大統領候補となり、大統領選挙でも圧勝、黒人初の大統領となった。選挙戦の最中に発生した「リーマンショック」は全世界にアメリカ1極時代が終焉し、多極時代が始まることを印象づけた。

オバマ大統領は就任演説で、「アメリカはキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教の人たちの国だ。」また、「アメリカは白人の、黒人の、黄色人種の、ヒスパニックの国だ。」と唱えた。一極支配のアメリカから多極支配のアメリカへ、強いアメリカから平和を求めるアメリカへ「チェンジ」したのだ。「アメリカは世界の警察ではない。」とも語り、「イラク戦争からも撤退する。」と宣言し、2011年には撤退した。オバマは経済の立て直しに専念することになる。


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鳩山由紀夫(1947〜)

アメリカが後退する一方で超大国への道を着々と歩んでいたのは中国だった。1990年代から日本と入れ替わるように経済成長を続け躍進していた。2008年のリーマンショック後にアメリカは約60兆円の財政出動をつぎこんだが、ほぼ同額を景気対策に使うと発表し世界を驚かせた。中国は経済成長とともに軍事力も増大させ、アメリカと並ぶ世界2極時代を築こうとしていた。

2012年には東シナ海の尖閣諸島沖で中国漁船を使い海上保安庁の巡視船に衝突させるという事件を起こした。目的は日本の民主党政権を試し、日米同盟を試す為である。菅直人総理大臣以下、民主党幹部はどう対処して良いか解らず、逮捕した中国人船長を不起訴として帰国させた。また南シナ海のサンゴ礁を埋め立てた人工島に滑走路を建設した。ベトナム、フィリピン政府の批判にも中国は自分の領土だからと耳をかさない。オバマは莫大な米国債を引き受けている中国には黙認するしかない。


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スティーブ・ジョブス(1955〜2011)

オバマの外交は巧みだった。2009年7月、モスクワを訪問、メドベージェフから「イラン制裁」の協力を取り付ける。さらに中国、ロシアから「イラン制裁」への合意をとりつけイランを上海協力機構から除外する。元来メドベージェフは欧米志向が強く、2010年訪米するとシリコンバレーを訪問した。アップル創業者スティーブ・ジョブスから「iphone」をプレゼントされ、興奮して喜んだという。メドベージェフはすっかりオバマ政権に取り込まれてしまった。

プーチンは米ロが対立から融和に進んだことには不信感をもっていた。アメリカには表の政府とは別の勢力、ユダヤ系金融グループが外交を支配していることを知っていた。チェニジア、エジプト、リビア、そしてシリアで次々始まる「アラブの春」はその勢力が黒幕だと確信していた。次のロシア大統領選挙の前年からプーチン外しが始まる。20011年12月、ロシア下院選挙後に「不正選挙」の10万人デモが起こる。デモには莫大な資金が必要だ。黒幕はユダヤ系金融グループだとプーチンは見抜いた。

〜〜さわやか易の見方〜〜

******** 上卦は天
********
********
******** 下卦は山
***   ***
***   ***

「天山遯」の卦。遯(とん)は逃れ退くこと。豚は逃げ足が早い動物だそうだ。身の危険を察した時、運が自分に味方しないと知った時、さっさと退くのも賢明な選択である。身を隠している間に、再び好機が巡ってくることもある。

プーチンは大統領を退いて院政を敷いた訳ではない。メドベージェフの政策に不満はあっても、メドベージェフの裁量に任せた。メドジェーエフも欧米の応援を得れば大統領の続投も可能だったかも知れない。そうなればアメリカの一極支配は復活したかも知れない。しかしプーチンとメドベージェフのリーダーとしての能力の差は歴然であり、ロシアの今日の安定はなくなってしまったことだろう。

国のリーダーで考えさせるのは、同時代の民主党政権である。「友愛」をスローガンに集まった集団だったが、元自民党出身者も元社会党出身者も同居していた民主党は後半にはバラバラになり、泥仕合を繰り返して喧嘩別れを演じた。政権を放棄して6年になるが、国民は2度と騙されないだろう。新しい時代が始まろうとする今、国民はしっかりと日本と世界を考えねばいけない。



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カリモフ大統領(1938〜2016)

ジョージアの「バラ革命」、ウクライナの「オレンジ革命」、キルギスの「チューリップ革命」と旧ソ連圏での「カラー革命」はブッシュ政権の思惑通り進んだ。プーチンは窮地に立ちながらも、この革命シナリオが同じパターンであることを各国首脳にアドバイスする。「デモに屈するな、時間がかかればデモ隊への資金援助はなくなるはずだ。」 その後も案の定、「カラー革命」は同じパターンで各国を襲った。

2005年5月、キルギスの西隣ウズベキスタンを、2006年3月、ロシアの西ベラルーシを襲った。選挙で現職の大統領が圧倒的多数だったにもかかわらず、反政府デモは死者を伴う激しい反対運動を繰り返した。しかし両国ともプーチンから伝授された相手の作戦には屈しなかった。しかもウズベキスタンの大統領カリモフはアメリカに対し、2001年のアフガン戦争から駐留していた米軍基地の撤退を要求し実現させた。

天安門
天安門

プーチンはカラー革命を阻止すると同時にアメリカへの逆襲を考えた。かねてロシアと犬猿の仲であった中国との接近である。ソ連時代には同じ共産主義国同士だったが、1970年代のニクソンショックによりソ連と断交、アメリカと手を組んだ中国。ロシア人の感情は「憎きアメリカ、怖い中国」である。しかし、アメリカ一極支配を終わらせるには、どうしても中国と分断させねばならない。

中国はソ連崩壊後も着々と経済大国、軍事大国を目指し、GDPは日本を抜いてアメリカに次ぐ世界2位になった。アメリカと日本の大工場として発展してきた中国がロシアに振り向くだろうか。以前は兄貴面していたロシアも今ではGDPはは中国の4分の1程度になっている。しかも日本の北方問題のように中露間には深刻な国境問題もある。しかし、このままアメリカに押されている訳にはいかない。プーチンはここ一番の腹を決めて中国に接近することにした。

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胡錦濤国家主席(1942〜)

「案ずるより産むがやすし。」中国も「大歓迎」だった。中国もアメリカに不安を抱いていた。ブッシュがイラク戦争を無理やり起こした時、「このままアメリカが中東を支配すれば完全にアメリカのいいなりになってしまう。」と心配した。中国は中東以外に資源の調達先を考えねばならない。そうするとロシアやカザフスタンが最適であった。このまま経済成長を続ければ、いずれはアメリカとの貿易摩擦が避けられないだろうとも考えていた。

ロシアと中国は2005年6月、お互いに譲歩して領土問題をスピード解決。2005年7月、中国の胡錦濤国家主席はモスクワを訪問、プーチンと会談した。さらに8月、中露の合同軍事演習を行い、2006年3月にはプーチンが北京を訪問、共同声明に署名した。イランの核問題、ロシア天然ガスのパイプライン建設、お互いの収穫は予想以上だった。ブッシュ政権にとって「新世界秩序」はイラク戦争から大きく後退してしまった。



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ジョン・マケイン(1936〜2018)

ロシアと中国が手を結んだことは旧ソ連の中央アジア諸国たちの方向を決めた。2001年に創設された「上海協力機構」があったが、プーチンと胡錦濤が手を結んで以来、「反米の砦」として周辺国が期待する組織になった。加盟国は中国、ロシア、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンだったが、インドとパキスタンが正式加盟、イラン、モンゴル、ベラルーシ、アフガニスタンがオブザーバーとして参加してきた。

ブッシュ政権は劣勢に立ってしまった。ブッシュの次の大統領を目論むマケインは「世界の3大問題は不安定なイラク、核兵器を持つイラン、プーチンのロシアだ。」と演説すると、プーチンは「彼はベトナム戦争で捕虜になっている。何年も穴倉に閉じ込められれば、頭がおかしくなるさ。」と応酬した。2008年、アメリカは「住宅バブル崩壊」「サブプライム問題」「リーマン・ショック」と続き、アメリカ一国帝国時代は終焉を迎えた。

〜〜さわやか易の見方〜〜

******** 上卦は天
******** 広い世間
********
******** 下卦は火
***   *** 文化、文明、英知
********

「天火同人」の卦。同人とは志を同じくする友人。「同人雑誌」の語源である。天の下にある文化があり、その文化に共感する人たちが集まってくる象である。人は一人では何もできない。志を同じくする友人が集まると大きな事業を成し遂げることが可能となる。友人は縁故のあるものに限らず、広く外に求めるのが良い。大事業も成就するだろう。

2000年から2008年、プーチンとブッシュがそれぞれの国で大統領を務めていた期間である。プーチンのロシアは借金だらけのどん底からの出発たが、8年間で借金は0に資産も増やした。着々と同盟国も増やしていった。一方、ブッシュのアメリカは有り余る経済を誇る唯一の超大国での出発だった。どこで誤算が生じたのか。無理やり突入したイラク戦争だろう。石油利権が欲しかったのだろうが、それで何を得たのだろうか。

私たち日本人はアメリカの傘の下にいると言わわれている。アメリカの核兵器で守られていることも確かだが、それ以上にアメリカの、政治、思想、文化が正しいものと洗脳されてしまってはいないだろうか。今でもアメリカに頼っていれば安心だと思ってはいないだろうか。日本人はどこの国にも支配されず、独自の文化を持ち独自の倫理道徳を大切にしてやってきたのだ。もう一度本来の日本人になろう。
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ジョージ・W・ブッシュ(1946〜)
 
2000年5月にロシアの大統領になったプーチンとその年11月の大統領選挙を制し、2001年1月にアメリカ大統領になったブッシュは同時代を競ったライバルと言えるだろう。ただしスタートした国の環境はまるで違う。ブッシュのアメリカは唯一の超大国として世界の頂点に立っている。プーチンのロシアは1991年にソ連崩壊、その後エリチェン政権で国内大混乱、ハイパーインフレを起こし最貧国状態までなった。両者のスタートは横綱と十両と言ったところだろう。

ブッシュはアメリカを東西冷戦に替わる新世界秩序として「テロとの戦い」を掲げて世界の先頭を走ろうとした。9・11同時多発テロ事件を受けて、アフガン戦争、そしてイラク戦争でフセイン体制を倒し、中東を支配しようとした。プーチンの3年間は国内のオリガルヒたちを粛清し、新しい経済基盤を再生することだった。順調なスピードで成し遂げたが、2003年10月、「ユコス事件」でホドロコフスキーを逮捕したことは、プーチンにとっても大きな決断だった。相手は超大国アメリカであり、ユダヤ系金融グループである。


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ホドロコフスキー(1963〜)

ホドロコフスキー逮捕は、ブッシュを激怒させたばかりではなく、ブッシュ政権を支えるユダヤ系金融グループを激怒させた。イラク戦争の目的は石油であり、アメリカはまだまだ石油を確保したかった。そこにホドロコフスキーが持ってきたロシアの石油には願ったり叶ったりの権益だった。ユコスが手に入れば、スピード復活のロシアにダメージを与えられ一石二鳥のビッグチャンスだった。逃がした魚は余りに大きかった。

 
「プーチンめ!なめるなよ!」激怒したブッシュは、復興途上の旧ソ連圏に手を伸ばすことにした。旧ソ連圏には石油など資源がたっぷり眠っている国が沢山ある。中央アジアのカスピ海は資源の宝庫と言われる。黒海に接するウクライナも今のうちにロシアから離しておきたい。復興途上の国はどうしても独裁政権なので、そこが狙い目である。民主化革命とすれば世界から非難されることはない。次々とアメリカの傀儡政権にしていくことにした。


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シュワルナゼ(1928〜2014)
 
早速取り掛かったのがカスピ海の西にあるジョージアだった。ジョージアには既にヘッジファンドで名高いユダヤ人ジョージ・ソロスが反政府組織「オープン・ソサエティ財団」を作っていた。大統領はジョージア出身でゴルバチョフ時代にソ連の外相を勤めていたシュワルナゼだった。2003年11月に大統領選挙が行われた。選挙結果は現職のシュワルナゼが再選される。ところが反政府勢力は「不正だ!」「選挙やり直し!」と騒ぎ出した。議会ビルを占拠、乱入する。

シュワルナゼは辞任せざるを得なかった。シュワルナゼは選挙後にロシア公共テレビで「選挙は米国の著名な投資家、ジョージ・ソロスによって仕組まれていた。」と名指しで非難した。野党勢力は「やり直し選挙はアメリカに監視してもらおう。」と主張、2004年1月に野党のサアカシビリが勝利する。これを「バラ革命」という。傀儡政権を作ったアメリカはカスピ海の石油をジョージアを通過する「BTCライン」を建設させ、ロシアに経済的打撃を与えた。



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ヤヌコヴィッチ(1950〜)

2004年3月にプーチンはロシア大統領選挙に71%の支持で圧勝した。1期目の敵はオリガルヒだったが、2期目の敵はブッシュ政権だった。アメリカはジョージアの次にウクライナを狙っている。ウクライナはロシアの西国境に接し、南は黒海に面する最重要国である。2004年11月の大統領選挙で親ロシアのヤヌコヴィッチが勝った。しかし、ジョージアと同じパターンで「選挙に不正があった!」と親米ユシチェンコ陣営がデモを起こし再選挙を要求した。再選挙はユシチェンコが勝利。「オレンジ革命」という。

腕を組むプーチン。ガッツポーズのブッシュ。ブッシュは畳みかけるように次に中央アジアのキルギスを攻める。莫大な石油が眠るカザフスタンに足掛かりを作りたい。2005年3月、準備を整えた野党勢力は、現職のアカエフが圧勝した大統領選挙で「不正!やり直し!」とデモを起こした。バックにアメリカがいることを知ったアカエフはロシアに亡命した。「チューリップ革命」と呼ばれた。3連敗である。このままだとロシアは四面楚歌だ。


〜〜さわやか易の見方〜〜
 
***   *** 上卦は沢
********
********
***   *** 下卦は水
********
***   ***

「沢水困」の卦。困は困難。困の字は木が囲いの中にある状態を表している。四面楚歌の状態とも言える。資金難に陥っている。誰からも信じてもらえない。前にも進めない。後ろにも下がれない。しかし、これが試練である。臥薪嘗胆に耐えた者こそ志を果たすことが出来るものである。

ハンガリー生まれのユダヤ人ジョージ・ソロスはアメリカでヘッジファンドとして成功し個人資産227億ドルの大富豪、CFR(外交問題評議会)のメンバーである。イギリスの為替介入でポンドを空売りし莫大な利益を得、イングランド銀行を潰した男として有名である。ジョージアの国民のことを何一つ考えないヘッジファンドが政権を変え、そこでも大儲けを図る。

日本では最近までグルジアと称したジョージアは大関になった栃ノ心の故郷である。ブドウの産地でワインの発祥の地と言われる。昔、そのワインは楊貴妃やクレオパトラにも愛されたという。「バラ革命」によりロシア教育から英語教育となり、反ロシア、親米の国になりつつある。共産主義にされたり、親米にされたりしながらも、国民は真面目にコツコツ働くしかない。

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グシンスキー(1952〜)
 
オリガルヒの中でもベレゾフスキーと並ぶ大物と言われていたのがグシンスキーだった。グシンスキーはプーチンと同じ1952年生まれ、青年時代は演劇を志したユダヤ人で、ソ連崩壊とともに実業界に乗り出した。「モスト銀行」を設立し、建設、不動産、金融などに進出し、1993年に新聞「セヴォードニャ(今日)」を発刊、全国ネットのテレビ局「独立テレビ」を開局する。欧米から「ロシアの言論の自由の象徴」ともてはやされた。

 
1996年の大統領選挙ではエリツィン再選に重要な役割を果たしたが、その後はプリマコフの「祖国・全ロシア」を支援する。2000年1月には「全世界ユダヤ人議会」の副議長に選出される程、人脈は国際的に広くなっていた。しかし、大統領になったプーチンはグシンスキーを民営化をめぐる横領、詐欺容疑で逮捕する。グシンスキーは釈放後、スペインに脱出する。独立テレビとモスト傘下のグループ企業も次々買収され、グシンスキーのロシアでの基盤は消滅した。
 
 
 
 
モスクワのガスプロム本社ビル
 
 
 
 ロシア最大の企業は天然ガスの生産、供給において世界最大となる「ガスプロム」である。生産高は全世界の23%、埋蔵量は38%を占める。その「ガスプロム」はソ連崩壊後に民営化になる。初代社長は元ソ連ガス工業相のチェルノムイルジンだったがエリチェン政権で首相になる。2代目社長はガス工業相の次官だったヴァヒレムが就任するが、ヴァヒレムは放漫経営を続け会社を私物化した。お陰でエリチェン時代は公務員さえ給料が滞っていた。
 
 大統領になったプーチンは早速ヴァヒレムをクレムリンに呼びつける。プーチンは開口一番「お前はクビだ!」「・・・・・」「何か質問があるのか!」「・・・・・」「おい!はっきりしねえか!」「・・質問はありません。」 プーチンはKGB時代の部下ミレルを後任の社長にする。プーチンより10歳も若いが経営能力は抜群で、経営を効率化し収益を増大させる。現在のロシア国家税収の25%は「ガスプロム」によって賄わている。プーチンが大統領になった2000年から原油価格が急上昇したことも幸運だった。


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ホドロコフスキー(1963〜)
 
 
オリガルヒたちが支配していたロシア経済はプーチン大統領登場で元KGB出身者が支配するプーチン体制が築かれようとしていた。しかし、オリガルヒの中でもプーチン体制に待ったをかけたのが若きエリート、ホドロコフスキーだった。ミハイル・ホドロコフスキーはモスクワに生まれ、モスクワ科学技術大学を卒業、共産党青年団コムソモール書記となり科学技術グループを結成した。メナテップ銀行を設立、メナテップグループとして巨大な持株会者を形成した。最も発展した石油会社ユコスを有する大財閥になる。

ホドロコフスキーはプーチンが次々とオリガルヒたちを追放する手法を研究し対策を考えた。ホドロコフスキーは英米に人脈を築き、国際的な体制でプーチンと対抗しようと世界の有力者が集まる社交界にデビューする。首尾よくヤコブ・ロスチャイルド卿の知遇を得て、米政界にも人脈が広がった。ロンドンに「オープン・ロシア財団」を設立、理事にはロスチャイルドやキッシンジャー元米国務長官たちが名を連ねた。


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ヤコブ・ロスチャイルド(1936〜)
 
2001年に同時多発テロが起こり、アフガン戦争そしてイラク戦争が起こった。プーチンはイラク戦争には「アメリカ一極支配」と言って反対した。世界の支配者と繋がることで自らを守ろうとしたホドロコフスキーは世界世論に背を向けたプーチンに対抗し次期ロシア大統領を目指す。アメリカとさらに手を結ぶため、ユコスと米メジャーのシェブロンテキサコとエクソンモービルとの合弁会社を計画した。米メジャーが入ると法的にも治外法権が発生しプーチンも手が出せなくなる。
 
「ユコス問題」はプーチンにとっても正念場になった。「ロシアの基幹産業を売り飛ばすとは何事か!」と怒り心頭のプーチン。「莫大な権益が手に入るぞ。」と喜ぶブッシュ。「ユダヤの力を思い知れ。」とユダヤ系金融グループの元締めロスチャイルドは成り行きを見守る。ホドロコフスキーを追放すればアメリカと全面戦争になるかも知れない。ブッシュの後ろにはユダヤ系金融グループがついている。プーチンは迷った。しかし、「やるんなら、受けてやる。」プーチンは最も厳しい処分を下す。2003年10月、ホドロコフスキーを脱税容疑で逮捕した。裁判にかけ10年間の刑務所送りにした。

〜〜さわやか易の見方〜〜

******** 上卦は天
******** 陽、大、剛
********
***   *** 下卦は水
******** 問題、艱難、悩み
***   ***

「天水訟」の卦。訟は訴訟の訟。裁判、対立すること。人の世は対立がつきものである。個人、集団、国家も意見が合わなければ対立する。しかし争いは決して好ましいものではない。折を見て仲直りすることが大切である。賢者に仲介してもらうのが良い。最後まで争い続けるのは凶である。

東西冷戦が終わり、アメリカは新しい世界秩序を「テロとの戦い」として、アメリカを中心に世界が協力するように求めた。アフガン戦争までは協力したが、イラク戦争では積極的に協力したのはイギリスだけだった。真っ先に反対を表明したのがプーチンだった。ブッシュはプーチンを叩きたかった。ここからブッシュ対プーチンの対立が始まったのである。

戦争が起こるのは大国の首脳たちによるご都合や駆け引きがある。しかし、戦争を起こされる国の国民はタマッタもんじゃない。アメリカは戦争に正義を唱える。イラク戦争でブッシュが「神の加護を」と正当化すると、ヨハネ・パウロ二世は「神の名を用いて人を殺すな。」と不快感を示し、「イラク戦争に正義はなく罪である。」と批判した。


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